5
初恋の残り香
「同窓会、か……」
ポツリと呟くと、関くんが隣から私の手の中のハガキを覗き込んできた。
「へー、高校?」
「うん……」
私はそのハガキをテーブルに置き、そしてペンを取り出すと『欠席』に丸をした。
「え、行かないの?」
「うん、行っても誰も私のこと覚えてないだろうしね」
そしてハガキをよく見もせずにテーブルに置いた。明日出そう。
「さ、ご飯作ろ。ちょっと待っててね」
「うん」
キッチンから関くんを見ると、関くんはゆったりとソファーに座ってテレビを見ていた。関くんに料理のお手伝いをお願いすると、とんでもない大惨事が起こるから基本的に料理は私の仕事。でも洗い物や片付けは関くんがやってくれる。料理を作っている時に彼氏が座って待っているというのも、なかなか乙な光景ですなぁ……。
一人ニヤニヤしていると、関くんが不意に振り返った。慌てて顔を引き締める。関くんはふっと笑った。
「何かいやらしいこと考えてたでしょ」
「っ、まさか!」
何故わかる!!いや、いやらしいことじゃないけどさ。関くんは意地悪に口角を上げてこっちに来る。包丁をちゃんと置く辺り、関くんを受け入れる気満々である。関くんは私をぎゅーっと抱き締めて、頭を撫でた。
「……何かいいよね。こうやって二人でゆっくりするの」
「うん」
最近関くんが忙しかったり旅行に行ったりしていたから、確かに二人で家でゆっくりするのは久しぶりかもしれない。このまま何もなく穏やかに過ごせたらいいのになー……と思うけれど、もちろんそんなわけなくて。
同窓会の日。欠席と出したはずなのに私は何故かみやちゃんに引きずられて同窓会の会場に向かっていた。
「わ、私行かないってば!」
「え?出席になってるって相良さんが言ってたよ?」
相良さん。いつもクラスの中心にいた女子だ。彼女が私を覚えているとは思えないし、そもそも私は欠席でハガキを出したのに。
「ねぇ、七瀬がいないと楽しくないの。ね?」
みやちゃんにそう言われてしまうと断れないほどにはみやちゃんのことが好きです……。憂鬱な気分のまま、私はみやちゃんに引きずられるがままになっていた。
同窓会の会場は既に人で埋め尽くされていた。と言っても、一クラスだけの同窓会だから居酒屋の個室を貸し切った、そんなに本格的なものではないけれど。
入口のところには相良さんがいて、みやちゃんに「あー!みやび久しぶりー」と抱き付く。でも私を見て「えっと……」と固まった。ですよね、覚えてないよね。
「辻七瀬です」
と言うと、ようやく「ああ!」と言った。名前だけは何となく覚えられていたのかもしれない。相良さんだけでなく、他の元クラスメートも同じような反応だった。ま、仕方ないよね。私地味だし。
みやちゃんは挨拶で忙しそうだったから、私は一人空いているところに座った。会費分は食べて飲まないと勿体ないよね。関くんにもちゃんと連絡したし、今日は思う存分飲もう。そう思ってメニューを開いた時。
「飲み放題のメニューはこっち」
と、目の前に違うメニューが差し出された。ありがとう、と笑顔を作ってその人を見れば。
「……!」
「七瀬ちゃん、この間ぶり」
そ、そうだ高校の同窓会と言えばこの人もいるのを忘れていた……!根岸裕之。私の初恋の人であり、この前私を騙していた人だ。
「わ、私忙しいので……」
「隣座っていいよね?」
「え、いや、あの、」
私のことなど気にもせず根岸くんは隣に座ってしまった。
「うっ、ここ、友達来るから」
「岩田さんしばらく来ないでしょ」
チラッと部屋の中心に目を向けた根岸くんの視線の先を辿れば、確かにみんなに囲まれているみやちゃんが。そして根岸くんは冷たい目で私を見据えた。
「岩田さん以外に友達いないでしょ」
う、うるさいなー、確かにいないけど!!それにしても根岸くん、爽やかなイメージが一転、どす黒いお腹をお持ちなんだな。引く私に気付いているのかいないのか、それとも気にするつもりもないのか、根岸くんは私の手からメニューを奪った。
「俺生ビール。七瀬ちゃんは?」
「え、わ、私も生ビール」
「こっち二人生ビールね!」
メニューを聞いている幹事さんにそう言って、根岸くんはふっと一つ息を吐く。そして私を見た。その根岸くん越しに、どうして私たちが二人がいるのか、ていうか根岸くんの隣にいる女誰?と噂をしているだろう元クラスメート達の怪訝そうな顔が。気まずくて目を逸らせば、根岸くんが顔を覗き込んできた。
「彼氏元気?えっと確か、関くんだっけ?」
「……」
「え、まさか別れた?」
「っ、別れてない!」
根岸くんの口角が意地悪に上がる。思わず眉をひそめて構えた私を見て、根岸くんは声を上げて笑った。
「真里も彼氏できたしさー、障害はないって感じ?でも彼氏モテそうだもんねー、七瀬ちゃんと違って」
「う、うるさいな!」
「七瀬ちゃん好きになるなんて相当物好きって感じ?」
この人は私の隣に何をしに来たんだろう……。始まって一時間も経っていない同窓会に既に疲れ果てている。早く帰って関くんに会いたい……
「早く帰って関くんに会いたいって思ってるんでしょ」
「……!」
この人は透視ができるのか……?!慌てて距離を取れば、ニヤニヤと笑いながら根岸くんが距離を詰めてきた。
「……七瀬ちゃんてさ、間近で見てもやっぱり地味だね」
「っ、地味ですけど何か!ていうか離れて!」
「……やだ。ねぇ、何のために面倒臭い出席管理なんてやったと思ってるの?どうせ欠席するだろう七瀬ちゃんを無理やり出席にするためだよ」
出席にしたの根岸くんだったんだ……!精一杯の怖い顔で睨んでも、根岸くんは表情を変えなかった。それどころか意地悪な笑みを更に深くしていく。何、何なのこの人……!
「そうでもしないと、もう会えないと思ったから」
「え?」
「俺、面食いだったはずなんだけど。物好きになっちゃったみたい」
「……え」
「関くんと別れてよ。他の男があんたに触れんの、気分悪い」
「……!」
とんでもない大事件が起きました。
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