第6話 仕入れ

 翌日――サンジュウシは街中で台車を引いていた。


「やっぱり車が無いのは不便だよなぁ……」


 この世界には車が無い。自転車も無く、電車も無い。当然の如く飛行機も無いが、飛行船と気球、蒸気船は存在している。なのに何故、蒸気機関車が存在していないのかといえば、それだけ長距離の乗り物を必要としないからだ。


 基本的に街中を移動するための乗り物といえば馬である。もしくは馬車か牛車だが、『龍のうろこ』程度の店が持っているはずもなく、人力で台車が引くのが良いところだ。


「地図もわかりにくいしな」台車を引くサンジュウシの手に握られた紙には子供の落書きのような絵が描かれていた。「まぁ、なんとなくマップは憶えているから行けるとは思うけど」


 鋼鉄の街――クロムシティ。


 ここは東西南北がある程度の地域として分かれている。東側には始まりの丘があり『龍のうろこ』もある、言わば宿場街。西側にはギルドがあり、それより西に進んでいくとダンジョン・大草原に出るハンター街。北側には図書館を始めとして武器屋や防具屋などが立ち並び、最も多くの人が行き交う中心街。


 そして、サンジュウシが今まさに向かっている南側には複数の農場があり基本的には職人街と呼ばれている。しかし、それはあくまでも南側の端のほうだけで、それよりも手前は治安が悪く一部の者からはスラム街とさえ呼ばれ、あまり人が近寄らない地域だ。


「ある種の牽制でもあると思うけどな」


 職人街は大事な食料源であり、余所者などに荒らされては街の流通や生活が滞ってしまう。そのために敢えてスラム街を放置し、人が近寄らないようにしているのではないか、と。


 ゲームとしてそこまで深い設定の説明は無かったが、一年以上プレイしたサンジュウシやネットの攻略サイトではそう結論付けていた。


 そしてサンジュウシは確信した。その推論は間違っていなかったのだと。


 中心街から南側に入っていくと徐々に人気が無くなっていき、大通りから見える路地裏では喧嘩をするような影や、罵声怒声が飛び交っていた。


「はぁ……もっと穏やかに生きようぜ」


 農場が機能しなくなれば街の生活が滞ることもあってか、仕入れなどで台車を引いている者が襲われたり絡まれたりすることは無いと店主は言っていたが、スライムにも吹き飛ばされたサンジュウシからすれば攻撃的な人間も差して変わらない。目立たずに、目も合わせない。それこそが問題を回避する最大の方法だ。


 街を抜けると、見渡す限り牧場や農場で埋め尽くされ、それぞれの場所に木造の家が建っていた。


「え~っと」首を傾げながら紙に書かれた地図を見るサンジュウシはなんとか読み解こうとする。「取引先のウォッカさんの家は……向こうか」


 葡萄園のほうへ台車を引いていくと、作業中らしい男性がサンジュウシに気が付いた。


「ん? お~い! 『龍のうろこ』か?」


「はい! 『龍のうろこ』からの仕入れです!」


「よーし! ちょっと待ってろ!」葡萄園から牛のいる牧場の柵を飛び越えて、逞しい髭を蓄えた大柄の男性が駆け寄ってきた。「あんたが噂のバイトだな? 話は聞いているよ。随分と客が増えたそうだな」


「客というかリピーターが増えたって感じですけどね。サンジュウシです」


 手を差し出すと力強く握り返された。


「ウォッカだ。よろしく。じゃあ、早速だが倉庫のほうに行こう。頼まれたものはそこに用意している」


 連れられて行った家の裏にある倉庫の中はワインなどの酒類や食材を保存しておくためか外に比べて肌寒くなっていた。


「代金は五百円だ」


「意外と安いんですね」言いながら背嚢の中に手を入れると五百円分の札を取り出した。「じゃあ、これで」


「まぁ、『龍のうろこ』は比較的に安いものを仕入れているからな――よし、金は大丈夫だ。積み込みは一人で大丈夫か?」


「ええ、問題ありません」


「そうか。じゃあ店長によろしく伝えてくれ」


 数えた金をポケットに入れたウォッカはせかせかと仕事に戻っていった。


 残されたのはサンジュウシと大量の荷物。腕捲りをすると早速作業に掛かった。


「救いなのはスキルを使えることだな」


 どれだけ重いものでもスキル・肉体強化で持ち上げられるし、この場の寒さにもスキル・耐冷効果で耐えられる。


 これらもこの世界に来てから改めて知った事実だが、サンジュウシはあらゆるスキルを有しているため、そのオンオフの切り替えをあまりしていなかったのだが、こうしてゲーム世界に来ると必要な時に必要に応じてスキルが発動している。もちろん、任意で意識的に使おうとしなければ発動しないものも多いが、いわゆる環境適応――つまり、冷感地帯では対冷効果が、温暖地帯では耐熱効果が勝手に発動しているのだ。


 しかし、だからといってこの場の寒さを感じていないわけではない。要は、肌寒さは感じるがその寒さのせいで体力が奪われたり動きにくくなったりすることがないというだけのことだ。それに基本的には環境適応であって、仕事をしているときには汗も掻くし、動けばその分だけ疲れる。


「そこのところはSランクハンターの特典として受け取っておくが……」荷物の積み込みを粗方終えたサンジュウシは倉庫内を見回した。「科学が発達していないのに冷蔵庫はあるし、冷倉庫もある。まぁ、そういうゲーム内の矛盾には触れないほうがいいんだろうな。バグが起きても困るし」


 自らを納得させるように言うと、積み込んだ荷物が動かないように固定して台車を引いて倉庫を出ていった。


 農場の横を抜けるときに作業中のウォッカに軽く敬礼をして見せれば、全力で手を振り返されたサンジュウシは苦笑いしか出来なかった。


 人付き合いが悪いほうでも無く、人見知りもしないサンジュウシだったが――ついうっかり、ここがゲームの中だということを忘れてしまいそうになるほど人間的な街の住人達には、未だに違和感を拭えずにいるのだった。

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