1-終世界より

308

「30秒で着く」


 パイロットが地表までの到達時間を伝えてくる、同時にヘリコプターは降下を開始、崩壊しかけたビルとビルの隙間へ飛び込んでいく。


「よし確認するぞ! 目的はデータの回収! 旧陸軍研究施設"B1"の司令室まで行って集められるだけ集める! 投下地点ドロップポイントは北500メートル! このヘリは2時間空中待機した後! 一度だけ同じ場所に戻ってくる!」


「支援は!?」


「無い!」


「2時間以内に戻って来れなかったら!?」


「察しろ!」


 コールサイン"シオン"、本来腰まである銀髪をたるみを持たせつつ上着の中に収めた、ライトグレーのフリースジャケットと黒のカーゴパンツを着た女性だ。腰に巻いたベルトに予備弾倉入りのポーチを取り付け、右太ももに柄含めて40cmある大型ナイフを固定している。ナイフは黒色で、刃根元に小さな円筒が2本挿さっており、内部には青い液体。両手に握っているのはアサルトライフル、アタッチメントを取り付けるためのデコボコしたレールを上下左右に組み合わせたハンドガードが特徴の銃である。色は茶色、伸縮式の肩当てストックを持ち、最大展開時の全長は80cm程度、重量は3kgと少しある。着脱式箱型弾倉には6.8mm弾が30発入り、有効射程500m、連射するフルオートと単発のセミオートを選択可能。

 それと頭部のヘッドギア、通信機一体型、胸につけたボタンを押せば味方と双方向通信で会話でき、人の声や足音など聞き逃したくない小さな音は増幅するが、一定以上の音量、例えば銃声なんかはむしろ減殺するという超ハイテクなマイク付きヘッドホンである。


「敵の数は!?」


「昨日のシュミレーションよりは少ない!」


「使うルート……」


 ヘリコプターの床が急激に傾いていく、それによって減速する。前進速度がほぼゼロとなった頃、彼女が最初に座席のシートベルトを解いた。


「10秒」


「よし全員立て!」


「待った待った待った!!」


 未だ飛行中のヘリのドアを開けるシオン、吹き込んできた風によろめきつつも残りの3人は起立、一斉にライフルの初弾装填による金属音を鳴らす。

 すぐにヘリは一瞬だけ接地した、その一瞬で全員が降りる。ヘリはまた空中へ、4人は最寄りの瓦礫の影へ。一度膝をつき、姿勢を低く、今の行動が何にも見られていない事を確認する。


 落とされたのはかつて都市だった場所だ、今は暗闇の中、静かに骸を晒している。この都市が現役だった頃、いくつもの高層ビルが高さを競うように建設され、無数の人やモノが行き交っていた、という。

 今は単なる廃墟でしかない、倒壊したビルは破片を散乱させアスファルトの道路を埋め尽くし、ガラスを失った窓を風が通り抜けて音を立てる。それ以外には4人の移動に伴うコンクリ片の割れる音がするのみで、照明も稼働する機械も一切無く、ただ傾いた信号灯の先に浮かぶ月だけがこの廃墟を照らしていた。

 この場所に人間は住んでいない、住める場所ではない。


「……フェルト」


「敵影ないよぉ」


 フェルト、と呼ばれたのは4人の中で最も背の低い少女だ、黒いレンズの四角いゴーグルを目に当て周囲を見回している。身長150cmもなく140前半。髪は真夏の快晴が如き空色で、左やや後方でショートのサイドポニーにしている。服装がフリースジャケットとカーゴパンツなのは変わらず、握っている銃がサブマシンガンになって、それと長さ70cm程度の白い棒を2本、斜めにして腰からぶら下げていた。そのうち片方は先端にカバー付き、内部には刃がある。銃について説明すると、厳密にはサブマシンガン(SMG)ではなくパーソナルディフェンスウエポン(PDW)というものなのだが、なんやかんやあってサブマシンガンの一分類みたいなものになってしまったのでサブマシンガンと呼んでも何ら差し支えない。ストック収納時で全長34cm、最大展開すると54cmになり、真横から見ると本体とグリップがT字を形成する。非装填状態での重量は1.6kg、弾倉は拳銃と同じくグリップ内部、今は15発入りのものが装着されている。

 人間の全体的な印象としてはフワッフワだ、口調も表情もすべてふんわりしている。声を聞けば眠くなり、笑顔を見れば癒される。初対面の相手は彼女が兵士だとは思わなかろう、想像できたとしても後方での雑用がせいぜいか。


 しかし決して騙されてはいけない、4人の中で唯一近距離武器をメインウエポンとし、足は最速、スイッチが入るともう止まらない、というか止める勇気が無い。

 決して騙されてはいけないのだ。


「よし、まっすぐ行くぞ、メル子先行」


「うーぃ」


 フェルトの次に小さいのがメル、前回の測定では152cmだった。外ハネのある、明るい紫色の短髪、服装もやっぱり同じでフリースジャケットとカーゴパンツ。シオンのものと酷似するが僅かに異なるライフルには1個あたり100発入るドラムマガジンが装着され、その分の重量増のため、近接武器は持っていない。


「……静かね、周りに敵がいないだけならいいんだけど」


「ほんと、ヒナちゃんて声だけなら頭良さそうだよね」


「は?いやその……はぁ?」


 メルに言われて若干怒り気味の顔を返したのがヒナ、唯一服装が違う。髪型はライトブラウンのボブカット、身長は157ある。シャツとカーゴパンツの上に纏うのはフードの付いた白いロングコート、によく似た別の何かだ、予備弾倉を含めたすべての装備はコート内側に収納、太もものホルスターにはフェルトと同じサブマシンガンが入る。

 ライフルは全長1mオーバー、弾丸直径8.6mmで装弾数10のセミオートオンリー、狙撃銃である。外観はやはり、シオンやメルのものと似ている。

 それから眼、彼女の外観上の特徴はそこにある。右は琥珀色、左は黒色で、生まれた時は両方とも琥珀色だったらしいが、今、左眼は光を反射しないつや消しブラックだ。これは義眼である、生身の眼球は失われている。機械に置き換わっているのはそこだけではないが、まぁそれは後々。


「入口どこ?」


「B1は地下施設、地下鉄の入口みたいなやつがあるはずだけれど……ああほら、もう見えた」


 瓦礫を離れ4人で前後左右それぞれを警戒しつつ、ゴミや瓦礫まみれの道を100mも進めば地下への伸びているらしき階段が視界に入ってきた。コンクリート製、切り分けたショートケーキを横倒しにしたような形状で、扉は外れて転がっていた。残りの400mも一切の会敵なく踏破、入口手前でまた膝をつく。


「ヒナ先生、この場で監視を」


「なるべく早くね」


 中へ入るのは3人、シオンから監視指示を受けたヒナがコンクリートの上まで登って、ライフルの二脚を立てながら寝そべる。途端に白コートはコンクリートと同じ色になった、タコやらカメレオンが如く灰色になって、フードを被れば体の大部分が覆われる。


「フェルト?」


「んー…内部からの音響反応なし」


「よし行きましょう、曲がり角には気を付けろ」


「だいたい四つん這いの気持ち悪いの飛び出してくるしね」


「それはゾンビ」


 なんて会話をしながらも、3人は階段を降りていく。

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