1394話 旅立ち

ふう……旨かった。コーちゃんとカムイも腹いっぱいらしい。よし、それでは旅立つとしようかね。


「世話になったな。フォルノによろしくな。」


「おいしかったわよ。元気でね。」


「ありがとうございました! 兄貴にもしっかり伝えておきます! 魔王様の御恩は忘れません! アレクサンドル様もありがとうございました! コーネリアスさん、カムイさん。ぜひまた来てくださいね!」


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


それから宿の前では従業員一同が整列し、私達を見送っている。そこまでしなくてもいいのに……

蔓喰の奴はいない。ボスの所にでも行ったんだろう。青い顔してたもんなぁ。それにしてもこれからヤチロはどうなることやら。私の畳さえきっちり作ってくれたら後のことはどうでもいいけどね。


「魔王様! お嬢様! ありがとうございました!」

「ありがとーございました!」

「あり、ありがとござますです!」


おお、看板娘一家か。おっさんは何を慌ててるんだ?


「あの、これ、道中でお食べください……」


最初に寄った酒場のおじさんか。看板娘の叔父だったか。


「ありがたく貰うよ。この街のマスタードレンコンは旨かったしな。」


中身は何だろうか。道中の楽しみだな。


「ぬー! また来いよー!」


「おおフォルノ。いい畳を作ってくれよ。楽しみにしてるからな!」


城門まで歩くだけなのに、やけに色んな奴に会うな。


「おう魔王! また飲もうぜ!」


「おう! またな!」


漁師のグンチクまで。思い返せばいい街だったな。そろそろ城門が見える。最初に来た時に通った方ではなく、南側の門だ。


「待っていたぞ魔王様。ずいぶん遅かったではないか。」


ヒチベとアカダ、若旦那オリベとヤヨイまでいるし。


「わざわざ待ってたのか? 暇じゃないだろうに。」


そもそも今日出発するって話はアレクぐらいしか知らないはずだが。まあ私達の行動を考えれば簡単に読めると言えば読めるけどさ。


「なに、我らは魔王様の配下だからな。最後に見送りぐらいさせてくれ。達者でな。またの会う日を楽しみにしている。」

「それまでヤチロを、ユメヤ商会を守ってみせます!」


「クラヤ商会もいい具合に統合できそうですし、当分は安泰です!」

「また、来なさいよ!」


「ああ。お前達も元気で。またな。」


「全員整列!」


おっとびっくり。ヒチベの声に合わせて城門前の人々が二つに割れた。私達を挟むように。


「敬礼!」


おお、全員が右手を左胸にピシッと当てた。かっこいいな。こいつら民間人や商人なんだろ? よくこんなことができるな。でも悪い気分ではない。むしろいい気分だ。


意気揚々とヤチロの南門を出る私達の背後からは様々な声がかけられる。


「またなー!」

「絶対来いよー!」

「次は腕ぶち折るからなー!」

「お嬢様ぁー!」

「まおー様ぁー!」

「アレクたんラーーブ!」

「カムイちゃんモフモフぅー!」

「コーネリアスちゃーーん!」


進路は南南西。街道に沿って歩く私達の背中に声が響いてくる。


五分経ち、十分経ち……段々と小さくなるものの、ヤチロの城壁が視界から消えるまでは、その声も消えることはなかった。








治療院。そこで目を覚ましたのはカドーデラだった。


「カシラ! お目覚めで!」

「カシラ! 大丈夫ですか!」

「カシラぁ!」


「ここは……治療院か?」


「そうです! カシラぁ! どこか痛くないですか!?」

「傷ぁばっちり治ってやすけど、まだ動いちゃいけねえって!」

「カシラぁ!」


「魔王さんは……どうした……」


「行っちまいやしたぜ。テンモカに向けて南門から出発しやした!」

「そうだカシラ、これ! 魔王の奴が! カシラに渡せってえっらそうに!」

「そもそもこれってカシラが貰ったやつなんじゃ?」


若い者が持っているのはカースに返したはずの刀。ムラサキメタリックの刀だ。


「返したんだよ……いただいた刀でそのお人を斬るような不義理ができるかよ……」


「で、でもあいつはこれを渡せって……言ったよな、なぁ?」

「あ、ああ……ですからカシラぁ……貰っちまっていいんじゃ……」

「カシラがこの刀ぁ振ったら無敵ですぜ!」


カドーデラはその刀に手を伸ばすことなく言葉を続けた。


「俺のカネサダぁどうした?」


「へいっ! もちろん拾ってありやさぁ!」

「すげぇ……カシラのカネサダが……こんなにボロボロに……」

「ば、ばか! こ、こんなのセンゴムラなら直せますよね! ね、カシラぁ?」


ボロボロに刃こぼれした愛刀をしばし見据えるカドーデラ。そして……


「お前らにやる。捨てるなり直すなり好きにしろ。その刀を寄越せ。」


「へ、へいっ!」


どこか晴れ晴れとした表情でムラサキメタリックの刀を手に取ったカドーデラ。


「重い……魔王さん……ありがたく頂戴しますぜ……」


その手に刀を握りしめ、そっと呟いたカドーデラの横では、三人の若い者が折れたカネサダの所有権を巡って争いを始めていた。

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