1811話 アーニャの真実

さっきまで黙って聞いていたアーニャが口を開いた。私達からあらかたは説明してあるが、詳細ではないし知らないこともある。

やはり気になるのだろうか……


「アーニャ……世の中には知らない方がいいことっていくらでもある。でも、そんなことぐらい分かった上で言ってるんだよね?」


「だって和真、いやカースも知らないんだよね? だったらこの人から聞くしかないじゃん。私の空白の五、六年……」


そりゃあ確かに知らないけどさ……想像ぐらいつくに決まってる。奴隷以下の暮らしだぞ? 行き着く果てがアラキ島の奴隷の便所……


「俺は話せばいいのか?」


「話してよ!」


仕方ない……アーニャだって中身は子供ではない。覚悟だってできてるだろうし……


「話せ。事実をな。」




それからの話は絶望そのものだった。何も知らない無垢な少女が拐われて、海の向こうに売られて……

商品価値のために処女を散らされることこそなかったものの、それ以外の尊厳は全て奪われた。


そして……美貌のせいだろう、貢ぎ物としてジュダに上納された。


女中はジュダが自分達に手を出さないことを不満に思っていたようだが、なるほどね……

あの野郎ただ単に表と裏で顔を使い分けてるだけじゃん。そして女は処女しかいらないと……どんだけ舐めた生活してやがる……それとも病気の警戒でもしてんのか? そこそこ魔力はあるくせに。


大抵の女は一、二回遊んで終わりなのだが、アーニャに関しては珍しくジュダがのめり込んだらしい。当時のアーニャって今と同じ十四、五歳だよな? てめぇの歳を考えやがれってんだ。親子ほども離れてんのによ。クソが……


あ、それ父上とベレンガリアさんもか……ま、まあいいや。


で、ジュダはアーニャにのめり込んでいてもアーニャの方までそうとは限らない。そのままどういうわけか洗脳魔法を使われることなく、ただ慰み者として扱われるだけ。


それでも第四番頭が知る限り他の女達に比べてかなりいい暮らしをしていたらしい。何でもそういう女専用の別邸があるとか。


それからおよそ一年後、ジュダからアーニャが送られてきたらしい。第四番頭が拠点とするトツカワムまで、他の大勢の女と一緒に。


ジュダが飽きたらこうして送られてくることはよくあるそうだが、今回は何かジュダを怒らせることでもあったらしい。

通常はただ送って終わり。後は好きにしていいそうで特に指示もないのだがアーニャに関してはそうでなかったと。殺さないように、なおかつ最低の場所で使うようにと。だからトツカワムのハード目の娼館から始まり容姿が衰えるに連れて店のランクも落ち、最終的にアラキ島にまで行き着いたわけか……


番頭が知ってるのはトツカワムにいた時まで。それ以降は思い出すこともなかったと。ただ、そこらの女とは一線を画す若葉のような魅力とジュダが気に入っていたことから、かすかながらも記憶には残っていたのだろう。それが当時のままの姿で現れたために一気に思い出したそうだ。


ただ、どのタイミングで心が壊れたのかは分からないそうだ。ジュダのところから送られてきた時点ですでにそこらの底辺娼婦と区別がつかないほど目が死んでいたそうだ。それでも男と交わる時だけはとろりと淫らな目をして生き生きとしていたと。

そのせいか仕事ぶりも客受けもかなりよく、寝る間もないほど働かされたらしい。すると、当然ますます転落は加速したってわけか……


やはりジュダの死刑は確定。もちろんエチゴヤも潰すべきだな。腐れ外道どもめ……


「ふーん。そんなことがあったんだね。」


おっ、意外とダメージを受けてないのか? そんなはずはないと思うが……


「なぜ、当時のままの容姿なんだ? それもジュダに上納する前よりも若々しい」


さすがの番頭も不思議に思うよな。時間を当時まで戻したなんて想像もできないだろう。まさしく神業だからな。

つーかこいつ、大番頭はユザ様って呼ぶくせにその上のジュダは呼び捨てなのな。どうでもいいけど。


「それはカースのおかげ。教えてくれてありがとね。ちょっとスッキリしたかな。」


スッキリしたんかい! すごいなアーニャ……


「で、カース。どう思った? 私ってすごい過去があるみたいだけど。汚いとか思う? それともどうせ抱いてくれないんだから関係ない?」


「何とも思ってないよ。むしろ生きていてくれてよかった。死んでたらどうにもならなかっただろうからね。抱く抱かないの話はスルーで。」


無理なもんは無理だからな。


「ふーん。そうなんだ。ちょっと嬉しいかな。私も実感がないせいかな。辛いって気がしないんだよね。カースが何とも思ってないならそれでもういいよね。」


「実感どころかそもそも経験すらしてないわけだからな。アーニャがそう言うならそれでオッケーとしようか。」


辛い時には泣いてもいいんだぞ。俺をもっと頼れよ。などと言う気はない。本当にノーダメージなんだろうしね。仮に内心のダメージを隠しているんだとすれば、それはそれでいい。わずかな可能性に賭けてまで私を追いかけてくれたアーニャなんだ。芯の強さは私など及ぶところではない。そんなアーニャがもういいと言っているんだ。もういいさ。


ジュダをぶち殺す。エチゴヤは潰す。

その意思がより強く固まっただけのことだ。


それにしてもこの第四番頭……よくここまで知ってたな?

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