【第二巻:事前公開中】魔法で人は殺せない8

蒲生 竜哉

発明家失踪事件

王国随一の発明家が突然失踪した。彼女はある日突然姿を晦ませたという。誘拐か、蒸発か、殺人か。あるいは魔法によるものか。果たしてダベンポートは発明家を見つけることができるのか?

第一話

「奥様は発明家でございます」

 クレール男爵ロード・クレールの邸宅の応接間でダベンポートとグラムにお茶を淹れながら、クレール家の執事は自慢げに胸を張った。

「百貨店に並んだ発明品もございます。当家の収入も奥様の発明品によるところが大でして……」


 執事が話したところでは、王国随一の発明家であるクレール男爵夫人バロネス・クレールの業績は多岐に渡るようだった。

 例えば、今では多くの家庭のキッチンにあるオーブンの輻射熱を反射する衝立ついたて。これはクレール夫人の発明だ。

 あるいは蒸気自動車の二次加圧装置スーパーバーナー、これも夫人の発明だった。もっともこれに関しては蒸気圧が上がりすぎてパイプが破裂する事故が多発し、商業的には成功しなかったようだが。

 その他複気室式の気球や輻射熱を利用した家庭用のチキンロースター、今日多くのご婦人が使用しているパウダー状の制汗剤も夫人の発明だ。さらに最近では魔法と科学の融合にも活躍の場を広げているらしい。

「おかげで私も楽ができるというものですよ」

 ダベンポートとグラムの向かいで男爵が笑う。

「……しかしクレール卿、そんな笑っててよろしいのですか?」

 お茶を啜りながらグラムは眉をひそめた。

 クレール男爵夫人バロネス・クレールが姿を消してすでに三日。

 事件に巻き込まれたのであれば少々問題だ。

「そうですよ、旦那様。旦那様は少々危機感がお足りない」

 執事も男爵をやんわりとたしなめる。

 燕尾服を上品に着こなす執事は高齢だ。八十歳近いだろう。

 一方のクレール男爵は四十歳過ぎの若い貴族だ。

 おそらく執事はクレール男爵を子供の時から知っているに違いない、お茶を飲みながらダベンポートは思った。

 まあ、おいのようなものだ。叱りたくなる気持ちもわかる。

「……でも、がふいっといなくなるのはいつもの事じゃないか」

 小太りの男爵は子供のように口を尖らせた。

「いつもであれば、奥様はお出かけになっても翌日には帰っておられます」

 執事は子供のように拗ねる男爵に諭すように言った。

「ですが、今回はもう三日もお帰りになっておりません」

「だからこのように騎士団と魔法院の方においで頂いたのだ」

 とクレール男爵はダベンポートとグラムに目をやった。

「ですがクレール卿」

 とグラムは口を開いた。

「確かにお話は伺いました。手続き的にも問題ない。ただ、」

「ただ?」

「正直申しましてこの件は警察が扱うべきものだ。我々の出番はないかと……」

「警察にはお引き取り願いました」

 若干申し訳なさそうに執事は言った。

「当家は警察が立ち入る様な場所ではありません」

「警察はどうも下品でね、私は好かんのですよ」

 と男爵。

「警察は、新聞記者と内通しているとの悪い噂もありますからね」

「かと言って、それを騎士団に持ち込むのもどうかと思いますけどねえ」

 グラムは不満そうだ。

 確かに、貴族絡みとなればそれは騎士団の責任範囲だ。だが、たかだか男爵の夫人が行方不明になっただけで騎士団に圧力をかけるのは正直ダベンポートもどうかと思う。

 男爵は一応ロードだが、貴族としては一番位が低い。位が低いという事はそれだけ人数が多いという事で、これのトラブルをいちいち騎士団が扱っていたら到底騎士団の身が持たない。

「どうせ圧力をかけるのであれば、警察に圧力をかけて頂きたい」

 グラムはブスッと呟いた。

「警察とはあまり付き合いがないのですよ」

 そんなグラムの態度はどこふく風でクレール男爵が鷹揚おうように肩を竦める。

「その点、騎士団であれば昵懇じっこんにしておるのでね。私としては話がしやすい」

 あからさまに嫌がっているグラムに対し、ダベンポートの立場は中立的ニュートラルだった。

 一つにはクレール男爵夫人に興味を引かれた事がある。どうやらクレール夫人はなかなか興味深い人物のようだ。そのような人物と話してみるのは悪くない。

 もう一つは、ダベンポートがこの件に関して魔法の関与を疑っている事だった。

 まだ、事件性があると危惧している訳ではない。

 しかし、最近では巷にも魔法の情報が溢れている。隠れ蓑クローキングの呪文などという科学の知識を魔法で実現した呪文もある。夫人がそのような呪文を使って姿を消した可能性は否定しきれない。

「…………」

 ふと、ダベンポートは目をあげると暖炉マントルピースの上に飾られた男爵夫妻の写真に目をやった。小太りで短躯たんく、どこか少年のようなクレール男爵に対し長身のクレール夫人は大人の気品をたたえていた。表情はおっとりとしているものの、どちらかというと生徒と女家庭教師ガヴァネスと言った方がしっくりとくる。

「まあグラム、調べてみよう」

 ダベンポートはティーカップをソーサーに戻すとソファから立ち上がった。

「捜査を打ち切るのはいつでもできる。まずは屋敷の中を見せてもらおうじゃないか……執事さん、案内してもらえますか?」


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