関くんの家族

「うわー!空気美味しい!山が近い!関くん見て!あそこに犬がいるよ!」

「……そうだね」

「……あ」


 電車を降りた瞬間、テンションが上がってしまった私を見て関くんがクスクス笑う。前にもこんなことあったな。そう、それは確か関くんと出会った日にラブホテルで……て、何思い出してんの私は!

 一人百面相をしていたら、不意に関くんが私に手を差し出す。優しい笑顔が嬉しくて。私はその手に手を重ねた。


『仲直りした君たちにこれをあげよう』


 そう言って檜山さんが差し出したのは、ある温泉宿のチケットだった。何でも福引で見事引き当てたものの、ペアチケットだったので一緒に行く相手がいなくて困っていたらしい。そんな時に関くんのお母様の話や私と少しすれ違っていることを聞き、私たちにあげようと思ったのだと。

 しかもその温泉宿。あるのが関くんの地元だったのだ。

 関くんの地元は有名な温泉地で、景色はのどかだけれど観光客向けのお店も多く人も多い。遠慮する私たちに『お母さんにも会いたいでしょ?』と檜山さんは言ってくれて。確かに心配だろうなぁと思い、ありがたくチケットをいただくことにした。

 今日は早速実家にお邪魔することになっていて、嬉しいけれど緊張する。確かお父様は亡くなってるって関くんが言ってたからお家にいらっしゃるのはお母様と弟さん。関くんのご家族だからいい人だとは思うけど……気に入ってもらえなかったらどうしよう……!


「私、コンタクトにしてきてよかったかな?メガネのほうがいい?」

「え?」

「メガネのほうが真面目な感じがしていいかな、でもメガネだと地味だし……ああ、でもそれはコンタクトでも一緒……」

「七瀬さん。大丈夫だよ」

「え……」

「七瀬さんはそのままでいてくれたらいいよ」

「関くん……」


 関くんが優しく笑ってくれたら、安心する。私もようやく笑えて、楽しくお土産屋さんを回ったのだった。



「ここ」


 関くんがそう言ったのは、大きなお家だった。ひいいい厳しいお家だったらどうしよう、うちの親みたいな感じだったらどうしよううう


「父親が生きてる時、小さい旅館やってたんだ」

「そう、なんだ……」


 そういえば、昔。子どもの頃にこの辺に来たことがある。おじいちゃんとおばあちゃんと、二週間ほど。確か小学校の夏休みだ。昔のことだからよく覚えていないけれど、一つだけ覚えている。


「うさぎちゃん……」

「え?」

「いや、あのね、実は……」

「あ、兄ちゃんだ」


 門の前で立っていた私たちに、そんな声がかかる。振り向けば自転車に乗った男の子がいて。


「あ、英佑。これ、俺の弟」


 弟……!似てる……!


「は、はじめまして!航佑さんとお付き合いさせていただいている辻七瀬と申します!本日はお日柄もよく……」

「七瀬さん、落ち着いて」

「え゛」

「ははっ、はじめまして。弟の英佑です。どうぞ」


 そう言って門の中に誘導してくれた。い、いい子だ……。関くんの弟さんは顔は関くんに似ていて、関くんをもっともっと爽やかにした感じだった。関くんも爽やかだけど、目元は涼しげ。弟さんは目元が優しかった。


「どこ行ってたの?」

「んー、ちょっとね。母さーん、兄ちゃん帰ってきたよー」


 庭を抜けて家のドアを開けると、弟さんはそう言った。すると奥の方から走ってくる足音が聞こえて、お母様が現れた。美人……!


「ははははじめまして!辻七瀬と申します!本日は」

「お日柄もよく、でしょ?兄ちゃん、七瀬ちゃん可愛いね」

「ひっ……!」


 ちゃん付けで呼ばれた……!弟さんは関くんとは違って少し、女の子に優しいのかな……?


「……勝手に名前で呼ぶな」

「あ、妬いてるー」

「うるせぇ。ただいま、母さん」

「おかえり!はじめまして、航佑の母です。来てくれてありがとう」

「……!」


 ううう嬉しい……!関くんのお母様が優しく笑いかけてくれた。それだけで感無量だ。


「ごめん、何ちゃんだったっけ?」

「あ、辻七瀬です。よろしくお願いします!」

「え……七瀬ちゃん……?」


 目を見開くお母様に首を傾げる。七瀬……ですけど……え?


「……母さん、早く入ろう」

「えっ、あ、そうね、うん!どうぞ上がって!」


 関くんの言葉にお母様は微笑む。私もそれ以上気にしなかった。

 関くんのお家は純日本家屋という感じだった。障子があって襖があって、縁側があって。素敵だなぁと思いながら居間に通された。


「お茶淹れてくるね」

「俺やるよ」

「そう?ありがとう」


 自然とお母様を気遣う関くんを素敵だなぁと思いながら、私も手伝おうと立ち上がる。でもお母様が向かいに座って話しかけてくれたから、座り直した。


「あの、これ、入院されていたと聞いたので……」

「あら素敵!ありがとう」


 関くんに聞いた、お母様が好きだというピンクの薔薇のフラワーアレンジメント。お母様はまるで少女のように目を輝かせてそれを受け取ってくれた。


「お父さんがね、これを渡してプロポーズしてくれたの。それから大好きで。素敵でしょ?」

「はい、とても……」


 お母様は今でもお父様のことが大好きなんだろうな。


「はい。あれ?英佑は?」

「英ちゃん?多分部屋じゃない?」


 関くんがお茶を持ってきてくれた時、ちょうど弟さんも居間に入ってきた。私はもう一つ持ってきていたお菓子も渡して。それを一つ持って、関くんは仏壇に向かう。だから私もついていった。


「父さん、ただいま」

「お邪魔してます」


 遺影のお父様はとても優しそうな人だった。関くんたちは多分、お母様に似ている。顔はあまり似ていなくても、親子だと分かって。


「……嬉しい」

「ん?」

「関くんのご家族に会えて、私、嬉しい」


 何だか泣きそうになった。関くんと出会わせてくれてありがとうございます、と。心の中で何度も言った。お父様に手を合わせて居間に戻った。


「お昼ご飯作るね」

「いや!何か出前頼もう!」


 お母様の言葉に、弟さんが即座にそう言う。首を傾げていると、お母様がぷぅっと頬を膨らませた。


「何よ、酷いわね」

「……母さん、自分をいくつだと思ってんの」

「航ちゃんも酷い!」


 うわあんと泣くフリをするお母様は可愛らしくて。ニコニコしながら考えた。あんな可愛らしい女性になるにはあんな仕草を訓練すればいいのか?……あ、ダメだ。自分がやってるの想像したら吐き気がする。あんな仕草はお母様のような可愛らしい女性にしか似合わない。亜美ちゃんのような表の顔だけ可愛らしい女の子にも似合わない。


「兄ちゃんも母さんに似て料理壊滅的に下手だもんな」

「うるさい。七瀬さん、出前でいい?」

「も、もちろん!私は何でも!」


 結局お寿司の出前を頼むことに決まったらしい。家族といる時の関くんは、私といる時に見せてくれる顔とはまた違う。少し表情がなくて、クール。でもそれはきっと家族に気を許しているからで、言葉遣いも少し荒くて。色々な顔が見れるのも嬉しいと思う。少しニヤニヤしながら関くんを見ていたら目が合って。関くんはふっと口角を上げた。あ……色っぽい顔……。


「寿司来るまで俺の部屋にいる」

「うん、アルバムでも見せてあげたら?」

「七瀬さん、行こう」


 私はお二人に頭を下げて、関くんの後を追った。

 関くんの部屋は二階で、関くんが里帰りしてきた時のためにそのまま残してあるらしい。一緒に住んでいるマンションの部屋と同じように、全体的に物が少なくてスッキリしている。でも高校の制服が掛けてあって、ああ、ここで関くんが過ごして来たんだって、改めて思う。


「……七瀬さん」


 キョロキョロしていたら名前を呼ばれて、後ろから抱き締められる。首筋に関くんの柔らかい髪が当たってくすぐったい。


「……嬉しい」

「え?」

「七瀬さんが実家にいるの、不思議な感じがする。でも、嬉しい」

「うん……」


 少し腕の力を緩めて、私の体を向き直させる。そして見つめ合って、自然とキスをした。触れるだけのキスを、何度も。キスする度に思う。大好きだなって。愛しいなって。きっとこれからも、ずっとそう。


「……七瀬さんが可愛いから、俺ずっと我慢してる」

「え゛。だ、ダメだよ関くん、嬉しいけど、まだ昼だし、それにお母様たちが……」

「……分かってる。でも夜は二人だもんね。……夜は離さないから覚悟してて」


 嬉しそうに笑った関くんに真っ赤になる。また意地悪されてるのかなと思うけど。……意地悪じゃなかったら、いいな。真っ赤な顔を隠すように関くんの胸に顔を埋めた。

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