もうひとりの暗殺者
「よっしゃ、終わり!」
イヴは残りの藁を掴んで縄にすると、嬉しそうに笑った。
エナルとカナルは似たような動作をして、ため息をついている。
三人の手のひらは真っ黒に汚れていた。
「そろそろ着くんじゃないかな」
格子窓に頭を突っ込んで下を覗き込むと、イヴは言った。
「あの背の高い木の根元に降ろしてよ、カナル」
「了解!」
カナルがニコニコしながら手を挙げると、すぐにティフは下降体制に入った。
「珍しいわね。いつも適当なところなのに」
「まあね。今回は秘密基地みたいなものだから」
「楽しそう!」
刹那、イヴはどこか影の差した笑みを浮かべた。
何事かと声を出しかけるエナルを無視して、ティフはどんどん下降していく。
「……昔、仲間と国越えするときに作ったところ」
イヴはぽそっと呟いて、そのまま外を眺めることにしたようだ。
エナルはそっと微笑んで、自分の肩掛け鞄を取りに立った。
「そろそろかな」
イヴが言うと、静かな振動が伝わって、着いたことが分かる。
ティフから降りると、イヴは指示を出した。
「船を降ろして、ティフにはちゃんと隠れてもらおうかな」
「ティフはどこに隠すの?」
「そこに木のうろがあるだろ。完全に隠れはしないけど、なかなか人の来ない所だから大丈夫」
見れば一際高い木の根元には大きなうろがあった。周りは低木が覆っているから、上からの目線では完全に隠れるだろう。
「まあ、ちょっと行けば登れないような崖だもんね」
草木が生い茂っている上に崖に面してるとあれば、十分だとカナルは頷いた。
「でも私たちはどこにいるの?」
秘密基地というからにはツリーハウスのようなものを想像していたエナルは、拍子抜けした。
木や石の他には、なにもない。
「そこのでっかい石を退かすんだよ」
イヴに言われて、エナルは力一杯石を押した。ぴくりとも動かなかった。
「動かないわよ」
「ほら、場所変わって」
今度はイヴが石を押した。
ずるずると、少しずつだが、石が動く。
「地下室だ!」
石を退かした下には、古びた木の扉があった。
やっと人ひとりがすり抜けられるような小さな扉だったが、それは皇女二人をわくわくさせるのには十分だった。
「本当に秘密基地ね!」
「長らく使ってないからなかなか開かないかもな」
湿気で木枠がズレているかもしれない。
イヴが思い切り力を入れて、扉を上に引き上げると、がこっと扉が外れる。思ったより簡単に開いたらしく、イヴは後ろに何歩かよろめいた。
「じゃあ、俺から」
ティフに登る時に使っていた縄ばしごを下に垂らして、ギシギシ言わせながらイヴが降りていく。
次にカナル、エナルの順だった。
「おお、広い!」
入り口の狭さを感じさせない部屋の広さだった。
ところどころにろうそくの火が灯っている。
「あら? 長らく使ってないんじゃないの?」
「使ってない。でもここ、たった今まで誰かいたような……」
きんっ。
イヴの耳元で金属音が弾けた。
後ろから振り下ろされる短剣を、間一髪で受け止めたイヴはそのまま戦闘態勢に入る。
「不法侵入は俺らじゃねぇんだよ!」
相手の剣を受け流し、スキがあれば狙う。
激しく短剣同士がぶつかり合う音を聞きつつ、イヴが叫んだ。
「っと!」
相手がイヴの剣を受け流し、一歩後ろへ下がる。ジリジリと近寄ろうとするイヴに両手を上げて、降参というポーズをした。
「お前、イヴか」
「なんで知って……」
「おいおい、このクーガ様を忘れたのかよ」
ニヤっと歯を見せて笑う相手に、イヴの顔がみるみる引きつる。
「だってお前、任務遂行中に……!」
「失踪、な。勝手に殺すなよ」
ぽかんと口を開けて、完全に取り残された皇女たちに、イヴが向き直って説明した。
「後でまた細かく説明するけど、俺の仲間で死んだと思ってたやつだよ」
「俺様の説明もいいけど、そこの二人の説明もしろよな」
イヴに媚びを売るようにくねくねとまとわりつくクーガ。
それに呆れるようにイヴは笑うと、とびきりの爆弾を落とした。
「ベル・スフィアスの皇女様方。訳あって俺と逃避行してる」
「は!? 嘘吐きは泥棒の始まりだぜ、イヴくん!」
「今更泥棒だのなんだのは知らねぇよ。大体そんな下らねぇ嘘吐くかよ、馬鹿」
めんどくさそうにクーガをあしらうイヴは、なんだか少し楽しそうだった。
クーガは若干慌てたそぶりを見せて、エナルとカナルに跪く。
「お初にお目にかかります、皇女様」
やけに芝居がかってそう言うと、どこか意地が悪そうに笑った。
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