第1104話 第二のエリア

膝上から千切ったエルフ男は枝から落としておいた。これなら地上に帰ることができるはずだ。せめて死体であっても帰してやりたいもんな。まあ下の枝の上に落ちるかも知れないけどさ。


「びっくりしたね。おちおち休憩もできないよ。それともここから上がそんな場所ってことなのかな。」


「たぶんだけど……あれは心が折れた者の成れの果てじゃないかしら……」


「なるほど……」


あまりにも刺激のないこの空間。それに心が耐えきれず立ち尽くすだけの存在になってしまったと。そうして一ヶ所に一定時間以上留まってしまうとイグドラシルに根を張られてしまうってとこだろうか。


怖いところだが、おかげでいい刺激になった。頭がスッキリしてきたぞ。やはり人間には刺激が必要なんだな。


「アレク、次の枝に行ったら休憩しようよ。ゆっくりとね。」


「うん……早く登りたいわ……」


ここで今すぐ始めてもいいのだが、エルフの膝下が残ってるからな。気味が悪いんだよ。 早く行こう。




次の枝に着いたらアレクが襲いかかってきた。すっかり元気を取り戻したね。一安心だな。ここから再スタートだ。




「アレク、大丈夫? 膝、痛くない?」


「ええ大丈夫よ。なんだかすごく久しぶりにカースとこうした気がするわ。」


「はは、悪かったよ。余裕がなくてさ。でも今からまた張り切るよ!」


「ここって私達の心を試されているみたいね。これこそ神の試練なのかしらね。」


まったくだ。何もないことが試練とはね。それはそれでキツいもんだな。




気を取り直した私達はついに千の枝を超えた。その間、イグドラシルに取り込まれようとしていたエルフは三人。二人目は枝の上で幹に向かって両手と額を付けたままで、どうしようもなかった。三人目は枝の上に横になっていたのだろう。遠目には盛り上がった瘤にしか見えなかったが、近付いて見てみると辛うじて顔が判別できるぐらいしか原形を留めていなかった。かなり前に取り込まれてしまったのだろう。

しかし、そんな三人を目にしたおかげか私達はいい意味で緊張感を切らすことなく登り続けることができている。アレクとの関係も良好だ。登ってる最中にほっぺにチュッとするほどに。この行為のおかげでアクロバティックな登り方をすることとなり、登るという作業にも緊張感が出てきた。

とっくに下が見えないほどの高度なのに何をやっているのか……私達のクライミングスキルはかなりのレベルに達したような気がする。筋力や握力だってすごいことになってないだろうか。たぶん違うな。技で登っている気がするもんな。




そして、超えた枝の数が二千を超えると、遂に景色に変化が現れた。あれほど広かった枝ぶりが人間一人寝るのがやっとぐらいの細い枝へと変わったのだ。その代わり数が多い。今までは同じ高さの幹に対して一本しか枝が存在していなかったが、ここからは本当の木登りができそうなほどたくさんの枝が生えている。むしろクライミングをするには邪魔と言っていいだろう。やってくれるぜ……




うーん、落ちる危険が減ったのはいいが、かなり登りにくい。その代わり全然疲れない。そりゃそうだ。そこらの木登りとほとんど変わらないんだから。きっとペースも落ちているだろうな。




そして大問題が発生した。枝の狭さと不安定さだ。一人で座ったり横になる分には問題ないだろう。だが、アレクと二人で楽しむにはいささか厳しい。

しかもカムイだ。全長二メイル半はあるため、このような枝が密集したエリアを登るのに苦労しているし、休憩だってしにくい。コーちゃんは相変わらずするすると登っているが。


その上、まだ問題がある。休憩のタイミングだ。さっきまでは枝を何本と数えており、一本ごとに休憩ができた。しかし、ここは途切れなく枝を登り続けているため、全くタイミングが分からない。どうしたものか……




登っていると、意外なことに頭がぼーっとしない。ただ壁を登るだけより動きが複雑だからだろうか? 壁を登る方が難しいはずなのに。


「意外とこの動きって面白いね。カムイには悪いけど。」


「そうっ、ね。さっきまでと、違うせいかっ、新鮮でいいわね。」


「ピュイピュイ」


コーちゃんは登りやすいと言っている。


「ガウガウ」


カムイはやはり登りにくいのね。仕方ない、休憩を多めにとりながら登るとしよう。しかしこの枝じゃあカムイは休みにくいよな。そもそもここの神はカムイのような魔物が登ることを想定しているんだろうか? 大抵この手の試練ってのは人間用ってイメージだもんな。

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