1995話 霊廟にて
髪も顔色も、指先も服も全てが雪のように真っ白。そんな始祖エルフがただ椅子に座っている。目を閉じたまま、魔力は感じない。これが即神体か……
『此度も始祖様のお変わりない御前に拝謁できたこと、心より御礼申し上げます』
村長が話している。声に魔力をたっぷりと乗せて。
『かの年も我らエルフ族が無事に過ごすことができたのも始祖様のご加護のおかげに他なりませぬ。重ね重ねありがとうございます』
村長のみならず、長老衆の魔力も高まっている。声には出さずとも、どうにか始祖に目覚めて欲しいのだろう。私も魔力を放出した方がいいんだろうか……
いや、やめておこう。頼まれたらやればいいさ。
『さて始祖様。此度は珍しき賓客が来てございます。どうぞ御目の前でお確かめください』
ん?
「カース殿、精霊様。こちらに来てくれるかの?」
村長は何を考えてる?
こっちと言われても距離にして数メイルしか離れてない。そこに移動したからって……
まあ、頼まれたなら行くけどさ。
「ピュイピュイ」
コーちゃんも別に構わないと言っている。
「うむ。すまんな。ここに頼むでの。」
村長の隣に跪く。頭は下げない。もし、目が開くものならその瞬間を見たいからな。
コーちゃんは私から降りて床にとぐろを巻く。そして鎌首をまっすぐ持ち上げて始祖を見上げている。
『始祖様。ご紹介いたします。我らフェアウェル村の友人にして御神木の登頂者カース殿と大地の精霊様でございます。どうぞ始祖様のお言葉を賜わりたく存じます』
なるほど。私とコーちゃんをきっかけにしたいのか。
「カース殿。すまぬが一言だけ挨拶を頼めぬか?」
村長の頼みなら仕方ないな。
『カース・マーティンと申します。』
『ピュイピュイ』
ほんの少しだけ魔力を込めた『魔声』
コーちゃんも私と同じように微力な魔力を込めていた。
「うむ。かたじけない。」
だが、始祖に変化はない。声を発するのは何十年に一度って話だし、そうそう都合のいいことは起こらないよな。もっと魔力を込めてもよかったのか。あれ? 十何年に一度だっけ? つーか前回はいつだったんだろ?
「では魔力献上の儀にうつる。まずはアーダルプレヒト。お前からだ。」
ん? 魔力献上?
「うむ。」
アーさんは立ち上がり、始祖の前まで歩いていくと……その手を始祖の額に当てた。
『
ん? 何だ今のは?
アーさんは少しふらつきながらも元の位置に戻り、同じ姿勢で跪いた。
「ほう。アーダルプレヒトめ。いきなり額とは攻めたものよのう。次、クラウディウスクレメンス!」
「ええ」
見るからにアーさんより歳上。でも村長よりは若いよな。人間にすると五十過ぎの細い紳士ってとこか。スペチアーレ男爵を思い出すじゃないか。
こうして長老衆が一人一人で始祖の体の様々な場所に触れては魔力を込めていった。それにしても……お触りありだったとはね。こうやってエルフから魔力を集めることで数十年に一度喋れるだけの術式をキープしてるのかな。ということはエルフ族が全滅したら始祖も終わり? すぐ消滅ってことはないだろうけど、数百年後とかに静かに塵と消えてそう。
「次! ゴットフリートヴェンデルプラチドゥス!」
「あれ? 村長、次は私の番では?」
「よいのだ。ゴットフリートヴェンデルプラチドゥス。そなたの番だ。存分に始祖様に魔力を注いで差し上げるがよい。」
指名されたエルフは立ち上がりもしなければ動きもしない。
「私ごとき若輩者が順番を狂わせるなど畏れ多いこと。どうかご容赦を」
見た感じは四十代後半。働き盛りのガッチリ系ってとこか。口調と体格が合ってないな。
「儂がやれと言っておるのだがの? 始祖様に注いだ魔力はこの場にいる者のおよそ半数。そろそろ頃合いではないかと気を利かせてやったのだがのぉ?」
え? それって……「ギャワワッ!」
「きゃっ!」
「かかか……いつからバレてたんだよぅ?」
アレク!
『狙撃』
『ガウガウァァ!』
「おっとぅ、この人間マジかよぅ? 女ごと殺す気かよぅ?」
この野郎……自在反射か。私の狙撃もカムイの魔声もまとめて跳ね返しやがった。アレクの首に手を回して、締め上げながら……殺す……
「その手を離せば苦しませずに殺してやるぞ……」
「かかか……こえぇこえぇ。人間はこえぇよぅ。こぉーんなロクに魔力も廻せないカスとぁ大違いだよぅ」
アレクが魔力を廻せず、しかも気を失ってるのはてめぇが全魔力を吸い取ったからだろうが! 一瞬で……
「はぐれよ。それで人質をとったつもりかの? そのような人間の一人や二人での。むしろなぜこのような神聖な日、神聖な場所に人間がいると思う? お前は初めからここで死ぬ運命だったのよ。くくく。」
なんだと……? この化け物ハイエルフ野郎……何つった!?
「おっとぉ。フェアウェル村の村長よぅ? あんたらにぁ効かねぇみてぇだがそっちの人間はどうよぅ? 効いてんじゃないかよぅ?」
舐めんなよ……
「全員……防いで……」
「あぁ?」
『徹甲百連弾』
「ばっ! マジかこのっ……」
「ガウアァ!」
「ピュイッ!」
「こ、このガキぃ……狂ってやがんのかよぅ……」
「残念だったな。楽に死ねるはずだったのによ……」
ギリギリ……アレクを避けて……撃ちまくってやった。アレクより二回りは大きいこいつが身を隠せるはずがない。それに、いくら自在反射といえど完璧に跳ね返せるわけでないことは実証済み。おそらくフェルナンド先生並みの見切りができない限りは。
それでも周囲から跳ね返った徹甲弾がアレクを傷つける可能性はあった。というかかなり傷ついてる。左手なんか前腕から千切れて落ちそうだ……この野郎……
よくも私に……アレクを傷付けさせてくれたなぁ……
どうにか致命傷は避けたようだが……私の徹甲弾で全身はぼろぼろ。おまけにカムイの頭突きで吹っ飛ばされ、コーちゃんに噛まれたこいつは……もう詰んだな。
どうやって長老衆の一人に擬態したのかは知らんが、最後の最後で焦りが出たか……楽に死ねると思うなよ?
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