たまもたん
泉 七々美
序章
001 ここからは、はじまらない
俺の趣味は旅行とゲームだ。
今日は、これから飛行機に乗って県外へと旅行に行く予定なのだが、予定の時刻には、まだ随分と余裕がある。
こういう時は……ゲームだ。夢中になりすぎて、飛行機に乗り遅れてしまったら洒落にならない――それでも、少しでも空いた時間があるとゲームをやってしまう。悪い癖だ。
準備した手荷物をそのままにゲームを起動する。
ログインして、と……。
テレビ画面に映し出されるのは、愛用している騎士鎧に身を包んだ自分のキャラクターだ。大きな騎士盾と、騎士の格好には不釣り合いな蛮族が持っていそうな斧を持っている。
このゲームは若干のアクション要素を持った成長重視のオンラインゲームだ。ただ、オンラインと言ってもマッシヴリーが付かない方の共闘や対戦がある程度の簡単なオンライン要素しかないゲームになっている。
オフラインでは普通にストーリーを追いかけるアクションロールプレイングゲームとして楽しめ、オンラインにすれば、他の人との共闘や対戦が楽しめる、そんなゲームだ。
そして、自分が遊ぶのはもちろんオンライン。
しばらくの間、落下すると一撃で殺されてしまうような――そんな高難易度エリアを探索していると、画面に警告が表示された。誰かが自分の世界に攻め込んできたようだ。
これが、このゲームでのオンラインでの対戦。冒険での探索エリアがそのまま対戦のフィールドになるのだ。
よし、返り討ちにしてやろう。
やって来たのは重装鎧に身を包み直剣を持ったキャラクターだ。ヤツはこちらの姿を見て、すぐに、馬鹿にしたような煽るジェスチャーを繰り出してきた。馬鹿にして、か。それもそうだろう。自分の格好は軽ければ軽いほど有利になるこのゲームで重めの騎士鎧、それに武器は不人気の蛮族斧だ。相手からすれば、馬鹿なプレイヤー扱いだろう。でも、自分はこの格好が好きだからな。それに、だ。それなら、相手も重装鎧を着けている馬鹿野郎じゃないか。相手の体力バーを見ればかなり少なめだ。少ない体力を重装鎧の防御力でカバーしているのだろう。うん、馬鹿だ。
馬鹿同士、楽しい対戦にしようぜ。
さあ、楽しい戦闘の始まりだ。
距離をとり、相手の行動を見極める。
……。
……ん?
相手はぶんぶんと直剣を振り回していた。こちらを追いかけ、考え無しに直剣を振り回している。
……カモだ。
このゲームにはパリィという要素がある。それは相手の攻撃に合わせて、タイミング良く攻撃を弾くことで反撃に必殺の一撃を繰り出すことが出来る――相手の攻撃を無効化してこちらを有利にする要素だ。
そして、このように何も考えずに攻撃してくるような相手は……カモだ。
相手の振り回しに合わせて騎士盾で攻撃を弾く。パリィの受付時間は非常に短い。特に一瞬の猶予の間に決めるジャストパリィはオンライン通信によるラグのある状況で決めるのは不可能に近かった。
近い、近いが、可能だ。そして、俺は、それが得意だった。
ジャストパリィで相手の攻撃を弾き、崩した体勢に蛮族斧を決める。蛮族斧が相手の体を貫き吹き飛ばす。
ジャストパリィの後にだけ繰り出せる必殺の一撃だ。通常の反撃の一撃よりも倍近い威力が発生する。一瞬にして相手の体力バーが減っていく。
やはり、この瞬間が一番楽しい。これで相手は死ぬはずだ。短い対戦で終わってしまった。
後は対戦相手が消えて終わりだ。
……。
……。
……ん?
……終わらない!?
相手が消えない。
相手は生きていた!
「反撃の一撃が完全にはいったのに!」
思わずゲームの向こうの相手に向けて叫んでしまう。相手の体力バーは少なかった。いくら重装鎧を装備していても生き残れないはずだ。
いや、落ち着け、落ち着け。もしかしてラグで、ジャストパリィ判定になっていなかったか? こちらではジャストパリィが決まったように見えても、向こうでは違っていたのかもしれない。こういったズレもネットによるオンライン対戦ならでは、だ。
……よく見れば相手の体力がミリで残っている。ギリギリで生き残ったようだ。
ラグ、か。運の良い奴だ。
相手が武器を構える。直剣を振り回すのは止めたようだ。
構えた、か。
……その構えは分かる。相手はパリィ不可攻撃を繰り出すつもりのようだ。隙は大きいがパリィすることが出来ない攻撃。こちらのパリィを警戒してのパリィ不可攻撃なのだろう。
だが、ほぼ全ての武器種と、そのモーションを把握している俺には通用しないぜ。
相手のパリィ不可攻撃のタイミングを見計らい、反撃できるようにバックステップで躱す。回避した。しかし、俺は、その攻撃を食らってしまう。体力がみるみる減っていく。
回避したはずだ!
どういうことだ? モーションは全て把握している。攻撃を受ける距離、タイミングじゃなかったはずだ。
と、そこで気付いた。
ミリで体力が残るなんてあり得ない。そうだ。そんなことが都合良く起こる訳がない。
チート、か。
この相手プレイヤーは『ずる』を、不正を行っている。行っているのは不死チートと攻撃距離延長チートだろうか。それ以外にも色々と行っているのかもしれない。
「運営もチーターを野放しにするなよ。バンしろよ、BANを!」
とりあえず逃げる。その後をチート野郎が追いかけてくる。
そして、俺は途中で逃げるのを止めた。チート野郎が煽りジェスチャーを行いながら歩いてくる。諦めて逃げるのを止めたと思っただろうか。
チート野郎が、直剣を振り回す。完全になめられている。
なめられているよなぁ!
俺はチート野郎の攻撃をジャストパリィで跳ね返す。俺は、パリィが得意なんだよっ!
そして、そのまま攻撃はせず、前へと転がり、チート野郎の背後を取る。そして、そのまま蹴り飛ばした。
ジャストパリィによって体勢を崩していたチート野郎は、背中から蹴られ、押し出される。そして、押し出した、その先は、崖だった。
そう、崖だ。
チート野郎が崖下へと落ちていく。どんなに体力が最後まで減らないチートを使っていようが即死には逆らえないだろう。死に晒せ、チート野郎。
と、そこでゲームがタイトル画面に戻った。
って、へ、えぇ!?
回線が切断された?
はぁ、何だよ、何だよ! せっかくチート野郎を倒したと思ったのに、そのタイミングで落ちるなんて最悪じゃないか!
まだ飛行機が到着する時間には余裕がある。しかし、これ以上、ゲームを続ける気分にはなれなかった。
チート野郎のせいで最悪の気分だ。
飛行場で飛行機の到着を待とう。これ以上、遊び続けるとずるずるとゲームを続けてしまいそうだ。
うん、さすがに乗り遅れてチケットを無駄にするようなことは出来ない。
……はぁ、気持ちを切り替えよう。
俺は用意していた荷物を持ち、飛行場へと向かった。気持ちを切り替えて旅行を楽しもう。旅はいい。心が安らぐ。最高だ。
……。
しかし、そんな俺の気持ちの切り替えもぶち壊されることになった。
飛行場に着き、俺が乗った飛行機の座席の殆どに学生が座っていた。中学か高校か分からないが、そいつらが飛行機の中で大騒ぎして暴れている。何処かの学校の修学旅行に当たってしまったようだ。学校で使うなら、貸し切れよ、と思うのだが、バスなどと違い飛行機を貸し切るのは難しかったのだろう。
何で、こんなタイミングで……。
航空会社も一般人と学生を混ぜるなよと愚痴りたい。騒がしくて、うるさくて、落ち着かない。なんで、教師は注意をしないんだ、誰か注意をしないのか……ああ、どうしよう。
暴れ回る学生たちを教師と添乗員が何とか座らせ、やっと飛行機が動き出す。
今日はついていないことばかりだ。
と、その時だった。
飛び立った飛行機が激しく揺れた。
何だ? 揺れ、揺れ、揺れが激しすぎる!
周囲の混乱の中、俺の視界の中に光が生まれた。
何が、何が起きている!?
そして、俺たちは、そのまま激しい光に包まれた。
何が、何が起こった!?
まさか、飛行機が……。
目の前が光に包まれ、何も見えない。墜落……その最悪を予想し、恐怖が襲ってくる。
「助けてくれ!」
俺は誰かに助けを求めて手を伸ばす。そして、その手がむなしく空を掴んだ。
え? 空を掴む?
と、そこで自分が飛行機の座席に座っていないことに気付いた。
謎の光の眩しさにやられ、閉じていた目をゆっくりと開けていく。
目を開けた、そこに広がっていたのは見知らぬ草原だった。
「何処だ、ここ?」
今日の俺は本当についていないようだ。
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