新しいルームメイト
「ええ?!みやちゃん出てっちゃうの?!」
低血圧なので朝はとにかく憂鬱で辛い。そんな中、みやちゃんの「私一週間後にこの家出るから」との爆弾発言。驚きと寂しさと不安で泣きそうだ。でもみやちゃんはあっけらかんとその理由を話す。
「私彼氏できたから」
「えええ!裏切り者!」
「何言ってんの!どっちかに彼氏できたらルームシェア解消って約束でしょ!」
確かに、ルームシェアを始める時にみやちゃんと作った約束事の中にそんな事項はあった。彼氏を家に連れ込んでもう一人が気を使ったりギクシャクするくらいなら、彼氏ができた時点でルームシェアを解消しようと決めていたのだ。確かに、確かにそうだけど……
「彼氏ってどんな人?」
みやちゃんにももう二年は彼氏ができていなかった。だから、どこで出会ったのだろうとか、どんな人なのだろうとか、気になる。
「うーん、まあ、そのうち紹介する。で!あんたよ!あんたはどうなの!」
……あ、酔っ払ってないのに説教モード入っちゃった。急いでご飯を口にかき込む。そして自分の部屋に逃げ込もうと思ったのに。
「……あんた、二年前に処女捨ててから全く何もないじゃない」
「うっ……」
けれど、一番痛いところを突かれてしまった。そう、あの夢のような夜からもう二年が経ってしまった。ちなみに、今関くんがどこで何をしているのかも、私は何も知らない。
「どうして逃げたの?」
「……」
全部終わって、関くんの腕の中で少しだけ眠って。目が覚めた時、私は関くんを起こさないようにその腕の中から逃げ出した。連絡先も交換しないまま。恋愛のチャンスをみすみす逃したと、みやちゃんにはその後こっ酷く叱られた。でも、よく考えたら向こうは一夜だけのつもりだったかもしれないし、私だけ、私だけ夢中になるのが怖かったんだ。関くんを、本気で好きになってしまうのが、怖かった。
「……私が弱かっただけ」
「七瀬……」
「あっ、みやちゃん、早く準備しないと遅刻するよ!ね!」
みやちゃんは優しいね。だって私のためにそんなに悲しそうな顔してくれるんだもん。でももういいの。だって関くんとはもう二度と会わないだろうし。新しく恋を見つければいい。そう、思っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「あっ、ねぇ、昨日ドラマ見た?」
「見たよー。キュンとしちゃった!」
職場に着くと、PCをつける前に様々な雑務がある。ドラマの話で盛り上がっている他の女子社員の輪には入れない。仲良くないから。彼女たちは私を地味だと思っている。まぁ、その通りなんだけど。
「辻せんぱーい、おはようございます」
「あ、おはよう」
一人だけ私に頻繁に話しかけてくる後輩がいる。門倉亜美ちゃん。この4月にうちの部署に異動してきた入社2年目の女の子だ。でも、実は彼女が一番私を地味だと思っているのは知っている。
「センパイ、昨日ドラマ見ました。アハッ、見るわけないか」
……うん、まぁ見てないから別にいいけどね。
昔から内気な性格が災いして友達はあまりできなかった。みやちゃんと仲良くなれたのも奇跡と言える。寂しいし友達はもちろん沢山いたほうがいいけれど、友人関係で悩む人を見ていたら別にいなくていいやとも思う。みやちゃんがいるし。恋愛もそうやって自分から遠ざけてきたのかもしれない。彼氏に振られたと泣く人を見て、ああ、こんなに辛いなら恋愛なんてしなくていいかもしれないと思っていた。
……関くんのところから逃げ出した時も。しばらく関くんがずっと頭の中にいて困った。何をしてる時も浮かんでくるから。お風呂の時に思い出さなくなったのは、結構最近のことだ。
一週間後、みやちゃんは本当に家を出て行ってしまった。またいつでも会えるからと言っていたけれど寂しい。彼氏が出来たならそっちに行っちゃうだろうし。そして最後にこんなことを言い残した。
「明後日には新しいルームメイトが来るからね」
と。……聞いてない。そういう大事なことはもっと早く言うべきだと思う。しかも私に何の相談もなしに?これから一緒に住むの私なんだけどな……!明後日と言えば日曜日。明日からお休みだし家の掃除をしてしまおう。
そして日曜日。みやちゃんから新しいルームメイトが来ることしか聞いていないので何時に来るかも分からない。家でソワソワしているとついにインターホンが鳴った。ついに……!と思ったら宅配便だった。母から届いた実家で取れた野菜を片付けているとまたインターホンが鳴る。今度こそか、と思い恐る恐るドアを開けた。……そして、嘘だと思った。まさかと思った。
「はじめまして。今日からお世話になる関航佑です」
ようやく頭の中から追い出した彼が今、私の目の前に立っていた。新しいルームメイトとして。
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