257 呼び方を

「えーっと、後、皆さんにお願いがあります。言っておきたいことがあります」

 名も無き帝国に住む各種族の主要人物、プロキオン、ウェイ、アヴィオール、アダーラ、ミルファク、機人の女王――皆が集まっている今だからこそ、決めておきたいことがある。


 まぁ、今だからこそなんて言っているけど、食事の時は誰かしら居るんだけどさ。それでも全員が集まるのは稀だ。だから、今、言って、決めておこう。


 皆が俺の方を見る。


 些細なことかもしれない。でも、これは重要なことだ。


「えーっと、自分たちと敵対している種族の呼び方についてです」

 そう、これは重要なことだ。


 本当はさ、もっと早くに決めておくべきことだったんだろうな。でもさ、俺は、なんというか、皆を信じ切れていなかったというか、提案することで、疎まれてしまうんじゃあないだろうかって考えてしまったんだよなぁ。嫌われることはしたくないと考えて、思い込んでしまっていたというか……。


 でもさ、城を作って、皆で暮らすようになって、食事も一緒にするようになって、言いたいことを言ってもいいんじゃあないだろうかと思ったワケだ。

 この間の下着の件にしてもそうだよな。ワガママが言えるようになった。やっと自分のことが言えるようになった。


 だから、今、そのついでに言ってしまう。


「今まで、ヒトモドキ、偽りの種族などと呼んでいました。召喚された異世界からやって来た人に関してもイケニエと呼んでいました。それを止めませんか?」

 そうなんだよなぁ。


 相手を見下すというか、貶めるような言葉は良くないと思うんだぜ。そりゃあ、敵対している相手だ。でもさ、だからといって、そんな貶める言葉を使っていたら、自分の品位を落とすだけだからな。それは己の魂を汚す行為だぜ。


 ずーっと気になっていたんだよな。皆が言っているから、俺も、そう言っていたけど、それで良いのか、言いづらいなぁって思っていたんだよ。引っ掛かっていたんだよ。


 どうしてそう言っていたか……言っていた意味は分かったよ。


 かつてこの世界を支配していた人種の遺産を使って人種の真似事をしている種族たちだからヒトモドキ、偽りの種族。異世界から、その人種の遺産を扱わせるためだけに召喚されたから生け贄――イケニエ。


 でもさ、あのはじまりの町の犬頭の門番は自分たちがフォーウルフという種族だと言っていた。そう、ちゃんと彼らには彼らの種族名があるんだ。


 それにさ、俺は彼らと敵対したいワケじゃあない。出来れば仲良くしようと思っている。なのに貶めるような言葉を使うのは問題があるだろう。


「ひひひ、分かったよ」

「帝がそう言われるのでしたら、ね」

「ふむ。だが、改めてヤツらをどう呼ぶのだ?」

「姉さまが決めたことなら!」

「わらわはその者たちを見ておらぬ。おぬしに任せるのじゃ」

「まーう」


 皆、納得してくれるようだ。敵対している相手に対してのこと、俺のワガママなのに、押しつけなのに……。


「帝よ。どうします、か?」

 プロキオンが改めて聞いてくる。


 で、うん。改めてどう呼ぶかは決めてないんだよなぁ。いや、まぁ、思いつきで言ってみただけだから、思っていたことを言ってみただけだから、まだ、そこまで煮詰めていないというか。


 う、うーん。


 スキルの一覧を思い出す。共通語、魔人語、辺境語、獣人語だったよな。犬の頭を持っていたり、猫だったり、角が生えていたりするから獣人? いや、そうなるとアダーラたち獣人族とかぶってしまうし……。

 そういえば共通語を喋っていると良く大陸の言葉って言われていたよな。そうだよ、それだ。


「えーっと、今度からは彼らを大陸の種族と呼んではどうでしょうか?」

 皆が頭を下げ、頷く。


 お、それで問題が無いようだ。俺たちの拠点となっているのが島だし、それと対比する感じで大陸の種族というのはなかなか良いよな。思いつきで決めたけど悪くない。良い感じだ。うん、自画自賛だぜ。


「イケニエさんたちは異世界人としましょう」

 定番と言えば定番な呼び方だけど、それが一番無難だと思う。

「ひひひ、了解だよ」

「うむ」

「姉さまに従います!」

「帝の言われるまま従います、ね」

 皆が頷く。


 まぁ、異世界人という意味で言うと猫人の料理人さんも異世界人なんだけどさ。猫人の料理人さんと一緒にやって来た王様とやらもそうなんだろうけど、まぁ、問題ないだろう。


 異世界人、か。


 もしかすると大陸の種族の方がこちらよりも文化が発展しているのは異世界人の力があったのかもしれないな。紙とかだってそうだよな。文化レベルが向こうの方が高そうなのは、それが理由なのかもな。


 もしかすると銃火器とかもあるのかもしれないなぁ。異世界の知識を使って色々やっている可能性は……否定出来ないな。


 それでも、四種族を恐れるのか。


 それでも恐れて戦いを挑んで来るのか。


 人種の遺産を使おうとするのか。


 それだけ、四種族の力が強いということか。知識や技術、科学では埋まらないほど力の差があるということか。


 魔法がある世界だからなぁ。


 知識チートがそこまで役に立たなくて異世界人は苦労しているかもな。あー、でも猫人の料理人さんみたいに料理とか、後は芸術とかの分野なら無双できるかも。


 まぁ、でもさ。大陸の種族としては四種族に対抗するための戦力が欲しいワケだし、そういった人材は召喚していないかもしれないな。


 料理に芸術、か。ある意味危険な力だよな。


 王族とか貴族が居るような世界だった。もし、そういう力が蔓延してしまったら? 蝕まれてしまったら? 地位を脅かされると危機感を覚えるかもしれない。


 呼んでいないかもしれないな。


 猫人の料理人さんたちみたいに自分からこの世界に来たりしない限りは、無いかもな。

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