離したくないから

「私、立花さんのことが好きなんです」

「……はあ」


 それは、見てすぐに分かりましたけど。とりあえず上がってもらって、粗茶を出した瞬間焦ったように前のめりになってそう言われた。そんなに必死になる理由があるのだろうか。


「私、いつか立花さんを振り向かせて、付き合って一年くらい経った頃に同棲して、それからまた一年経ったら夜景の綺麗なところに立花さんが車でドライブに連れて行ってくれて、そこでプロポーズされるって決めてたんです」

「はあ……」


 随分具体的だな。どこか感心していると、彼女は大きな目に今にも零れ落ちそうなほどいっぱい涙を溜めて私を見上げた。


「お願いします、立花さんを返してください」

「あー、ちょっとごめんなさい、混乱してます。立花はあなたのものなの?」

「そうなる予定でした」


 ダメだ、この子とは話が通じる気がしない。助けて立花。心の中でそう思ってももちろん仕事中の立花が帰ってくるはずもなく、時計を見ればそろそろ準備をしないといけない時間だったから心底安堵した。


「ごめんなさい、私そろそろ仕事の準備を……」

「私、パパにお願いして立花さんと結婚しようと思ってます」


 パパ?また飛んだ話についていけなくてポカンとする。しかも結婚って。立花の意志は無視なのか。


「私のパパうちの会社の専務なんです。もし私との結婚を断れば立花さんは今の会社にいられなくなります」


 ……ああ、それは確かに立花の意志は無視だわ。ズン、と心に大きな石が乗ったように重くなった。せっかく恋人同士になれたのにまた邪魔されるのか。とことん立花と私に神様は意地悪をするらしい。


「あなたはどうするべきか、よく考えた方がいいと思います」


 私に選択肢なんてないことを分かっての言葉だった。ぶっ飛んでいると思った彼女の本性は、なかなかしたたかだったらしい。


***


「ヨリー、迎えに来たよー」


 深夜、閉店したお店に立花がやってきた。今日が金曜日で明日が休みだからわざわざ迎えに来てくれたらしい。牧瀬や一条と話している立花から目を逸らす。……私がどうしたらいいかなんて、誰かに聞かなくても考えなくても分かる。私は身を引くべきだ。立花に今の生活を手放させるわけにはいかない。今までだって二度、離れたのだ。離れるのは難しくない。

 ……なんて。仕事中ずっと考えていたけれど覚悟は決まらなかった。立花と離れる度、心臓が潰されそうなほどの痛みが襲ってきた。苦しくて、後悔ばかりして。こんなに好きなのにどうして上手く行かないのだろうって。

 今、私は立花から離れることなんてできるんだろうか。立花の温もりを知って、甘い瞳も吐息も触れ方も、全部全部愛しくて仕方ないのに。


「……ヨリ?」


 ハッとして顔を上げる。いつの間にか目の前にいた立花が私の顔を覗き込んでいた。そして。


「何かあった?」


 そうやって心配そうな顔で、私にだけ見せる甘い顔で、私を見ないで。……ううん、嘘。本当は私だけを見ていてほしい。


「……立花」


 立花の首に手を回して、思い切り抱き付いた。ぎゅっと抱き締め返してくれる立花の温もりが愛しい。……お願い、邪魔しないで。誰も。


***


「ヨリ、今何考えてる?」


 私の瞳を真上から見下して、立花は切なそうに目を細めた。きっと立花のことだから、私の考えていることなんてお見通しだろう。立花の頬に手を寄せる。確かな温もりと優しさがそこにあった。


「何も。ただ、好きだなーって」


 大好き。本当に。きっとずっと大好き。この先立花以上に好きになれる人はいないって本気で思ってる。でも、立花を好きになってから一貫して変わらない思いがある。それは、立花に幸せになってほしいってこと。


「……ダメ。ずっと一緒にいるって約束したでしょ。ヨリもずっと俺と一緒にいたいって思ってくれてるんでしょ。なら、変なこと考えちゃダメ。ヨリが嫌だと思うこと、全部俺が何とかするから。お願い、俺だけ見てて」

「見てるよ、立花のことだけ。本当に、大好きだから」


 何度も触れるだけのキスを繰り返して、立花に抱き付いた。想いが通じ合ってまだ二か月そこそこしか経っていないけれど、立花の部屋のこのベッドで何度も愛し合った。時には「この絶倫男、勘弁してよ」と思ったりしたこともあったけど、基本的には幸せだった。

 消えないように何度も肌に吸い付く立花の髪に触れる。柔らかくて気持ちいい。胸やお腹はよく見ればキスマークだらけになっていて、私の記憶だけでなく体にも自分を刻み付けるつもりなのだと思った。


「ヨリ、足開いて」

「恥ずかしいから嫌」

「じゃあ俺も足開くから」

「全然意味分かんない」


 立花は私が自分の思い通りにならないと言っていたけれど、全然そんなことないと思う。だって今も内腿をゆるゆると撫でられ甘い吐息が洩れるのと同時、足が自分の意志に反して勝手に開いていく。それに満足げに微笑んで、立花は中心に指を這わせた。


「んっ、」

「ねぇ、ヨリ」

「ん、ん」

「名前で呼んでよ」


 敏感な突起を親指で潰され、人差し指と中指が中でバラバラと動いている。快感に震える体に何度もキスをして、立花は私を見た。


「愛してる」


 初めて言われた愛の言葉に胸がいっぱいになった。苦しくて切なくて嬉しくて幸せで。涙が零れる。声を上げて泣く私に、立花は困ったように笑った。


「ねぇ、それ嬉しいのか気持ち悪いと思ってるのかどっち」

「っ、嬉しいに、決まってる……っ」

「……知ってる」


 離れたくない。ずっと一緒にいたい。最後にしようと思っていたのに、決意がポロポロと剥がれて内側から壊れていく。


「っ、愛してる、私も、愛してる……っ」

「……ヨリ。ヨリは本当に何も心配しなくていい。俺の横で笑って、俺にだけ足を開いてくれたらいい」

「こんな時まで下品だな!」

「二回も後悔したんだ。三度目の正直って言うでしょ?」


 泣きじゃくる私を上手く宥めて、立花は私に覆い被さった。正直、もうちょっと愛を語り合いたかったという気持ちはある。でも私の体が素直に反応したから何も言い返せない。終わった後、私を絶対に離さないようにと腕や足が巻き付いてきて、苦しかったけれど嬉しかった。


***


「どこ行くの」


 夜中に目が覚めて、喉が渇いたから水を飲みに行こうと立花の腕と足を外していたら、拗ねたような立花の声がした。


「ごめん、起こした?」

「どこ行くの」

「喉渇いた」

「俺も行く」


 脱ぎ散らかしていた服を拾って、立花が着せてくれる。そして私の手を握ってキッチンに入った。私が水を飲んでいる間も立花は私を後ろから抱き締めていた。正直動きづらい。


「立花、ちょっと離して」

「いや」

「なんで」

「俺から離れようとするから」


 立花は不機嫌を露わにして頬を膨らませる。だからその仕草が可愛いのは五歳までだよ。


「いや、あのさ、」

「間宮に言われたんでしょ」


 衝撃発言に水を吐き出しそうになった。え?え?知ってるの?!


「間宮専務にも本人にも言われたしね。間宮と結婚しないと何たら~って」

「そ、そうなんだ……」

「でもさ、ヨリは俺を誰だと思ってるの?」

「え?」

「何でも思い通りにする立花日向様だよ?」


 得意げな顔で言われて何だか嫌な予感がした。

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