291 湖のヌシ

 湖へと走る。


 そんな俺を狙い水弾が飛んでくる。


 当たるかよッ!


 避ける、避ける、避けるッ!


 湖の水面から魔法のように水弾が次々と飛んでくる。敵の姿は見えない。次々と飛んでくる水弾に恐れを成したのか、のんきに水を飲んでいた魔獣たちが慌てて逃げだしている。


 どんな姿をした魔獣か分からないが、どうやら湖に隠れ、水弾を飛ばしているこの魔獣が、ここのヌシのようだ。さっきまで湖の側に居た連中は、そいつの許しを得て水を飲んでいるという感じなんだろうな。


 水弾を避けて駆け、そして湖の縁で止まる。


 俺の眼前には湖が広がっている。一歩踏み出せば水の中だ。


 って、これどうするんだよ。アダーラは俺を追いかけて来ていない。どうやら俺の狩りを見守るつもりのようだ。


 で、だ。


 いや、本当に、これ、どうするんだ?


 草魔法で何とかなるか? ならないよな?


 これはアレか、さっそく、神域からゴーレムを呼び出せという、アレか?


 ……。


 と、俺がそんなことを考えていると湖の水面が揺れ始めた。現れるのか?


 水面を割り、こちらへと勢いよくそれが飛んでくる。それは竜の頭だった。


 ここのヌシは水竜か!


 蛇のように長い首を持った竜の頭がこちらへと迫る。俺を噛み砕き、喰らうつもりのようだ。


 だが、遅いッ!


 アダーラの神速の動きに比べれば止まって見える程度の速さだ。


――[サモンヴァイン]――


 右腕に巻き付いた蕾の茨槍を槍の形態へと変える。抜槍。瞬間、魔力を纏わせ、そのままこちらへと襲いかかってきた水竜の顎と交差する。


 水竜の頭が飛ぶ。くるくると宙を舞う。


 弱いッ!


 楽勝だぜ。


 俺は、俺の狩りを見守っていたアダーラと羽猫の方へと振り返る。


「姉さま!」

 アダーラが叫ぶ。俺はそのアダーラの声を、反応を見て、気付く。湖へと振り返る。その水面からは新しい水竜の頭が現れていた。


 頭は飛ばしたはずだろぅ!?


 その水竜の頭が先ほどと同じようにこちらへと迫る。それを避け、蕾の茨槍を振るう。水竜の頭が飛ぶ。その俺の横から、もう一つの水竜の頭が迫っていた。俺は蕾の茨槍を回し、縦に、盾のようにして水竜の突進を受け止める。その衝撃に、勢いに、俺の体がふわりと浮く。そこに新しい水竜の頭が迫る。


 複数の頭!?


 だけどッ!


 俺を舐めるなよ!


 体に、全身に魔力を纏わせる。迫る水竜の頭を銀色の光とともに蹴り上げる。無理矢理、蕾の茨槍を振り回し、次々と迫る水竜の頭を吹き飛ばす。


 いくつもの水竜の頭が現れ、俺を狙い――迫る。


 この湖に何匹も水竜が潜んでいるのか!?


 それともヒドラのような、頭をいくつも持っている魔獣が潜んでいるのか。


 蕾の茨槍を振り回し、次々と水竜の頭を跳ね飛ばしているが、その後から後から水竜の頭が襲いかかってくる。


 どうなっているんだ?


 無限に現れるのか?


 んな、馬鹿な。


 そして、俺は気付く。


 頭を切り飛ばし、うねうねとのたうち回っていた水竜の首――その切断面が膨れ上がり、肉の中から新しい首が生えていた。


 再生……した?


 よく見れば頭を切り飛ばした側から新しい頭が生えている。


 んだと……。


 水竜の首から先は湖の中にある。これで確定した。本体は湖の中だ。そして、間違いなく、こいつらは、これで一個体、ヒドラのような魔獣のはずだ。


 だが、どうする?


 湖の中へ突っ込むか?


 泳いで本体と戦うのか?


 うーん、それはそれで大変そうだぞ。


 俺は考えながらも蛇のようにうねる水竜の頭を斬り飛ばす。


 だが、このままだと埒があかない。


 ……。


 いや、いくら何でも無限に再生するとは思えない。このまま根比べと行くか?


 水竜の勢いは衰えない。いくつもの頭が俺を狙い襲いかかってくる。切り落とした側から再生している。恐ろしい再生力だ。


 水竜の本体は湖の中だ。湖の中がどうなっているかは分からない。もしかすると水竜は湖の中で再生するためのエネルギーを得続けているのかもしれない。そうなると根比べをした時、負けるのは俺だ。


 う、うーむ。


 アダーラが見ている前で負けるのはなぁ。


 それに天人族さんを傷つけたお返しをしたいしな。こちらが近寄ったからか厄介な水弾を撃って来ない。水竜の頭を切り落とすだけなら楽勝だ。この程度がいくつ来ようが今の俺なら楽勝だ。


 だが、だ。


 ああ、しかし、このままだと……。


「姉さま!」

 俺の背後からアダーラの大きな声が聞こえる。

「姉さま! 何を迷っているのです。そのような魔獣、湖ごと斬り裂けば良いのです!」


 ……。


 アダーラの言葉。


 ははは。


 無茶を言う。


 湖ごと斬り裂く?


 おいおい、おいおいおい、マジかよ。


 アダーラはマジで言っているんだろうなぁ。


 そして、俺ならそれが出来ると信じている。


 いや、ホント。


 仕方ない。


 期待されたなら答えないと、だよなぁ。

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