029 お肉

 並んでいる部屋を見る。


 部屋数は八……くらいか? あまり多くない。まぁ、宿はここだけじゃないだろうから、こんなものなのだろう。


 えーっと、近くの部屋から順番にノックして声をかけてみるか?


 うーん。それって大丈夫なのか? 大丈夫なのか? 怒られないか? よく考えてみろ。俺だったら嫌だぞ。ホテルに泊まっていたら、見知らぬ子どもがやって来て、眠っていたところを起こされる。考えただけでも駄目なことだと分かる。


 じゃあ、どうする?


 そんなこと、しったこっちゃねぇって行動するか?


 いや、違う。何かあるはずだ。俺が知らないだけで何か部屋の中の人に伝える方法があるんじゃあないか?


 ……。


 まぁ、アレだ。考えても分からない。予想なんて出来るかよ。まぁ、良いさ。


 と、そこで部屋の一つが――その扉が動いた。


 ……中から誰かが出てくる?


 その誰かを待つ。


 ……。


 部屋から現れたのは……普通の犬頭だった。リンゴではない。犬頭の旅人だろうか。この部屋ではなかったようだ。違ったか。まぁ、そう上手くいく訳が無いよな。

 部屋から現れた犬頭は、嫌なものでも見たかのような視線をこちらに送ると、そのまま階下へと降りていった。


 何だ、その目はよぉ。アレか、俺の格好が悪いのか? そりゃまぁ、安っぽい貫頭衣姿の子どもなんて貧民街に居そうだもんな。嫌なものを見たって気分になるかもしれんな。しれんよなぁ。あー、くそ、服装とか、もっとしっかりすべきか? でもさ、まぁ、お金だよなぁ。全てお金が無いのが悪いッ! 貧乏が憎いッ!


 その場でもう少しだけ待ってみる。


 すると、別の扉が開いた。そして、そこから出てきたのは背の低いおっさんだった。おっさんを縦に潰したようなおっさんだ。

 おっさんだなぁ。


 ……。


 そうだ。このおっさんに聞いてみるか? さっきの犬頭の旅人には話しかけなかったが、同じ宿泊者のこのおっさんに聞いてみればリンゴのことを知っているかもしれない。それか、部屋の中の人に声をかける方法だな。


「えーっと、あのー」

 俺が話しかけると潰れたおっさんは一瞬だけこちらを見た。そして、まるで俺の存在なんて無かったかのように無視して通り過ぎていく。


 へ?


「あのー……」

 潰れたおっさんに俺の言葉は届かない。

 そのまま短い足で器用に階段を降りていく。


 ……。


 俺は小さくため息を吐き出し、座る。扉が並んでいる廊下に座り込む。


 どうしたものか。一度、下に降りて、ここの人に確認するか? いや、でも……うーむ。ここの人が上を指差したくらいだから、居るのは間違いないはずだ。出かけているってことは無いだろう。


 ……待つか?


 だけど、リンゴが今日一日まったく外出しなかったらどうする? そこまで待つのか? ここの宿泊客でもない俺が? その前に店の人に追い出されそうだ。


 仕方ない。帰るか。リンゴには世話になったから組合員になった報告だけでもしようかと思ったが、絶対にそうしないと駄目だって話じゃない。また何処かで会う機会だってあるだろう。お互い生きていれば、さ。

 そうだな。そうしよう。


 青銅の短槍を持ち、よっこいしょっと立ち上がる。


 しゃーなし、だ。


 階段を降りる。降りていく。


 と、その途中で奥の部屋の扉が開いた。


 ……そして、そこから現れたのは見覚えのある全身鎧だ。


 リンゴだ。


 こんな、町中でも兜まで身につけた全身完全武装なのはリンゴしかいない。蒸れて大変じゃあなかろうかと心配になる完全武装だ。


 階段の途中で止まり、リンゴの方を見る。向こうもこちらに気付いたようだ。


「タマちゃんなのだ」

 兜越しのくぐもった声でも分かるくらいに、とてものんびりとした声だ。

「はい、そうです」

 リンゴがこちらにやってくるのを待つ。


「今日はどうしたのだ?」

 どうした、か。


 俺は首筋からギルド証を引っ張り出し、リンゴに見せる。見せつける。

「驚いたのだ」

 リンゴは驚いている。声の調子から、本当に驚いていることが分かる。

「はい。それで、その報告を、と思ってきたのです。ですが、どの部屋にリンゴが居るのか分からなくて、一度、帰ろうかと思っていたところでした」

 リンゴが兜を傾げる。

「ここの店主にはタマちゃんらしき人が来たら教えてあげて欲しいと伝えていたのだがな」

「えーっと、はい。上に居るということは教えて貰ったのですが、どの部屋かまでは……」


 ……。


 沈黙。


 そして、リンゴが手を叩く。

「店主は私がどの部屋に泊まっているか伝えていると思ったのだろう。だから、不在かどうかだけ伝えれば良いと思ったのだろうな」

 リンゴが頭を下げる。

「すまないのだ。こちらの落ち度なのだ。店主への説明が不足していたのだ」


 なるほど。そういうことか。

 納得したような、何だか釈然としないような。店主はもう少しこちらに親切でも良いと思うのだが――まぁ、もっと踏み込んで聞かなかった俺のミス、か。


 まぁ、いいさ。偶然だが、こうしてリンゴにも会えた。伝えることも出来た。


「タマちゃん、もう朝ご飯は食べたのだろうか?」

 リンゴが聞いてくる。

「はい。自分は食べました。リンゴは?」

「うむ。私もすでに食べたのだ。ちょうど良かったのだ。もし、タマちゃんさえ良ければ、一緒に狩りに行くのだ」

「狩り……ですか?」

 リンゴと一緒に?


「うむ。タマちゃんも私と同じギルドの一員になったのだ。その親睦を深めるという意味で面白いと思うのだがな」

 リンゴと一緒の狩りかぁ。どうなんだろうな。


 未だにこのリンゴという人物の実力が分からないんだよなぁ。足手まといになるようなら、一人の方が良いしさ。いや、でも、このリンゴさん、鉄のギルド証だったよな? ランクの順番は銅、青銅、鉄だったよな? 加入したばかりの銅である俺よりも二つ上だ。それくらいの実力はあるってことだよな?


 うーん。


 でも、そんな人が草狼に苦戦? うーん。昇級条件が良く分からないからなぁ。場合によっては実力が伴っていなくても上がれる可能性だってあるしさ。そういえば、王都で学べば最初から鉄でスタートするんだったか?


 うーむ。


「ここの北の森にフォレストボアという魔獣が出るのだがな。その肉は美味しいらしいのだ。売っても良いお金になると思うのだがな」

「行きましょう」

 それは是非行くべきだ。


 もう、そういう美味しい情報はすぐに教えて欲しいものだ。森、というのが少し不安だが、今はお金が欲しい。そして、美味しいものが食べたい。


 これは悪くないかもしれない。


「うむ。では、少し待つのだ。部屋から荷物を取ってくるのだ」

「えーっと、それは、結構、遠いということですか?」

「それほどでもないのだ。今からなら昼前には辿り着けるのだ」

 本当に、この町の近所にある森のようだ。


 そんな近くにある森で高く売れる魔獣が居るのだろうか。何だかがっかりな結果に終わりそうな気がしてきた。


 ま、まぁ、別に何か予定がある訳じゃ無い。行ってみるのも悪くないだろう。

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