148 欲しい

 もぐもぐ。

 もしゃもしゃ。


 うん、美味い。


「しかしまぁ、よく虫なんてものを食べるさね」

 眼帯の女性は信じられないものでも見るかのように目を大きく見開いている。虫じゃあなくてカニなんだけどな。カニって、そんなに虫ぽい外見をしているか? あまり似ていないと思うんだけどなぁ。それに、だ。これだけ美味しそうな匂いがしていて、それでも嫌そうな顔をするって、それだけ虫が嫌いなのかなぁ。


「えーっと、とても美味しいですよ。食欲を誘う匂いじゃあないですか?」

「信じられないさね。虫を、しかも腐った黒い液体に浸して食べるなんて考えられないさね」

 眼帯の女性は首を横に振っている。


 腐っているって、いや、まぁ、確かに間違っていないのかもしれないけどさ。でもさ、そこは発酵しているって言って欲しいよなぁ。発酵調味料です。


 カニなんて高級品を食べたくないなんて勿体ないよなぁ。まぁ、このカニの味はズワイガニ系みたいな上品な味ではなくワタリガニ系のくせが強い感じだけどさ。


 でも、こんなに美味しいんだぜ。


 これで米が、ご飯があれば最高なのになぁ。


 まぁ、食べる気がないなら全部俺が食べるだけさ。こんなにも美味しいのに勿体ないんだぜ。


 もしゃもしゃ。


 カニの足の半分が食べ終わる。サイズが大きいだけあって食べ応えがあるなぁ。まぁ、大きいとその分、殻を割って身を取り出すのは大変なんだけどさ。でも、今の俺の怪力ならそれも問題なし。火が通って脆くなっているのか、それとも自分の力が強いからなのか、素手でパキパキと殻を割って、身をほじくり出すことが出来る。


 もしゃもしゃ。


「しかし、その、あれ、さね」

 もしゃもしゃと食べている俺の横で眼帯の女性が何だかもじもじとしていた。


 ん?


「えーっと……」

「何事も挑戦さね。どうしてもというなら試してみるのだがね」

 眼帯の女性が、何やら勇気を振り絞っているような感じでそんなことを言っている。美味しそうに食べている俺の姿を見て気になりだしたのかな。美味しそう? いや、『そう』ではなく、実際に美味しいんだけどさ。


「えーっと、どうぞ」

 俺は殻から取り出したカニの繊維の一つを眼帯の女性の前に突き出す。眼帯の女性は怯えたような様子で一歩下がりながらも、何とか踏みとどまり、そのカニの身を見ている。


「や、やるのさね」

 そして、残っている方の目を閉じ、カニの身に食らいついた。


 しばらく口の中に入れた状態で我慢するように耐えている。そして、ゆっくりと咀嚼しはじめ、飲み込む。


 その眼帯の女性がパッと目を開ける。


 そして、無言でカニの足に取り付く。

「殻を壊して欲しいのだがね」

 何故か眼帯の女性がそんなことを催促している。


 ん?


 んー。


 足の殻を壊し身を取り出しやすいようにしてあげる。


 眼帯の女性はそのカニの身をもぐもぐと食べている。恐ろしい勢いだ。


 そして次は引き出したカニの身を魚醤に浸けていた。それも食べる。そのままの状態と魚醤に浸けた状態を交互に繰り返しながら夢中でカニを食べている。

「次さね」

 眼帯の女性が次の足の殻を壊せと催促してくる。


「あ、えーっと、はい」

 バキッとな。俺はカニの足の殻を壊す。


 眼帯の女性は夢中になってカニを食べている。先ほどまでの嫌がっていた様子が嘘のような勢いだ。


 カニを食べると無言になるって言うよねー。


 俺が引くほどの勢いで食べているなぁ。


 カニの足の殻と体部分も砕き、中の身を取り出しやすいようにしてあげる。


 眼帯の女性は夢中でカニを食べている。


 ……。


 俺の分がなくなりそうだよ。まぁ、仕方ないか。俺はカニのミソの部分を食べるとしよう。カニの初心者にミソ部分は抵抗があるだろうからな。親ガニなら子もあったんだろうけどなぁ。まぁ、そこまで期待するのは贅沢か。


 にしても、やっぱりカニは美味しいな。カニが手に入ったのは運が良かったよ。やはり、海だな。海、最高だ。


「ふう、満足さね」

 眼帯の女性が座り込み、幸せそうな顔でお腹をさすっている。そりゃあ、カニの身の半分以上を食べたんだから満足だろうさ。


「しかし、これほど虫と腐った液体が美味しいとは思わなかったのさね。腐った液体も味に飽きた頃にちょうど良かったのさね」

「あ、えーっと、これは虫ではなくカニです。そして、腐った液体ではなく、魚醤です。れっきとした調味料です」

 ここは訂正しておく。美味しいのはカニだからだと思います。まぁ、もしかすると虫もカニと同じくらい美味しいのかもしれないけどさ。でも、俺だって虫を食べるのは嫌だからな。試したくない。


「しかし、お前は変わっているのさね。里の者から今代の帝だということは聞いたのだがね。その割にはあれらを配下にしようと動いている様子も無い、私の元に通い詰めているのに武具を要求することもない、求めるのは料理の道具や良く分からない小道具ばかりと来ているのだからね」

 眼帯の女性が俺を見ている。


 魔人族を配下に、か。まぁ、そりゃあ、出来れば仲良くしたいとは思うさ。でも、それだけだからな。配下にしようとは思わないなぁ。


「あ、えーっと、仲良く出来ればそれが良いですけど、別に配下や武具が欲しい訳でもないので、間に合ってます」

 そうなんだよな。


 武器は草紋の槍がある。物足りない気もするが、大切な俺の相棒だ。欲しいもの、か。まぁ、まともで文化的な服とか靴は欲しいけどさ。でも、まず必要なものって、ここから生活を改善するための道具じゃあないか。


 となると一番は調理道具だよなぁ。


 というワケなのですよ。

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