168 蒼い竜

 足が動かない。逃げられない。


 そして、振り払われた尻尾がまだ動いている。こちらを狙っているというよりは痛みを振り払うように、とにかくデタラメに動いているという感じだ。


 ヤバい。


 そして、これは本当にワイバーン種なのだろうか。起き上がった巨体は山の頂上を飛び回っていた翼の大きな蜥蜴といった形のワイバーンと違い、蒼い鱗に覆われたそれは物語で語られる竜の姿にしか見えない。


 似ているが、違う。


 存在そのものが違う。


 って、竜?


 ま、まさか、俺はワイバーン種だと思って竜にちょっかいをかけてしまったのか。い、いや、だって、空から見た時はこんなの居なかったじゃあないか。これだけの巨体だ、姿を見ていれば分かるはずだ。気付くはずだ。


 な、何だよ、コイツはッ!


 プロキオンは言っていた。色を持ったヤツらはヤバいと。青、いや、これはもっと深い青――蒼色か。


 蒼竜。


 その蒼竜の尻尾には草紋の槍が刺さったままだ。固い鱗に覆われているのだろうが、それでも魔力纏なら通すことが出来た。さすが俺。いや、だが、逆にそれが良くなかった。攻撃が弾かれていたなら、まだ……いや、今はッ!


 デタラメに動いていた尻尾が運悪く、こちらへと叩きつけられようとしている。巨大な尻尾の影が迫る。周囲が暗闇に覆われる。どんだけデカいんだよッ!


 動けない。


 狙われていなくても叩き潰されたら……死ぬ。


 どうする、どうすれば?


 動くのは手。両腕は動く。


 腕の力で飛び跳ねて……いくら俺が怪力でも無理があるだろう。いや、足の時と同じだ。腕に魔力を張り巡らせる。両腕は不味い、片方の腕だ。腕が両方とも使えなくなったら本当に終わる。


 それならッ!


 左腕に魔力を巡らせる。意識せずに巡っている元々の魔力の上からさらに広げていく。細いポンプを押し広げるように俺の有り余るほどの魔力を押し込んでいく。左腕の毛細血管にまで広がるように魔力を流す。


 魔力が流れていくような感覚。左腕が破裂するほどの力を感じる。


 強化した左腕を迫る尻尾を掴むように突き上げる。突き上げた左腕と蒼い鱗に包まれた巨大な尻尾がぶつかる。


 閃光が走るほどの衝撃が広がる。


 俺は相手からすれば豆粒のような存在だろう。だが、それでも今の俺ならッ!


 受け止めるんじゃあない。跳ね返す。受け止めれば魔力を纏わせて硬くした布の服の時と同じになるだろう。防げても地面にめり込んでぐちゃりってワケだ。


 だから、弾き返す。


 巨大な尻尾が小さな俺の左腕一本に跳ね返され、宙を舞う。その質量からか、ゆっくり、どしりといった感じで舞っている。


 跳ね……返した。


 だが、これで終わりじゃあない。


 左腕はまだ動く。


 まだ……動くッ!


 左腕を地面に叩きつけ、その勢いで飛び上がる。ただ飛び上がっただけじゃあない。狙うのは尻尾に突き刺さっている草紋の槍。


 飛ぶ。


 そして、左腕で掴む。草紋の槍を掴む。


 ヨシッ!


 そのまま引き抜く。空中で草紋の槍を左手から右手に持ち変える。そこで限界が来たのか左腕が痺れたように動かなくなる。左腕の感覚が消える。あー、くそ、もうボロボロだよ。


 残っているのは右腕一本と草紋の槍。相手は尻尾に小さな刺し傷が付いているだけでほぼ無傷。自分と相手とのサイズ差もヤバい。勝てるビジョンが見えない。


 どうするんだよ、これ。


 落ちていく俺の体。あー、もう。


 と、そこで気付く。蒼竜の顔が俺を見ている。目と目が合う。向こうが俺を認識した……ッ?


 次の瞬間、蒼竜は大きな口を開けていた。飲み込まれる? いや、違う。口の奥に魔力の流れを感じる。


 まさか……ブレスか?


 竜だからな、あり得るよな。


 不味い、不味いぞ。こっちは空中で身動きが取れない。


 そして蒼竜の口から周囲を凍らせるかのような氷の息吹が、氷嵐が放たれる。


 それでも魔力で作られたものだというならばッ!


 草紋の槍を脇に抱え、すぐに緑の魔力を纏わせる。そして、そのまま右手に持ち、氷嵐を斬る――草紋の槍を上から下へ俺自身が抜けられる広さを作るように斬り降ろす。


 吹雪が、嵐が……抜ける。周囲一帯を氷雪地帯へと作り替える氷の息吹が抜ける。


 抜けた先の世界が変わっていた。


 ――氷の世界。


 周辺の地形を変えるほどのブレスとか化け物かよ。


 そのまま草紋の槍を下へ。地面に突き刺して着地する。


 周辺が氷に覆われている。一気に雪山に変わったな。いや、雪ではなく氷だから氷山か? 上手く言った感じだぜッ! HAHAHA


 もう無茶苦茶だ。魔法のある世界だとこんなのも有りかよ。だが、くそ、歩けない――まだ足の感覚が戻らない。逃げることも出来ない。


 それに、だ。寒さがヤバい。ヤバい、本当にヤバい。


 寒さだけで死にそうだ。いや、体が動かないし、このままだと凍傷になるか? 本当にヤバい、ヤバすぎる。


 勝ちの目が見えない。だ、だけど……もう死ぬのは嫌だ。とくに自分の馬鹿さ加減で、うぬぼれで死ぬとか死んでも死にきれない。


 勝つ。


 方法は分からないが勝つ。


 草紋の槍に寄りかかるような姿で、竜を見る。蒼い竜を見る。勝つ。ここから勝つ。


 まだだ。


 まだ右腕も、草紋の槍もある。


 何とかしてやるッ!


 折れない心で蒼竜を見る。睨む。


『ま、まて』


 と、そこで何か小さな魔力の流れを感じ、頭の中に声が響いた。


 あ、うん?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る