第1012話 母の禁術

ヴァルの日。私もアレクも目を覚ました。

しかし二人とも……


「アレク……起きれる……?」


「きついわね……全身が痛くて……」


「僕も……」


身体強化の良いところは筋肉だけでなく、骨まで強化されるというところだ。だからあれほどオーガを殴りまくったアレクでも、骨は痛めていない。つまり、痛みを我慢すれば歩くことぐらいできるはずなのだ。しかしこれでは……


「アレクは休んだらどう? 僕はちょっとクタナツに用があるからさ……」


「そうはいかないわよ……」


「じゃあせめて学校までは一緒に行こうよ。」


「ええ。お願いするわ……」


それから私たちはどうにか食事をとり、魔法学校へと向かった。校門にてアレクを見送る。次に会えるのはまた二週間後だ……




それから私はどうにか北の城門まで歩き、クタナツへと飛び立った。街中を飛ぶのはマナー的によくないし、カムイに乗るのは規則的によくない。馬車を呼ぶのも面倒だったため、歩くしかなかったのだ。




クタナツ南門に到着。ここからギルドまで……頑張って歩こう……




着いた……キツすぎる……もう少しで受付だ……並ばないといけないな……

ちなみにカムイは外で待っている。




「いらっしゃいませ。ご用件は?」


二十分待ってやっと私の番が来た。


「組合長に用事があります。いらっしゃらなければ伝言をお願いできますか?」


「ただいま不在ですので伝言を承ります。どうぞ」


「七等星昇格試験を領都で受けることになった、とお伝えください。色々と事情がありまして。」


「承りました。ご用件は以上ですか?」


「獲物を売りたいと思います。大量にありますから倉庫に出しましょう。」


「ええ、お願いいたします」


マスタードドラゴン以外は全て売ってしまおう。結構いい値段になるはずだ。今度残高を確認するのが楽しみだぜ。


よし、実家に顔を出そうかな。




「ただいま。」


「あらカース、おかえり。調子が悪そうね?」


「おかえりなさいませ。」


母上とマリーがいた。二人してお菓子とお茶を囲んでいるではないか。楽しそうだな。


「身体強化を使いすぎちゃってさ。全身が痛くて仕方ないんだよね。」


「また妙なことをしたのね? それなら自然に回復させるべきね。でも、そうね……カースも成人したことだし、禁術を教えてあげてもいいわね。」


「禁術?」


それは興味深いな。


「そう、禁術よ。多用するとろくなことがないけれど、カースなら大丈夫よ。きっとね。」


「うん、ありがとね。どんなの?」


「体から痛みを取り去る魔法よ。本来は他人にかけて死ぬまで戦わせる魔法だけど、うまく制御すれば自分の痛みを消すことができるわよ?」


さすが母上。恐ろしい魔法を知っているな。


「すごいね。ぜひ覚えたいよ。」


「じゃあ詠唱を書いてあげるから待ってなさい。お茶でも飲みながらね。」


「うん、いただくよ。」


私がそう言うのと同時にお茶が出てきた。マリーもさすがだ。あ、香ばしい。ほうじ茶に近いかな。おいしい。




飲み終わる頃、母上が戻ってきた。


「この紙は覚えたら焼き捨てなさい。誰かに使うのは構わないけど、誰にも教えてはダメよ?」


「押忍!」


人の顔と名前を覚えるのは苦手な私だが。詠唱を覚えるのは得意なんだよな。

どれどれ……


『フーダンナ シンシーム ショーコーウ イッサーグ ジンジョーム コーショーム ヒッシーメ ツドーガン ジョウジューラ 抑圧されし魂よ 陀利華だりけに囚われた精神よ 郡生海ぐんじょうかいより解き放ち 忘我の境地に参らせ給え 無痛狂心』


召喚魔法並に長い詠唱だな。でもバッチリ覚えたぞ。でもどうも物騒なんだよな。自分に使って大丈夫なのか?


「感覚を掴むまでは魔物を実験台にするといいわね。それじゃあちょっと見本といこうかしら。」


「え? 今から見本を見せてくれるの? お茶会をしてたのに悪いね。」


「大した手間じゃないわ。行くわよ?」


「押忍!」


持つべきものは凄腕の肉親だな。ありがたいことだ。


私達はマリーが御者をする馬車にて北の城門から北東へと向かった。北へ向かう街道沿いは魔物がほとんど出なくなったらしい。それにしても馬車の振動が響く……ペガサスが曳いてるんだから浮いてもいいのに……さすがに無理だな。いや? 待てよ……『浮身』客車部分を浮かせた。


これでいい。振動はなくなるし、マルカにも負担がなくなる。グッドアイデア。


あっと言う間にグリードグラス草原まで到着した。マルカのやつ、途中空を飛びやがった。やはりペガサスは違うね。


「さあカース。適当に魔物を集めてきなさい。」


「押忍!」


マルカがいることだし、あんまりワラワラと集めてしまっては可哀想だ。ほどほどにしておこう。『火球』


そして待つこと十五分。ぼつぼつと寄ってきた。二尾トゥテイルコヨーテが三匹か。


「来たわね。見てなさい。」


『無痛狂心』


当然だが母上は詠唱などしない。すると、一匹が突然隣にいる仲間に噛み付いた。いや、それどころか一息で胴体を喰いちぎった。無傷のもう一匹から噛み付かれているがお構いなしだ。そのまま絶命した仲間の肉を食らっている。自分の腹から出血が始まっているのに。


結局そいつが仲間を食い散らかす頃、そいつの腹は大きく裂かれ腹わたが飛び出していた。そこまでの状態になってようやく標的を無傷の一匹へと変更したようで、自分の腹わたが食われるのも気にせずに食い合いが始まった。


最終的に母上が魔法をかけた奴が勝ち残ったが、まだ生きているのが不思議な状態だ。ほとんどの内臓が食われているのだから。


そこに血の匂いをかぎつけたのか、次々と魔物が現れた。


「じゃあ応用を見せるわね。」


母上の魔法は見事だった。まるで私達が見えてないかのように魔物は味方を襲っている。そうかと思えばいきなり交尾を始めたり、眠り込んだり。こちらに襲いかかる個体もいた。そのような魔物はマリーの『葉斬』によって致命傷を与えられているが、わざとトドメは刺してないようだ。腹を裂かれ、手足を捥がれても、魔物は平然と襲いかかってきた。死ぬ瞬間まで元気であるかのように。恐ろしい魔法だ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る