三度目の恋

白川ゆい

第1章

まさかの再会

 私はきっと神様に愛されなかった女だ。

 早坂依子、28歳。美人でも不細工でもない普通の女。胸も普通、別にスタイルもよくない。恋愛経験も普通。多くも少なくもない。

 こんな普通の女が一度だけ周りの女から嫉妬されるような男と付き合ったことがある。まぁ、でもそれは遠い昔の話だ。できれば思い出したくない類の思い出。

 ここ数年は彼氏もできず寂しい生活を送っているのだけれど、今日は久しぶりの合コン。しかも相手は超一流企業のエリートということで、もちろん気合いが入っていた。私以外の参加者ももちろん。どこか団結したような空気の中、私は深呼吸して合コン会場に入った。

 そして、自分が神様に愛されていない人間だということを思い出したのである。


「あれ?ヨリ?ヨリじゃない?」


 私が部屋に入った瞬間、私を見てそう言った男を見て固まった。けれどすぐに微笑みを作る。


「どうもー、よろしくお願いしまーす」


 男は私の高校時代の元カレ、私が付き合った男の中で唯一平凡でない超ハイスペックな相手。立花日向だった。人間誰しも思い出したくない思い出というものはあって、この男は存在自体記憶から消したい男だったのに。神様はどうして私にそんなに冷たいのだろう。心の中で舌打ちをしながらも微笑んだ。

 私はそもそもイケメンというものが苦手だ。この世の女はみんな自分の思う通りになると思っている節があると思う。まぁ、これは完全に固定観念なのだろうけれど、私の周りに、いや、立花日向の周りにいた男が酷かったのだ。それはもちろん立花日向も含め。自分に寄ってくる女を片っ端から食いまくる男、綺麗すぎてそのフェロモンでどんな女も骨抜きにしてしまう男、長く付き合っている彼女がいるのにすぐ浮気してしまう男、そして、好きな人がいるのに彼女を忘れるために他の女と付き合う立花日向。この男にはきっと、私に未だに消えない傷を付けた自覚はないのだろう。

 喜ぶべきことに、立花日向以外の男性参加者も超ハイスペックだった。立花日向は黙っていてもモテるので、合コンの間中私に構ってくることはなかった。でも最初に立花日向が私の名前を呼んだことで、私達の関係にみんなが興味を持ってしまいそれ以外の会話はなかなかできなかったのはとても痛い。


「え、依子ちゃんと立花は昔付き合ってたとか?」

「う」

「そんなわけないじゃないですかー!ただの高校の同級生ですよ」


 余計なことを言うなと立花日向を睨むと、奴は私を見てニッコリと笑った。変わってないなー、その食えない笑顔。腹立つわ、そう思いながらビールを胃に流し込んだ。

 会ったのは高校の卒業式以来だ。それから私は奴との連絡ツールを全て絶った。奴がいつもつるんでいた一条と牧瀬、吉岡という高校の同級生とはたまに同窓会なんかでは会ったけれど、事前に立花日向が来ない飲み会を調べそれにだけ参加していたから絶対に会わなかった。私がどれだけ立花日向を嫌っているかを知っている三人も、奴の話題は出さないように気を付けているようだった。たまに牧瀬が何か言いたそうに私を見ていたけれど無視をした。そもそも牧瀬はフェロモンがすごくてあまり直視できない。

 驚くべきことに、いつもあまり上手く行かない合コンが今日は信じられないほどスムーズに進んだ。立花日向が同じ室内にいること以外は最高の合コンだ。ただ、奴がいることで思った以上に神経をすり減らしていたらしい。とにかくお酒を沢山飲んだ。その結果。


「おえええ、気持ち悪うううう」


 トイレにこもることになった。何やってんだろ私。ほんと、自分の馬鹿さ加減が嫌になる。きっと今頃隣にいた成瀬くんは他の女の子と仲良くなって連絡先でも交換しているのだろう。私も……、私の存在も忘れないでくれ……と、無理やり席に戻ってもこんなボロボロの女、引かれて終わりだろう。……帰ろう。また彼氏できなかったなぁ、と落ち込み俯いた時。


「ねー、ヨリ、大丈夫?」


 後ろから声が聞こえてきて慌てて顔を上げた。奴に弱みを見せるのは我慢ならない。


「な、何やってんのここ女子トイレ!」

「水持ってきただけ。ほら、楽になるよ」


 な、なかなか気が利くじゃない……。ありがと、と素直に水を受け取った。吐き気も少し落ち着いて酔いも覚めてくる。立花日向はただ黙って私の近くにしゃがんでいた。


「……戻らなくていいの」

「うん、無理やり連れて来られただけだし」

「ふーん。彼女いるんだ?」

「気になる?」


 チラリと見れば、奴はまた食えない笑顔。はぁ、とため息を吐いて立ち上がった。


「興味ない。私帰るって言っといて」

「送る」

「いい」

「送る」

「いいって」


 しつこい立花に苛々して足を踏み出した時、視界がぐるりと回った。支えるようにぐっと腕を掴まれた時、真剣な顔が目の前に来て。視界だけでなく気持ちもぐるりと回って吐き気がした。私はこんなに時間が経ってもこの男に振り回されるのか、と。


「ヨリ、綺麗になったね」

「……あんたは全然変わってないね」

「そう?翔には色気出てきたって言われるんだけど」


 牧瀬は適当に言ってるだけな気もするけど。……でも、でも。確かに、色気もプラスされていい男になってて腹が立つ。


「……近いんだけど」

「うん、そうだね」

「私さっきまで吐いてた」

「大丈夫、臭わないよ」

「そういう問題じゃなくて」

「ねえヨリ、いい加減こっち向いてよ」


 掴まれていた腕に、力がこもる。反射的に見上げて、後悔した。


「……キスしていい?」

「ダメに決まってるでしょ」

「だよね」


 ハハッと笑って立花日向は私から離れた。詰まっていた息が、一気に口から流れ出す。


「送るよ」

「……」


 もう言い返す気力もなかった。私はフラフラとしながら歩き、奴は私の少し後ろを歩く。何も話さない後ろが不気味で何となく緊張して、立花がいる右半身が固まっているような気がして仕方なかった。


「はい、これ飲んで寝て」

「……ありがと」


 途中で寄ったコンビニで買ってくれたらしい水のペットボトルを手渡し、立花は爽やかに微笑む。そしてしっかりと私が家に入るまで見届けて帰っていった。……何だか拍子抜け。何かあったら困るけれど、奴のことだから家に上げろとか言いそうなのに。玄関のドアを少しだけ開け、奴の姿を探す。悠々と歩く奴の後ろ姿は、昔から何度も何度も見て、焦がれたもので。

 ……あぁ、もう、ほんと最悪。泣きそうになってその場に座り込んだ。

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