微睡

 鉱山後方でヘリをタッチ&ゴーさせ、部隊が降りたと思わせる。合わせて左右にぽつぽつといた敵兵器を片端から壊して回れば、プログラムに従うしかないAIは大部隊が攻めてきたと誤認して反対方向へ逃走、ヒナの前に引き出される、という作戦だった。

 よって、まったくの無視を決め込まれた時点で泥試合は決定した。


「そういえばさ、だいぶ丸くなったよね」


 ヒナとメルが潜むのは露天掘り鉱山の階段を1段降りた階層のスナイパーハイド、要は即席の隠れ家である。鉱山は酸化鉄を豊富に含んだ赤い土壌だったので、岩石を横に積み、偽装ネットをかぶせ、赤土を簡単に振りまいた。内部は人間2人とその装備が寝そべって入れるギリギリのスペースがあり、近くで見れば一目瞭然ながら、1km以上離れた谷の対岸から認識することは不可能に近い。ヒナは普段から着ている迷彩コート、メルは茶色いマントをかぶって、それぞれ銃と双眼鏡を外へ向けている。


「何が?」


「ヒナちゃんが。最初会った時はもっとなんか、この世のすべてを憎んでる顔してた」


 対岸に動体は無い、時折風が吹いて、砂と草木が踊る程度。同じ段まではおよそ1.2km、ひとつの段は幅300mあったようだが、数百年前の施設である、平坦とはとても言えず、崩れてしまった場所の方が多い。2人が潜む部分は残り幅10mもなく、スナイパーハイドのすぐ後ろには1段上まで繋がる地下通路がある。周囲には遮蔽物になりそうな瓦礫や岩多数、最も大きい物体は朽ち果てた採掘機械で、正しい名前をバゲットホイールエクスカベーター、今なお世界最大の自走機械となっており、アーム先端のホイールで土砂を掻き取りベルトコンベアで後端まで輸送する。いやしていた、今はただの残骸でしかない。


「もういいの?」


「何かを憎んだり許したりした覚えはないけど……」


「うそぉ」


 鉱山の外ではシオンとフェルトが待機している、さっきまでハンティングしていたが、あたりの敵兵器を狩り尽くしてしまったため、ひとまず休憩中とのこと。ヘリは帰ってしまっている、着陸待機させる訳にはいかないし、ドアガンを撃つ射手もいない。


「絶対に恨んでた、復讐したがってた。世界を、すべてに対して」


 と、状況再確認している間も獲物は現れない、ただ隣のメルが無駄話をふっかけてくるのみ。それには乗らず口を閉じ、そのまましばらく、やがてヘッドギアがシオンの声を発した。


『ひま』


「我慢しなさい」


『はらへった』


「それは耐えがたいわね……」


 これがただの貧乏生活なら我慢しなさいの一点張りで済む、しかし4人は作戦行動中の兵士である、常に最大のパフォーマンスを発揮していなければならない。空きっ腹は大敵だ、あらゆる行動を阻害する。

 かといって、食糧を含めた荷物は戦闘に邪魔なので離れた場所に隠してきてしまった、監視地点を離れる必要がある。いや、それでも別にいいが、戦果無しでは帰れない、ちょっと目を離した隙に逃げられてしまう相手である、そうなったら大惨事だ。


『あんだけ狩りまくったのに一片たりとも肉が手に入らないとはおのれAIめ』


『さっきそこうろついてたクマさん狩る?』


『キモいしクリーチャーだし無理だわサイクロプスよりデカいし……』


 行って帰ってくるだけなら1時間程度か、そのくらいならヒナとメルだけで監視を継続、シオンとフェルトが取ってくる、あたりが妥当だろう。まぁ食糧といっても材料不明の固形ブロックで、しかも自腹なので、その場で調達できるならそっちの方がいい。


「15分くれれば全員分のミミズを集める自信があるがっ……」


『んよーし! 私とフェルトで取りに行くぞぉ!』


 しかし、その時点で方針は決定した。メルは双眼鏡を握って匍匐バック、ハイドから抜け出す。


『メル、少しだけ監視角度を変えてください。1時間以内には帰ってくるんで』


「ほいさ」


 遮蔽物が多い、スナイパーチーム1組での1点からの監視は不可能だ、違う位置、できれば90度横からの目が必要になる。できる限り姿勢を低く、抜け終えてからライフルを引き出し、構えて地下道へ。


「しばらく1人で頑張って」


「ん」


「寂しくて泣かないでね」


「二度と帰ってくんな」


 足音が遠ざかっていく。

 1時間ばかし観測手抜きで監視をする、いつもの事なのでなんともないが。


 が


『ではそろそろ始めようか、エレナ?』


「……え」


 ほんの僅かに目を離して、戻した直後だ、対岸で光が点滅した。

 スコープレンズの反射光…ではない、ライフルの発砲炎である。思い当たるやスナイパーハイドを覆っていたネットを突き上げて除去、壁に手をかけ、転がるように乗り越えてその場を脱した。


「おぉっ!?」


 ヒナにもメルにもそれは命中しなかった、狙われたのは地下道だ。入り口付近の天井に着弾、爆発し、崩落させる。


「クソ!」


『まずい! 分断された!』


 轟音を立てて崩れ落ちるそこから全力で離れると通信機からメルの声、埋まってはいないらしい。しかし今の銃撃は問題だ、爆発したなら榴弾で、間違いなく口径20mm以上。となると、20mm以上の弾を撃つものは分類上は銃ではなく砲になるので、砲撃というのが正しい。そんなものを人間が受ければどうなるか、真っ二つならまだマシ、場合によっては破裂する。


『なんだってんだ…! ヒナ先生!? ヒナ!? 無事ですか!? とにかく全員そちらに向かいますよ!?』


『地下ルートは駄目だよ! 地上から降りて!』


 通信は大混乱だが、こちらはトークボタンを押す余裕すらない。また対岸が光ったのに合わせて急停止、あのまま走っていたら間違いなく命中していただろう位置が爆発した。爆音と衝撃波によろめきながらもできるだけ姿勢を低く、ちょうど良くそこにあった岩に左手を乗せ、その上にボルトアクションライフルのハンドガードを乗せる。


『聞こえてるだろエレナ、返事をしろ、エレナ・ユースマリット』


 人型だ、1.2km先で下卑た笑いをしていた。黒い長髪の左右に団子を作っていて、女性モデルに見える。黒いノースリーブと黒いプリーツスカート、腕は黒いアームカバーで、足は黒いニーハイソックスで覆っている。体の大部分を何らかの機械の残骸で隠しているものの、バカでかいライフルはどこにも委託しておらず、立射。あの銃は既知武装を並べたリスト本で見た、確か口径は25mmだ。


「人の本名連呼すんなバカ!!」


『おっと、ご不満かなぁ!?』


 完全にジャックされている、いやこれはもうハッキングか、トークボタンは相変わらず押していないのに反応してきた。

 反撃に撃ち出されたのは口径8.6mm、対人狙撃弾としては最大級のものである。空気を効率良く切り裂くべく表面には溝が刻まれ、有効射程は1.5kmに届く。それでも普通、1km以上先を撃つには観測手のサポートのもと落ち着いて丁寧に撃たねばならないのだが、ほんの数秒で照準され、トリガープルとほぼ同時に銃身を抜け出、すぐ魔力点火による再加速を受けたそれは青白い残光を引いて敵までまっすぐ直進していった。相手は間髪入れず回避行動へ移行、着弾による砂塵を背にヒナから見て左へ走り出す。


「つーかなんで知ってる…!」


『ずっと会いたかったんだエレナ、どうしてこんな場所に1人で居座り続けたと思ってる。お前はあらゆる人間の中で一番"こちら"側に近いんだよ!』


 2発目は撃たない、その場を離れ相手と同じ方向に走る。背後で岩が破裂する音を聞いてから右手をグリップから手を離しボルトハンドルへ、それを上げて引いて空薬莢を排出、押して下げれば次弾が弾倉から薬室へ移動する。これは命中精度を上げるためできるだけ構造を簡略化した手動装填銃だ、1発ごとにこれをやらなければ撃つ事ができない。


「あっちこっちって何!」


『わかってるだろう!?』


 奴は走りながら銃口を向ける、移動しながら1km先の移動目標を撃つなんてふざけているがたぶん当たる、そしてちょっとやそっとでは避けられない。少し先にコンクリートの休憩小屋があった、全力で走る、壁の破口に飛び込む。


『体の半分以上が機械だってのにさぁ!』


 腰が通ったかどうかで、朽ちかけたコンクリートは爆発を起こした。

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