第23話修学旅行の準備にて

彼女達は休日に修学旅行に向けての買出しに来ていた。

パジャマを見るフリをして葵は隣にいる美佐の様子を伺っていた。

勘の鋭い彼女は美佐がいつもと違うことくらいすぐにわかる。


与太郎が風邪を引いて学校を休んだ次の日から様子がおかしかった。

彼の家にお見舞いに行ったと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「見て葵っ、このパジャマ可愛いよ!」

「そうね」


風邪が治った与太郎はいつも通りだった。

美佐だけが彼に対しての反応が普段と違っていた。


文化祭の演劇で大勢の前でキスをした二人。

距離が縮んだかと思えば、いつの間にか遠く離れてしまっている。


頭の中で二人の状況を整理する葵。



与太郎は美佐に好意を抱いている。

美佐は別の男性に対しての憧れを好意と勘違いし、それを彼に伝えてしまった。

それが間違いだと気づき、自分も彼のことが好きだということを最近になって認識した。

好きな人に別の男性の事が好きと伝えてしまった美佐。


与太郎は当然今も美佐がその男性に好意を抱いていると思い込んでいる。

だからこそ彼は友達以上の関係を築き上げることを止めた。

やってしまったことを後悔しながら美佐は与太郎との距離を少しずつ縮めていくと決めた。



―――きっと、それだけじゃない。

他に何か足止めをさせているものが存在している。






「これおいしいっ」

「…」

買い物を終えた二人はデパート内にある喫茶店でパフェを食べていた。

店に入って5回、美佐は気づかれないように深呼吸をしている。

だがそれを葵が見逃すわけがなかった。



「ミー」

「ん~?」

「与太郎と何かあった?」

「…え?」

美佐は思わず持っていたスプーンを落としてしまう。

葵の勘の鋭さを誰よりも理解している彼女は言い訳を探すのをやめた。


「…葵に聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「加嶋君って…飯田リサさんのこと好き、なのかな」

「…は?」

夏休みに一度、葵はリトライでその存在を眼にしている。

桜花高校の金髪ハーフの美少女。


忘れていた。


与太郎がリサに好意を抱いていないことに気がついていたのは葵だけ。

だからこそ葵は彼女を美佐のライバルとして見ていなかったのだ。


加嶋与太郎は飯田リサのことが好きなのではないだろうか。

普通ならそう考えてもおかしくない状況だった。



違うと言ってしまうのは簡単だ。

背中を押してやるのと、真実を教えるのとでは大きく違う。



「好きだったとしたら諦めるの?」

「…それは」

「間違って中村先輩が好きって言ってしまった以上、ミーが動かないと」

「…」

当然言い返せない美佐。


「ミーの勘違いだったらどうするの?」

お互いが勘違いしあっている状況。


「与太郎は完全にミーの事を勘違いしてる、それはミーの責任」

「…そう、だね」

「与太郎と飯田リサの間に今は何にもなかったとしたら?」

「…」

今は、のところを強調して言う葵。

勘違いされている美佐よりも、リサの方が距離を縮めやすいということを伝えたかった。


「足を止めたら、取られちゃうよ」

「…っ」

彼とリサが恋人同士になった時の想像をして胸が苦しくなる美佐。

すでにパフェの上に乗っているアイスは溶けていた。


「修学旅行、頑張りなよ」

「うん…、うんっ!」

大きく返事をする美佐を見て葵は安心した。


もちろん葵は美佐の恋路を応援している。

だけどどこまで踏み込んでいいものかわからなかった。


―――早く帰ってきてよ、お兄ちゃん。

葵は唯一相談できる存在を頭の中で思い描いた。






ここにも修学旅行の準備を行っている者たちがいた。

色気の全くない男同士の買い物。

与太郎と雄也は男性服コーナーで必要になりそうなものを探していた。


「見て太郎っ、このパンツ可愛いよ!」

「…やかましい」

花柄のブリーフを見せてきた雄也にはもう少し周りの眼というものを気にしてほしかった。



修学旅行はもちろん楽しみにしている与太郎だが、何よりも行っている間悪女から解放されることの方が嬉しくてしかたない。

体育祭といい文化祭といい何かと飯田リサがらみで大変な目に合う彼は事前に桜花高校の修学旅行がいつか調べておいた。

もしかしたら同じ日で同じ場所なのではないかという恐怖。


だが調査の結果は喜ばしいものとなった。

だからこそ彼は修学旅行が楽しみでしょうがない。



「もちろんあれだよな太郎っ、夜はこっそり教師の部屋!」

「…そこは女子の部屋だろ」

何が楽しくてわざわざ怒られに行かなくてはいけないのだ。


雄也は嬉しそうに持っていく物を買い物カゴに入れていく。

家にある物で済ませることに決めた与太郎にとっては退屈な時間だった。


雄也の買い物が終わるまで近くにベンチで休憩することにした。

休日のデパートはカップルや家族で賑わっている。


「夜…か」

先ほどの言葉を思い出す与太郎。


夜に美佐のいる部屋に遊びに行ったら迷惑だろうか。

できれば二人きりで観光などもしてみたい。


様々な願望が生まれてくる。

美佐への思いにストップをかけていたはずだが、文化祭の一件でより強くなってしまっていた。


―――振り向かせることはできないだろうか。

与太郎は大きく頭を振った。


美佐は優しくて真面目な少女。

困らせてしまうのは目に見えている。



「…青春って難しいな」

レジで会計をしている雄也を見ながら小声で呟いた。

誰にも恋を抱いていない彼を与太郎は羨ましく思えた。





「太郎、何さっきから難しい顔してんだよ」

「…ん」

またせたお詫びとして缶コーヒーを差し出してくる雄也。


「おめでたい顔が台無しだぞ?」

「アホってことですかっ」

決してこれが初恋というわけではない。

だけどここまで悩んで、苦しんだ恋は生まれて初めてだった。



「修学旅行、栗山に接近するチャンスだぞ」

「ぐ…ごほっ、雄也お…おまっ」

「気づいてないとでも思ったか?」

鈍感で楽観的な雄也にだけはバレていないと思い込んでいた与太郎。


「…いつからだ」

「入学式の日」

日付もすばり言い当てられる。



「なぁ太郎」

買い物袋を下に置いて隣に座る雄也。


「どうせ、迷惑がかかったらどうしようとか思ってんだろ?」

「そう…だな」

「いいじゃないか、ちょっとくらい」

彼の曲がった背中を思いっきり叩く雄也。


「いい思い出作ろうぜ」

まさか彼に励まされるとは思ってもいなかった。



雄也の言うとおり、あれもこれも抑えて行動をしていたらいい思い出なんて作れるわけがない。

何もしなかったな、と言ってしまうような未来を作ってはいけない。


一緒にどこかを歩いたり、一緒に何かを見たり、それだけでも十分幸せだと思える。

それすらも制限してしまったら間違いなく後悔を抱えたまま高校生活を終える。



「少し…くらいはいいよな」

「おうっ!」

気を使うこともなく思いっきり背中を叩いて押してくれるこの男が友人でよかった、と与太郎は心から思った。







前向きになった両思いの二人。

しかし勘違いをし続ける美佐はこの修学旅行で知ることになるのだ。


彼の本当の気持ちを。

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