018 服飾
リンゴの案内で表通りの方へと向かう。先ほど買ったばかりの青銅の短槍を杖代わりに歩く。相変わらず尻尾の動きにあわせて体はフラフラと揺れてしまうが、それでも随分と歩きやすくなった。
まぁ、本来の使い方とは違うが、これも槍を選んで良かったことの一つだな。
「それで、タマちゃん、向かうのは服飾店で良かったのだな? 身を守る防具を売っている場所もあるのだがな」
でも、お高いんでしょう?
そうだ。今はお金がない。手持ちは辺境銀貨一枚と辺境銅貨一枚だけだ。それに、だ。槍を選んだ理由の一つに敵を近寄らせないように戦うことが出来るというのがある。敵を――魔獣を近寄らせないなら、身を守るものは必要無い。
大通りに出る。大通りにはちらほらと人の姿が見えた。いくら寂れた町といっても大通りくらいは繁盛しているようだ。
「タマちゃん、あまりキョロキョロしないのだ」
リンゴに注意される。そういえば、この町に入った時も同じことでリンゴに注意された気がする。
いやぁ、だってさ、見るもの全てが新鮮だからな。獣人も、露店で売っている良く分からない果物などの食べ物も――見ているだけで楽しい。
そして大通りにある服飾店に辿り着く。
既成品の服よりも反物の方が多いようだ。店の中には折りたたまれた布や丸まった布が並んでいる。反物が多いのは、ある程度融通が利く武器と違って、服は体に合わせる必要があるからなのかもしれない。
店の奥から店主らしき猫人が現れる。襟の高いちょっとおしゃれな服を着た三毛猫だ。その三毛猫が良く分からない言葉を喋り、ため息を吐き出している。
辺境語か? 何を言っているんだろう。良く分からない。
「えーっと、安い服をください。ポンチョのような、あー、ポンチョって分かるかな。貫頭衣の方が通じるのかな。えーっと、布に頭をすっぽりと出す穴が開いていて……」
「……な、何を言っている、お前は!」
ちょっとおしゃれな三毛猫が驚きの声を上げている。あ、分かる言葉だ。こちらの言葉を聞いて共通語に変えてくれたのかな。意外と親切だな。
んで、だ。何って聞かれてもなぁって感じだよな。
「客です。商品を買いに来ました。出来れば辺境銅貨で買えるくらいが良いです」
「何を……」
「見繕って欲しいのだ」
リンゴさんがフォローしてくれる。
おしゃれな三毛猫が肩を竦める。
「買ったらすぐに出って行ってほしいものですな」
何だかとても感じが悪い猫だ。
だが、猫人は、そんなことを言いながらも服を用意してくれた。
それは布だった。見るからにざらざらした、草の繊維を編んだような布。それに穴が開いているだけだ。
「辺境銅貨三枚ですよ。帯代わりの麻紐もおつけしますよ」
おしゃれな三毛猫は、今にもため息を吐き出しそうな感じだ。商売をするような態度じゃないなぁ。
……。
まぁ、よく考えれば、だが、血がこびりついて真っ赤になったボロ布を体に巻いて槍を持ったガリガリのちびっ子が店にやって来たら、こういう態度にもなるか。うん、まぁ、売ってくれるだけマシ、か。
俺は袋から最後の辺境銀貨を取り出し、目の前のおしゃれな三毛猫に渡す。
……。
だが、おしゃれな三毛猫は商品を渡してくれない。
ん?
俺が渡した辺境銀貨を眺めている。
うん?
そのまま辺境銀貨を持って店の奥へと歩いて行く。
んんん?
俺はおしゃれな三毛猫店員の後を追いかける。店の奥にはカウンターがあり、その上に秤のようなものが置かれていた。左右にお皿がバランス良くぶら下がっている。って、いや、これ、ようなではなく、秤なのか。
おしゃれな三毛猫は秤の片方に俺が渡した辺境銀貨を乗せる。そして、もう片方に重りを乗せていた。
「ふむぅ。まぁ、良いでしょう」
そう言っておしゃれな三毛猫は俺に辺境銅貨七枚を手渡してきた。
……おつり、だよな。銀貨が偽物じゃないか確認したのか。
うーん。まぁ、いいか。
俺はおしゃれな三毛猫から布と紐を受け取るとその場で着替えた。着替えたと言ってもボロ布の上から穴開きの布をかぶり、紐で結んだだけだ。
うーん、古代人の装いだ。青銅の槍に貫頭衣って、ホント、アレだよなぁ。まぁいい。お金が出来れば買っていけば良いんだ。装備を充実させるのは後だ、後。ゆっくりと、だ。
「それでタマちゃん、次はどうするのだ? そろそろ宿泊先を探さないと不味いと思うのだがな」
「えーっと、旅とかをするための道具が売っているところってありませんか? 残り辺境銅貨八枚しかないですけど、色々と欲しいものがあります」
「う、うーむ、分かったのだ。タマちゃん、本当に大丈夫なのだな?」
リンゴは俺がお金を使い過ぎていないか気になっているようだ。
お金はもう殆ど残っていないが……えーっと、まぁ、多分、大丈夫だ。
リンゴの案内で色々な商品が並んだ露店のある広場へ。
「ここには色々なものを扱っている露店があるのだ」
露店広場という感じなのだろうか。確かに色々な店が並んでいる。食品から道具類……本当に様々だ。
俺はそこで火打ち石と一メートルほどの丈夫そうな紐、水筒を買う。しめて辺境銅貨八枚だ。俺の全財産がこれで消えた。
あー、うん。ぴったり使い切った俺の買い物上手さがたまらねぇぜ。
「タマちゃん?」
リンゴがこちらを見ている。
あー、うん。言いたいことは分かるさ。宿泊するためのお金が無くなったからな。まぁ、でも、これは仕方ない。
「このままちょっと狩りに行ってきます」
青銅の短槍を試すんだぜー。
「タマちゃん、そろそろ陽が落ちるのだ。町の外は危険なのだ」
空を見る。確かに陽が落ちようとしている。買い物をするために歩き回っていたら、いつの間にかそんな時間になっていたようだ。
だがッ!
好都合だ。夜になれば危険になる。つまりは、それだけ沢山の魔獣を狩ることが出来るってワケだ。
好都合だッ!
「大丈夫です。任せてください」
「大丈夫と言って大丈夫だった人を知らないのだ。手助けを……」
俺はリンゴの言葉に待ったをかける。多分、手助けするために着いてきてくれるつもりなのだろう。
だが、不要だ。
草狼の集団に襲われて逃げていたようなリンゴでは逆に足手まといになる可能性がある。
それに、だ。俺だってもう一度死にたい訳じゃない。無理はしないさ。
だから危険なことはしない。大丈夫だ。
「危なくなったら逃げます。だから、大丈夫です」
「うーむ。分かったのだ。私は大通りにある銀猫亭に宿を取っているのだ。何か困ったらすぐに来るのだ」
「分かりました。ありがとうございます」
買い物に付き合ってくれたリンゴにお礼を言う。
本当に助かった。リンゴと出会えたから町に辿り着くことが出来た。買い物も出来た。
ありがとう。
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