憲兵と黒雲

「いたぞ! 皇女二人と、少年だ!」


憲兵が声高に叫ぶと、後ろからまた二人の憲兵が顔を覗かせる。合計で三人、憲兵たちは完全にエナルたちをロックオンしていた。


「距離を詰めろ!」


自分たちを乗せている飛行魚にムチを打つと、ぐんとティフに近寄ってくる。


ひゅっ。


エナルの耳元で風を切る音がして、髪の毛が数本、はらりと落ちた。

見ると、奥の憲兵が矢を構えていた。


「矢に当たらないように気をつけて」


いつの間にかイヴの手には短剣が握られている。明らかに戦闘向きでない、きっと料理に使う剣だった。


「うわ、待って、エナル! 憲兵もだけど、前に黒い雲があるんだって!」


カナルが悲鳴をあげた。

エナルは前にそびえる黒雲と、後ろで矢を構える憲兵とを見て、カナルに耳打ちした。


「カナル、憲兵が乗ってる飛行魚をどうにかできる?」


「ムチで動かしてるのを見ると信頼関係はなさそうだから、なんとかなるかも」


「とりあえず私は風を吹かせて、出来る限り雲をはけさせるから」


「分かった」


キンッ、と今度はカナルの耳元で金属音が弾けた。


「気をつけろって」


イヴがいつになく真剣な声で、カナルに言った。

剣で飛んできた矢を止めてくれたらしい。


「ごめん、ありがとう!」


言いつつ、カナルは一歩前に出た。

それからすうっと手を挙げる。


(飛行魚よ、なぜ憲兵を乗せる?)


(ムチが痛いから)


(ムチを受けない方法を私は知っている。それを教える代わりに私らを追うのをやめてはくれないだろうか)


(分かった)


あまりにあっさりと飛行魚が頷くから、カナルは拍子抜けした。

いくらムチで動かされているとはいえ、なんの迷いもなく操縦者を捨てるのも珍しい。


(横に一回転すればそやつらは落ちる)


(落としたら死ぬ?)


(低空飛行して落とせば死にはしないだろ)


カナルがそこまで伝えると、飛行魚はすぐに高度を下げていった。

とはいえ下から攻撃されては敵わない。見下ろしていると、随分と下で憲兵を振り落としていた。


「もう大丈夫だと思うよ」


カナルが言うと、イヴはヘタヘタと腰を下ろした。


「久しぶりに矢なんて向けられた……」


初めてじゃないところが暗殺者らしい。

カナルはイヴに笑いかけつつ、そっとエナルを振り返った。

エナルは眼が落ちそうなほど瞳を開いて、手を挙げている。目線の先の黒雲は、モワモワと道を開いていた。


「エナル、ティフにちょっと下降してもらうからその辺でいいよ」


「憲兵は?」


「ばっちり!」


うっすらと汗ばむエナルに、カナルはピースサインを突きつけた。


「なんか、俺なにもしてないや」


イヴがそう言った。


「矢、弾いてくれたよ!」


カナルはにっこりと笑った。


「やっぱり風を操るのは大変だった……」


やり切った声でエナルが呟く。

命が宿ってない上に、自由に吹く風を操るのは随分と体力を使う。


「飲む?」


イヴが持って来てくれた水筒の水は、冷たくて、ほっと一息ついた。


「思った以上に早く追いつかれたね」


「ウチの憲兵は皆、優秀だもの!」


「なんで自慢気なんだよ」


いまいち追われる側に回り切れていないエナルに、イヴはつい突っ込んだ。


「優秀ならなおさら急いで飛ばないと」


「ティフ、ちょっとスピード上げて」


カナルのひと言と共に、ティフは速度を上げた。

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