第931話 辺境伯との約定

今まで黙っていたリゼットを辺境伯の前に立たせてダミアンは話し始めた。


「この度このリゼット・マイコレイジと婚約をした。俺の正室となる。正式な発表は来週末の子供武闘会にてだ。」


「辺境伯閣下、お久しぶりでございます。夜分に恐れ入ります。マイコレイジ商会のリゼットでございます。この度ご縁があってダミアン様と人生を共にすることになりました。これからお義父様とお呼びできればこの上ない僥倖でございます。」


「ほう? マイコレイジ商会を味方に付けたか。お前にしては上出来だ。それなら少しはドストエフに対抗できるやも知れぬな。しかし良いのかリゼット嬢よ? ダミアンが負ければ全てを失うやも知れぬぞ。そなたの身命はおろかマイコレイジ商会に関わる全てをな。」


おや? もしかして長男は長男で金蔓を持ってんのか? 抜け目がない奴だわ。


「これは辺境伯閣下のお言葉とは思えませぬ。ダミアン様にはカース様が付いておいでです。それどころか瀕死だった私達が無傷で生きている理由を考えればいっそ政敵が哀れなぐらいですわ。」


「くっくっく。魔王のみならず魔女か。カース君、全員の関所破りの罪を見事に揉み消した手腕は評価しよう。とても成人したばかりとは思えぬよ。むしろ、よくバレていると気付いたものだ。」


おやおや、やはりバレてたのか。危ない危ない。絶対バレてないと思ったんだけどな。保身のための提案をしておいてよかったわー。いくら私でも関所破りがバレたら大人しく捕まるしかないからな。領都を更地にしてまで逃れようとは思わないもんな。


「いやぁバレてなければいいなーと思ったんですけどね。私はともかくダミアンとリゼットを罪に落とすわけにはいかないもので。今回の攻防は引き分けですかね。」


むしろ私だけが損をしてるんだけどね。まあいいや。


「そこまでダミアンに肩入れしているのならいい方法があるぞ? ダミアンを辺境伯にするためのな。」


「いえ、それは結構です。お気持ちだけいただいておきます。ダミアンとは約束をしたのです。辺境伯になれなければ死んでもらうと。私も気が向けば力を貸すでしょうが、積極的に支援するつもりはありません。」


そもそも白金貨四百枚も放出したんだぞ? 積極的すぎるだろ。これ以上は過分ってもんだよな。


「ほほう。ダミアンよ、えらく見込まれたものだな。せいぜい死なぬように気張るがよい。おお、そうだ。カース君に一つ面白い情報を教えてあげよう。」


「何でしょう?」


「現時点で最も辺境伯の座に近い男、それはな……」




「そっ、それは……?」


リゼットが消え入りそうな声で返事をした。そりゃあ気になるよな。


「クタナツ代官レオポルドン・ド・アジャーニだ。さて、話はこれまでだ。私はまだ仕事があるのでな。」


「手伝うぜ。」


「お邪魔でなければ私も。」


「では私はこれにて失礼します。お時間を割いていただきまして、ありがとうございました。」


「うむ、いつでも来てくれ。例の件も動き出したなら真っ先に相談するからな。」


「ありがとなカース。助かったぜ。」


「ありがとうございました。またお打ち合わせにあがりますね。」


ダミアンもリゼットも内心の動揺がまるで見えない。まさかここでクタナツ代官の名が挙がるとはな。辺境伯の長女の婿である上に王国宰相の孫。血筋は問題ないどころか良すぎる。むしろよくそんな人事を考えられるよな。フランティアごとアジャーニ家に乗っ取られかねないってのに。それともこの食えないオッさんのことだ。逆にアジャーニ家を乗っとる算段まで付けていてもおかしくはない。それぐらいできてこその辺境伯なのだろうか。




だいぶ遅くなってしまったな。今週末は大会か。それまで何をしてようかな。とりあえず明日は昼過ぎまで寝る。起きてから考えるとしよう。


「ピュイピュイ」


あはは、コーちゃんはヒマだったよね。早く帰ろうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る