第1138話 無尽流 対 無仁流

クタナツの実家に帰るとキアラがいなかった。今朝出発したらしい。くっ……ちょうど入れ違いだったのか……

まあいい。また王都に行けば会えるさ。


そういえば伯父さんとお姉ちゃんはクタナツに来るのは初めてだよな。色々と案内をしてあげたいが、今回は無理だな。


「せっかくクタナツに来たんだし、ちょっと代官に挨拶してくるとしよう。宰相閣下の御子息だからな。シャルロットもついて来い。」


「はい父上。」


伯父さんは意外に律儀なんだな。


「ならうちの馬車を使うといいわ。ベレン、兄上達を代官府まで連れて行ってあげなさい。」


「はい奥様!」


「でも兄上、お代官様がいらっしゃるかは知らないわよ?」


「ああ、すまんなイザベル。」


あの代官はいつも遅くまで仕事をしているが、クタナツにいるとは限らないもんな。


なお、今夜のところは私とアレクはアレクサンドル家、クロミはマリー宅に泊まることになっている。さすがに人数が多いもんな。コーちゃんとカムイはそのままうちの実家だ。銀湯船もあるしね。それにしても、アレク宅に泊まるのっていつ以来だろう? 十年は経ってないよな?




私とアレクは伯父さん達が代官府に行く馬車、正確にはペガサス車に同乗している。


「じゃあ伯父さん、お姉ちゃん。僕らはここで。」

「失礼いたしますわ。」


「ああ、また明日な。」

「明日ね……」


代官府の入口あたりで馬車から降りてアレク邸へと歩く。アレクと腕を組んで。お義母さんは元気にしてるかな。


「ねえカース。あれだけ巨大なスライムが一体どこから来たのかしらね?」


「不思議だよね。砂漠であの手の透明なスライムってかなり異常だよね。まだサンドスライムなら納得もできるけどさ。」


「おかしな事だらけね。魔境って怖いわ。」


「まったくだね。あれだけのスライムでも、きっとクラウディライトネリアドラゴンには手も足も出ないんだろうね……」


「ああ……それはそうよね……考えると頭がおかしくなりそうね……」


私もだよ。そうやって話しているとアレクサンドル邸に到着。やはり門番さんが素早く正門を開いてくれる。


「おかえりなさいませ!」


「ただいま。」

「お邪魔します。」


「おかえりなさいませお嬢様、カース様」


うおっ、びっくりした。アレクサンドル家でよく見る気配を感じないメイドさんだ。


「ただいまサラ。」

「お邪魔します。」


「どうぞこちらに。旦那様と奥様がいらっしゃいます」


おおー、珍しくパパママが揃ってるのか。ちょっと緊張してきたな。




「よく来たな。まあ座れ。」

「二人ともおかえり。」


「お邪魔します。」

「ただいま帰ったわ。お土産がたくさんあるから後でマトレシアに渡しておくわね。」


そして和やかに夕食。これほどの美味しい料理をいきなり来ても問題なく用意してもらえるとは、さすが最上級貴族だな。




軽く状況を話しておく。


「ほう、あのゼマティス家当主が代官府にか。会ってみたかったものだ。アッカーマン殿にはついにお目にかかれなかったからな。」


なんと。アレクパパはアッカーマン先生に会ってみたかったのか。同じクタナツだから気軽に行けよ、とは言えないよな。パパは騎士長なんだから多忙ってこともあるし、そうそう気軽に出歩ける立場でもないもんな。


「いつかフェルナンド先生がクタナツに立ち寄る日もあるかと思います。」


「そうだな。その時に私が引退していれば会うことも、手合わせを願うこともできような。」


騎士長ってのは辛いね。私的な対戦であっても負けが許されないもんな。クタナツ騎士長はクタナツ騎士団最強でなければならない。まあ過去には代官の方が強かった例が何件もあるらしいけど。要は騎士達に信望されていればいいってことだな。


「そう言えばカースは無尽流むじんりゅうだったな。私は無仁流むにりゅうだ。軽く稽古をつけてやろう。」


「押忍! ありがとうございます!」


食後の運動ってか。それより無仁流か……あんまり知らないんだよな。剣だけでなく拳や指先をも使う流派ってことぐらいしか。




連れ立って庭に出る。ここの庭は広いんだよなあ。アレクが見てるから無様な真似はできないな。


「知っていると思うが私はアランより強い。本気で来い。」


「押忍!」


『換装』


稽古着に着替えた。使うのは、稽古用の木刀だ。さすがにイグドラシル製の『修羅』を使う気はない。まだ慣れてないってこともあるし。


突進し、体ごと突く。パパの、その分厚い胸板を突き通すつもりで。

くっ、上から強く打ち下ろされた。危うく木刀が折れるところだったぞ。

次だ、今度は型通り……正眼の構えから、袈裟、袈裟切り上げ、逆袈裟……


尽く打ち返される。木刀を軽く振っているようだが、一撃がどれも重い。弾き飛ばされてしまう。ふんわりと受け止める父上の剣とは真逆だな。


「うむ。いい剣筋だ。次はこちらから行くぞ?」


「押忍!」


上段からの振り下ろし。私は避ける。受け止める気などない。ぶふっ、土が口に……地面が弾けたではないか。途中で止める気なしかよ。ぬおっ、危ねぇ……振り下ろしたと思ったらそのまま木刀の峰で顎を狙われた。そしてまた振り下ろし……永久機関かよ。どうにか躱せているが……だんだんと上下する木刀のスピードが上がっている。どこかでカウンターを狙いたいところだが……とても入り込めない。短調なリズムで上下しているわけでもなく、こちらの狙いを見抜いているのだろう。さすがだな。せめて一泡吹かせてやりたいが……


「そろそろ終わりにするぞ。」


アレクパパは上段に構えた木刀を振り下ろす。もちろん私は避けた。跳ね上がる峰もどうにか避けた。次の瞬間、正眼に構えていた私の木刀がパパに握られている。一本の木刀を二人で向かい合って共有するかのように……

ん? パパは自分の木刀はどうした? さっき跳ね上げるまで持っていたはずだが……


「カース危ない!」


上かっ! とっさに木刀から手を離そうとする、が……今度は手を握られた! これでは離せない! 一瞬判断に迷った私の肩にパパの木刀が落ちた。もちろん大したダメージはない。だが、これがもし本物だったら……私の肩に突き刺さっていただろう。いや、実際は頭や背中に突き刺す技なのだろう。恐ろしい……


「無仁流 妖乱あやかしの剣だ。腕力差があるなら剣の落下を待たず相手の剣を奪ってしまってもよい。色々と応用のきく技だ。」


「押忍! ありがとうございました!」


うーん、やはり世の中には色んな剣法、戦法があるもんだね。勉強になるねえ。

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