285 狩猟準備

 さて、と。


 俺はレベルアップやBPに関する確認のため、天人族の魔獣狩りに付き合うことにした。


「帝よ、どうか我の背にお乗りください。長の代わりに我が帝を運びましょう」

 そう言って竜の姿へと変身していくのは前回俺に突っかかって来た天人族だ。食事抜きが理由で従ったとは思えないほど忠誠心が高い。


「えーっと、それで何処に向かうんですか?」

 今回、天人族のアヴィオールは参加しない。参加というか、あいつは配下に任せ、アヴィオール自身が狩りをすることは無いようだ。俺が参加する場合でも、それは変わらないようだ。

『ここより東の島にボア種の魔獣が多く棲息しています。今回はそこに向かうつもりです』

 ほう、ボア種か。アレだよな、フォレストボアとか、そういう類いだよな。それなら俺もリンゴと一緒に狩ったことがある。今の俺なら余裕で狩れるだろう。


 ……。


 リンゴかぁ。懐かしいな。俺がこの世界で初めてで出会った人らしい人だ。全身鎧で姿を隠した俺と同じハーフのリンゴ。最後の方はズタ袋をかぶっていたんだったよな。今頃、どうしているだろうか。元気だといいな。


『そこは大陸の者どもには知られていない島なので安全に狩りが出来ます』

「そうなんですね、分かりました」

 俺はよじよじと大きな竜の背中によじ登る。同じ天人族でもアヴィオールほど大きくはない。けど、この天人族さんも大きいことは大きいからな。俺の小さな体だとよじ登るのも一苦労だ。ぴょんと跳び上がった方が早かったかもしれない。


「待ってください!」

 と、そこに声がかかる。掠れたような、それでいて大きな声だ。


 誰だろうと振り返ってみると――そこには全身を真っ赤な包帯でぐるぐる巻きにされた女性がいた。

「まーう」

 肩には羽猫が乗っかっている。


 誰だ?


「姉さま、私も連れて行ってください」

 あー、うん。


 獣人族のアダーラだ。俺を姉さまと呼ぶのはコイツくらいしか居ない。そういえば、最近、姿を見ないなぁっと思っていたが、怪我をしていたのか。にしても真っ赤な包帯を巻き付けるとは……。

 赤髪がチャームポイントだからって包帯まで赤くしなくても良いと思うんだけどなぁ。


 赤髪のアダーラの肩に乗っかった羽猫は不思議そうな顔で首を傾げている。君ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ。それとも羽猫が見えているのは俺だけなのか。他の人には見えない幻影か何かなのか。って、そんなワケは無いよな。


 というか、だ。


「えーっと、その姿……大丈夫ですか?」

「はい! こんなものはかすり傷です!」

 赤髪のアダーラが大きいが掠れた声で喋る。やはり怪我をしていたのか。にしても、全身に包帯を巻き付けるとか、どう見ても大丈夫じゃあないよな。

「あー、でも、包帯でぐるぐる巻状態の人を連れて行くのは……」

「全身から吹き出す血を止めるために包帯を巻き付けているだけです! この程度はかすり傷です!」

 って、おい。包帯が真っ赤なのはお洒落じゃあなく、吹き出す血でかよ。マジかよ。


「いや、えーっと、さすがにその状態で一緒に来るのは無理なんじゃあないでしょうか」

「こんなものは狩りをして肉を喰らえば治ります!」

 普通は治らないと思う。なんというか獣人族らしいというか、考え方が異常というか、野蛮というか、色々と言いたいことしか生まれないなぁ。


『獣人族の長よ、それ以上、帝を困らせないで欲しい』

 困っている俺に見かねたのか、俺を乗せた天人族さんが間に入ってくれた。


 だが……。


「おい! お前ごときが私と姉さまの会話の間に入るだと」

 そう叫んだ赤髪のアダーラの動きは早かった。一瞬で姿を消し、俺を乗せた天人族の頭を殴りつけていた。大きな竜の頭が大地に口づけをしている。


 本当に一瞬だ。


「さあ、姉さま。これで大丈夫です。行きましょう!」

 赤髪のアダーラはのんきにそんなことを言っている。


 あー、うん。確かにそれだけ動けて、それだけの元気があれば、全身から血を吹き出していても大丈夫だろう。コイツの心配をした俺が間違っていた。


 だけどなぁ。

「いや、えーっと、お前がこの天人族さんを倒したから行けなくなってしまったんだが」

 生きているよな? 竜の姿のまま倒れているが、気絶しているだけだよな? 死んでいないよな?


 まったくやることが無茶苦茶だ。


「あわわわ、姉さま、どうしましょう!」

 赤髪のアダーラはあまり困っていない様子でそんなことを言っている。本当にお前は何がしたいんだよ……。


「あ、あのぅ、私が運びます」

 気絶した天人族さんの影から大人しそうな感じの天人族さんが現れた。あー、はい、お願いします。


「見所があるな! よし私と姉さまを運べ!」

「まーう」

 赤髪のアダーラが胸を張り、その肩の上では羽猫が前足をあげている。君ら、無駄に偉そうだな。


 なんだかなぁ。


 コイツはコイツで機人の女王とは違う問題児だよな。後でちゃんと言って聞かせないと駄目なんだろうか。コイツがトップで獣人族も大変……じゃあないよな。獣人族の他の人たちは他の人たちで頭がおかしいからなぁ。


 価値観の違いを感じる!


「あ、えーっと、アダーラ、武器は持たなくても大丈夫ですか?」

「はい、姉さま! この拳が私の槍です」

 赤髪のアダーラはワケの分からないことを言っている。血を吹き出しすぎておかしくなったのだろうか。


 ま、まぁ、とりあえず、これで狩りに行けるな。


「あー、うん。ではお願いします」

 竜化して大きくなった天人族さんの背に乗る。続けて肩に羽猫を乗せたアダーラもその背に飛び乗る。


「さあ! 姉さま行きましょう!」

 赤髪のアダーラは掠れているが元気な声で叫んでいる。


 不安しかないなぁ。

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