第1191話 精霊の悪戯

そうして何事もなく航海が続いた五日目。いきなり真昼間に叩き起こされた。緊急事態だそうだ。


「海が渦を巻いてやがる……」

「あれに飲み込まれたらやべぇぜ……」

「ちっ……出やがったか……」


「風の魔法が使える奴ぁ全員で追い風吹かせろぉ! 船員どもぁ配置につけぇ!」


これは凄い……前世で見た鳴門の渦潮どころではない……

半径が百メイルほどもある大渦潮とは……


「これは自然現象なのか? それとも海の底に魔物でもいるのか?」


そこらの船員を捕まえて聞いてみた。


「分からん……俺らは精霊の悪戯いたずらと呼んでいる……一年に二、三回は起こってるらしい」


へぇー。てことは魔物の姿なんかは見えないってことだよな。気になるな。


「ちょっと行ってくるね。アレクは風で協力してあげてよ。カムイはアレクから離れないようにな。コーちゃん、行こう。」


「もぅカースったら。分かったわ。」

「ガウガウ」

「ピュイピュイ」


渦潮の下、中心とかって気になるんだよな。一体どうなってるんだろう。だから潜ってみるのさ。服を着たままドボン。どうせ密着型自動防御を張るから関係ないんだよね。


『水中視』

『水中気』

水滴みなしずく

足裏からのジェット水流で水中だろうと自由自在だ。コーちゃんは私の首に巻きついている。自動防御の外に……


うーん、潮が渦巻いてるだけあって流れが激しい。しかもそれだけでなく複雑に変化してやがる。ただグルグルと回ってるだけでないんだな。ちなみに魔物はいない。『魔力探査』にもこれといった反応はないし。もし本当に精霊がいるんなら反応しても良さそうなんだが……


『ピュイピュイ』


コーちゃんの心が伝わってきた。精霊がいるっぽいけど恥ずかしがり屋らしく姿を現さないのではないかと。なんだそれ……

思えば、コーちゃんは私の魔力に反応して姿を見せてくれた。天空の精霊も私の魔力が好物らしく姿を見せた。

海の精霊はそうではないってことか? でも構って欲しいからこんな渦潮をぶん回してるとか? 真偽は分からないが、もし構って欲しいのだとするなら構ってやろうではないか。私と魔力比べといこうではないか。海水だって水は水。水を操るのは私だって得意なんだから。


水操みなくり


ほぉれ、渦潮を止めてやる。ベタ凪にしてやるぜ。ふっふっふ。なんて魔力の無駄遣いなんだ……船だけさっさと脱出させればいいだけなのに。


さあ、どうだ? どうする精霊?



ぬっ、また渦が巻き始めた。させんぞ!


『水操』


ほほお……さっきより流れが強いな。また余計な魔力を使わされてる。だが、負けん。船がこの海域を通過するまでは止めておいてやるぜ。それ以上はさすがに無駄が過ぎるからな。

ほぉれほれ。どうした精霊。そんなもんか?


でも、精霊が海そのものだったりしたら勝ち目なんかないんだけどね。まあ、そんなわけないから調子こいてたりするんだけど。


多少抵抗が強くなった気もするが、どうにか抑え込めた。そして船は見えないぐらい遠くに離れた。さあ、もういいだろう。行こうかコーちゃん。


『ピュイピュイ』


精霊が喜んでるって? それはよかった。やはり構って欲しかったってことか……ガキかよ! 海の精霊は構ってちゃんなのか! クラーケンやヒュドラと遊べばいいだろうに。

それより、遊んでやったんだから祝福ぐらいくれよな。




うーん、何の反応もない。もしかして祝福もやれない程お子様な精霊だったりするのか? 全く意味は分からないが。どうなのコーちゃん?


『ピュイピュイ』


たぶん格が低い? うーん、分からん。この辺りは比較的魔物が少ないし、波も穏やかってことと関係があるのだろうか……海は謎がいっぱいだな。ついでに海底で何かゲットしてから帰るとしよう。何か美味しそうな海の幸は……




ん? あれはもしかして……エビ、じゃなくてシャコか? 結構大きいな。五十センチぐらいか。おっ、素早いな。生意気に五匹で私を囲んできやがった。


『水斬』


攻撃なんかさせるかよ。シャコの打撃が危険なのは常識だからな。手の平サイズのシャコですら水槽にヒビを入れることがあるって話だもんな。さて、戻るとしようか。こいつら旨いといいなあ……




海上に出たらミスリルボードに乗って飛ぼう。船は……あっちかな。




よし、見えた。


「アレク、ただいま。」


「おかえり。何か面白いものはあった?」


「いやーそれがね……」


軽く状況を説明する。甲板で一息ついてる船長にも聞こえるように。


「海が落ち着いたのはカースのせいだったのね。さすがだわ。今頃そこには魔物が殺到してそうね。」


「あはは、そうかもね。その分こっちが安全になるね。」


「おめぇ……とんでもねぇな……」


おっ、船長が話に入ってきた。


「安全第一だからね。次からどうやって対処するべきかなんて分からないけど、今回だって全速力で逃げてたらどうにか逃げきれたよな?」


「ああ、まあどうにかな。だがおめぇの言う通り安全第一だ。あんまり強風を吹かせると船員どもがマストから落ちるかも知れねぇし、帆が破れることだってある。限界以上の速度なんざ出したくねぇもんだ。」


漁船にも見えるがやっぱり帆船だもんな。風が強ければ強いほどスピードが出るってわけでもないんだろう。帆だって人力で広げたり畳んだりしてるようだし。


ふぁーあ。寝てるところを起こされたからな。日没まで寝直しだ。あー眠い。

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