第11話 商談
小屋の中にはソファーに座る山賊のボスと、相対した場所に置いた椅子に腰を下ろすサンジュウシ、それにいつでも動けるようにと立ったままリュックを抱き締めるイミルがいる。
誰一人として名乗らないのは必要が無いからだ。敵じゃないのなら、名前は必要ない。
「商売か。いったい何を取引したい?」
「そちらが望むモノを」
「何を望んでいると?」
言葉遊びをするのは余裕の表れであり、下手な受け答えをすれば殺されないまでも攻撃を受けて荷物を奪われる可能性が高い。
サンジュウシはそれを理解しているからこそ、敢えてそういったやり取りをしている。
「仮説を話しても?」問い掛けると、ボスは頷いて見せた。「では――まず山賊がこの場所を占拠したのは何故か? それに関しては仕入れられていないアルビノ鉱石が理由だろう。特定の季節と特定の地域でしか採掘することができず、それだけ稀少な鉱石なら裏ルートでもそこそこの値で売ることが出来る。つまり、金が必要なのでは? と」
その仮説を聞いたボスは考えるように視線を上げて、持っていた酒瓶を飲み干した。
「ふぅ……商売相手だというのならこちらの事情を少し教えるが、俺たちには頭取がいてな。その頭取が金を必要としている。だから集めているんだ」
まるで、だから俺たちは悪くない、と言っているようで、イミルはリュックを抱き締める腕に力が入った。
「山賊らしい手を使っていないのは、それだけでは賄えないのに加えて期限が短いから、とかか?」
「ご名答だ。道行くハンターや商人を襲うのではムラもあるし、頭取に納める以外に俺たちが生きていくだけの分を稼ぐことは難しい。幸いにも頭取から貸し出されたドラゴンの牙もあったことだし、この村を襲うには丁度いいタイミングだったんだ」
「本来ならば商人に卸しているはずのアルビノ鉱石を横流ししているわけだが、あんた達は仕入れを担当しているだけで売り手は別にいるんだよな?」
「それを知ってどうする?」
「いやなに、仕入れたものを売り手が買って、その売り手が買い手に高値で売っているとなると、損をしているのはあんた達だけのような気がしてな」
「……どういう意味だ?」
山賊のボスといっても、それは知力ではなく圧倒的な暴力によって成り上がった地位なのだろう。つまり、この時点でサンジュウシは相手を商談相手としては格下の馬鹿だと決め付けるには十分だった。
「おたくは実質、仕入れ値がゼロだろ? 村の住人に作業をさせているわけだからな。とはいえ、仕入れたものが売れなければ稼ぎにはならない。だが、この村が山賊に占拠されていると知った商人は近寄らないし、何より、おそらく頭取とやらが贔屓にしている売り手がいる。自分たちで商品を売る手立てがあれば直接、頭取に金を渡せるがそれはできない。だろ?」
「ああ、その通りだ。元より俺たちは襲って奪うことが専門の山賊。奪った金品はその売り手に買い取ってもらう以外に方法を知らない。それが決まりだからな」
「決まり、ね。そのおかげでどれだけ価値があるモノでも買い叩かれるしかない。ってところか?」
「俺たちからすれば価値なんざどうでもいい。奪ったものが金になる。それだけで十分だ」
「だが、手柄は売り手のものになる。そんなのは勿体ないだろう」すると、サンジュウシはイミルのほうに視線を向けた。「アルビノ鉱石の原価はいくらぐらいだ?」
「だいたい、掌大で、五十円」
「で、おたくはいくらで買い取られている?」
「……二十円だ」
「半額以下か。原価が五十円で仕入れが二十円、裏ルートで安く売って四十円でも倍の儲けにはなるわけだな。思った以上に損をしているようだ」
しかし、その数字は正しくない。
特定の地域で、特定の時期にしか採掘できない鉱石が今現在、出回っていないのだ。つまり、稀少価値は跳ね上がり、欲する者は倍額でも支払うはず。ということは、この場で山賊が流通を止めていることにこそ意味があるのだが――サンジュウシは敢えてそれを言わなかった。
苛立ちを抑えるように酒を一気に飲み干したボスは、空になった瓶を握り割った。
「……そう言われたところで俺たちは買い手を知らねぇ」
その言葉を待っていたと言わんばかりにサンジュウシは目を見開いた。
「そこで商談だ! おたくの売り手に代わって俺がアルビノ鉱石を買い取ろう」
「有り難い申し出だがな、頭取の意志に反することは――」
「そりゃあ可笑しな話だ。金を必要としているのは頭取だろう? なら、無駄に手順を踏むよりもすぐに金が手元に来るほうが良いはずだ。何よりも、売り手を挟むか挟まないか――あんた達の頭取はそんなどうでも良いことを気にするような人なのか?」
考えるように俯いたボスは徐々に体を倒していき、最終的にはソファーに背中を預けて天井を見上げた。
「……たしかに一理ある。では訊くが、いくらで買い取るつもりだ?」
「いや、逆だよ。おたくが頭取から納めるように言われているのはいくらだ? 言い値で買い取らせてもらおう」
「全部で二千万。残り千八百万だ」
サンジュウシの現在の全財産は三千万と少し。つまり半額以上を支払うことになるが、その金額を聞いた瞬間にスカーフの下では笑顔を見せた。
「それなら二百万はおたくとの手間賃として二千万で買おう」
「ふむ……だが、二千万円分のアルビノ鉱石を納品するにはしばらくかかると思うが、どうする?」
「ああ、だから俺が買うのはアルビノ鉱石ではない。この村、そのものだ」
「村そのものを、か……まぁ、こちらとしては金さえ手に入ればそれでいい。だが、取引は明日でも構わないか?」
「大丈夫だ。ただ、明日は別の商談が入っていてな。こっちには使いを来させる」そう言って立てた親指で隣にいるイミルを指した。「金を持たせるから、受け取り次第ここを去るってことでいいか?」
「では、商談成立だ」
ニヤリと口角を上げたボスが立ち上がって手を差し出すと、対するようにサンジュウシも手を差し出し、強く握手を交わした。
「良い取引ができた。何かあったときにはまたよろしく頼むよ」
「がははっ! 山賊だぞ? まぁ、機会があればな」
そうしてサンジュウシはリュックを背負ってイミルと共に小屋を出た。
すでに敵ではないと判断されたのか見張りをしていた男たちの姿は無い。村を見下ろしながら歩くサンジュウシは先程までの会話を思い出すように息を吐いて、隣を歩くイミルに視線を向けることなく口を開いた。
「腹の探り合いでは勝ち負けが付かなかったが……まぁ、概ね予定通りに事が運んだな。プランBだ。行け」
呟くように言うと、イミルは影の中に入り込むように姿を消した。
「確実なプランAと、可能性のプランB……穏やかにやろうぜ。ゲームなんだから」
溜め息混じりで言葉を吐き出すと、サンジュウシは一人でキャニオンビレッジを後にした。
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