関くんの疑惑

 最近関くんの様子がおかしい。横谷さんのことで色々あった後、順調だった。……と、思う。

 あれからすぐ、研修を終えて三人はそれぞれ違う部署に行った。関くんは営業企画、横谷さんは財務、亜美ちゃんはそのまま。営業企画はうちの会社でも忙しい部署だから、関くんはいつも私より帰ってくるのが遅かった。接待で飲んでくることもあった。それでも帰ってきて私の顔を見たら微笑んでくれたし、お弁当も嬉しそうに受け取ってくれた。それに……体も……求めてくれたし……。一人で赤くなっていたら、隣の亜美ちゃんが舌打ちをした。亜美ちゃんは最近、私のことをセンパイじゃなく飲み友達とでも思っているのではないかと思う。 ビールを一口飲むと、私は口を開いた。


「最近、関くんの様子がおかしい」

「えー!!やっと飽きられたんですかー?」


 どういう意味?!何故テンションが上がってる?!亜美ちゃんの反応に口の端を引きつらせていると、前に座っているみやちゃんが心配そうに私を見てきた。ちなみに、亜美ちゃんの配属が決まった時にみやちゃんも誘ったのをきっかけに、二人も友達になった。私の唯一の友達だ。……亜美ちゃんは怪しいけど。


「どういうこと?上手くいってるんじゃないの?」

「そんな面白いネタ持ってるなら早く言ってくださいよぉ」


 ……ネタじゃないし面白さは微塵もない。亜美ちゃんは人の不幸なネタ(ただし恋愛に限る)にものすごく食い付く。


「うーん、上手くいってると思うんだけど……、帰りがすごく遅いの」

「仕事が忙しいんじゃない?」

「うん、確かに営業企画に行ってから遅かったんだけど。最近は日付変わる頃に帰ってくるんだよね」

「前はなかったの?」

「うん……」


 営業企画に行って最初の二週間は私より帰りが一時間ほど遅いだけだった。でもここ二週間は夜中になってやっと帰ってくる。


「それに、土日も夜に出掛けちゃうの。友達と約束があるって」

「浮気だー!!!」


 だから亜美ちゃん、そのテンションやめてよ。関くんに限って浮気なんて、って思うけど。でもやっぱり不安にはなる。浮気じゃなくても他に好きな人ができたんじゃないかとか……。


「ちゃんと話してる?」

「ううん、最近帰ってきても疲れてるみたいですぐ寝ちゃうんだよね……」

「え、じゃあ夜も?」

「うん、もう二週間はないかな……」


 亜美ちゃんのニヤニヤが止まらない。亜美ちゃんの言う通り、飽きられちゃったのかな。他に好きな人ができたのかな。最近はそれで悩んで眠れない夜が続いている。とうとう一人で抱えきれなくなって、二人に相談することにしたのだ。まぁ、一人は相談する相手を間違えたかもしれないって思ってるけど。


「ちゃんと理由、聞いたほうがいいんじゃない?」

「やっぱりそうだよね……。ちょっと怖いけど」


 もう私のこと好きじゃないって言われたら、どうしよう。


「関くんも男だし、センパイみたいなまな板より色っぽい大人の女がいいんじゃないですか」

「失礼な!!……いや、でもそうかも……」


 実は最近、気になる噂があるのだ。営業企画の紅一点、美人でナイスバディーな檜山さんと関くんが付き合っているという噂。いやいやいや、関くんと付き合ってるの私!そう思って気にしないようにしていたけれど、確かによく一緒にいるのを見る。多分関くんの教育係が檜山さんなんだろうなと思うけど。


「いやいや、勝手に妄想して勝手に完結させちゃダメだよ。私は関くんが浮気するような人に見えないけど」

「そんなの分かんないですよぉ。男なんて信じたら終わり」


 亜美ちゃんは過去に何があったんだろう。勇気付けてくれるみやちゃんとどんどんネガティブなことを言ってくる亜美ちゃん。逆に混乱してしまったような気がする。

 みやちゃんと亜美ちゃんと、かなり長い時間一緒にいたのに家に帰っても関くんはまだ帰っていなかった。時刻は深夜1時。今日はいつもより遅いな……。お風呂に入ってしばらくリビングのソファーに座っていたら、玄関のドアが開く音がした。


「……おかえり」

「ただいま。まだ起きてたんだ」


 私の顔を見て微笑んでくれた関くんはとても疲れているようで。少し話したいと思ったけれど、無理そうだな。


「おやすみ」


 こうやって、すれ違っていくのかな。こうやって、関くんのことが分からなくなるのかな。関くんは今、私のことをどう思っているのだろう。もし、もし本当に他に好きな人が出来たのなら、私は……


「……七瀬さん」


 部屋に戻ろうとした私の手を、関くんが引く。溢れそうになっていた涙を急いで引っ込めた。


「ど、うしたの?」

「……七瀬さん、俺、」

「私、もう眠いから寝るね」

「嫌だ」


 後ろから抱き締められる。久しぶりに感じた関くんの体温はやっぱり心地いいのに。関くんの香りが、鼻を通って涙腺を刺激する。


「七瀬さん、俺、少し疲れた」


 関くんがポツリと呟いた言葉に、私は目を見開いた。


「何か、あったの?」

「……」

「私、関くんのことなら何でも受け止めるよ?」

「……」

「一人で抱え込まないで。関くんのこと好きだから、力になりたい」


 何も言わなかった関くんが、突然私を抱き上げた。ぎゃっ、と相変わらず可愛さの欠片もない声を出してしまって慌てて口を押さえる。関くんはほんの数歩でリビングから関くんの部屋に入った。下ろされたのはベッドの上。いつも優しい関くんは、余裕がないのか少し乱暴だった。


「せ、関く、」


 起き上がろうとした私の手をベッドに縫い付けて、関くんはキスで私の動きを止めた。


「んっ……」


 ずっと、思ってた。関くんとこうして恋人同士になるまで、女の人にも性欲ってあるのかなって本気で思ってた。でも、関くんに触れてもらえると嬉しい。関くんに見つめられると、ああ、触れてほしいなって思う。こうやって関くんに求められることが、すごく嬉しくて幸せ。


「七瀬さん、好き」

「うん……」

「七瀬さんはいてくれるだけで癒しだから」

「関くん……」

「これからもずっと、俺のそばにいて」


 関くんがふっと笑う。関くんを疑ったことを恥ずかしいと思った。関くんが浮気なんてするはずないよね。私の服のボタンを外しながら、関くんは私の体にキスを落としていく。関くん、大好き……。そう思いながら目を閉じたら。お腹で関くんの動きが止まった。


「……え?」


 関くんは私のお腹に頬を寄せて目を瞑っている。ま、まさか、寝てる……?


「えええええ」


 つ、疲れてるんだから、仕方ないよね……。でも……


「……」


 これからの甘い時間を期待していた私は、深い深いため息を吐いた。

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