第794話 母校の校長

私はクタナツに帰ってきた。さっきクタナツから領都に行ったばかりだったのに。目的地は……学校だ。


フランティア領クタナツ初等学校、通称『学校』だ。

クタナツにはもう一つ中等学校があるが、そちらは通称『中等』。学校と呼ばれるのは私が卒業した初等学校のみだ。


生き字引のような校長を訪ねて来たのだ。果たして今日はいるのだろうか。


おっ! 発見! あれはウネフォレト先生! 懐かしき担任だ! いや、結婚して家名が変わったんだったか……


「先生! お久しぶりです! マーティンです!」


「まあ! マーティン君! お久しぶりね! 活躍は聞いてるわよ!」


「先生もお変わりなく。いつもキアラがお世話になっております。本日は校長先生はいらっしゃいますか? 相談に来ました。」


「ええ、いらっしゃるわ。校長室に行ってごらんなさい。」


「ありがとうございます!」


母校って懐かしいものだな。卒業してから四年半か……ここは変わらないな。




「失礼します!」


「おや、マーティン君ではないですか。クタナツに居着かないと聞いておりましたが、ようこそ学校へ。」


校長室へ招き入れられ席を勧められた。


「それで、今日はどうしました?」


「相談があって来ました。校長先生、本物の『毒針』ってご存知ですか?」


「本物……ですか? その言い方ですとスパラッシュさんのことではないのですね? 私が知っているのはもう三十年以上は昔の話です。しかし今になってどうしてそんなことを知りたいのですか?」


私は事情を説明する。ダミアンの危機ではあるが、それ以上にスパラッシュさんの名誉を汚されたような気持ちになっていることも伝えた。


「……と言うわけでして、毒針はスパラッシュさん一人でいいと思っています。本物なんか存在せず、もしいるのであれば僕が始末します。」


「ふむ、そうですか。ならば私が知る限りのことはお話ししましょう。長くなりそうです、お茶を淹れましょう。」


「ピュイピュイ」


コーちゃんはお茶と聞いて喜んでいる。


「もちろんコーネリアスさんの分もありますよ。」


「ありがとうございます。」

「ピュイピュイ」




「さて、私が初めて毒針の名を聞いたのは四十五年ぐらい前です。正確にはそこから三年後ですが……

当時の私はただの駆け出し冒険者でした……」


その頃のクタナツにも強力な冒険者は数多くいたらしい。しかしトップの一握りを除いて横暴、傍若無人な者がほとんどだった。その中で駆け出しの校長は幾多も理不尽な目にあってきた。

獲物、素材の搾取、横取り。気紛れに振るわれる暴力。泣かされる女性。

そんな奴らでも魔物の『大襲撃』時には貴重な戦力となっているため野放しにされていた。

中でも被害が酷かったのは校長の三つ歳上の小男『アイギーユ』

針のようにか細い体をしていたため、より一層搾取の対象となっていた。食うにも困り、体は痩せ細り……それでもギルドに顔を出しては小さな依頼をこなしていく。誰とも喋らず助けも求めず、唯々諾々と獲物や稼ぎを巻き上げられる日々。


そんな日々が三年も続く頃、校長はふと異変に気付いた。

体も大きくなり実力も付いてきた校長は絡まれる回数が減りつつあった。しかし、ある日から全くと言っていいほど絡まれなくなった。

いつも憎々しい顔をして獲物を巻き上げる『デドン』、戯れに暴力を振るう『ゲドサレ』、狩りの獲物を横取りする『バンデフ』。そしてそいつらのパーティーメンバーが誰一人としてギルドにいないのだ。いや、そいつらだけではない。他にも外道達はたくさんいるが、思い起こしてみれば、そいつらの姿を見なくなって久しい。

冒険者が魔境から帰って来ないことなんて珍しくない。しかし、そんな奴らがまとめて姿を消したことが校長の勘に引っかかった。

そしてもう一つ、アイギーユの姿まで見えないではないか。彼は毎日同じような依頼をこなし、必ず夕方までにはギルドへ帰ってくる。泊まりが必要な仕事が出来るような腕前ではないのだから。


「それから……アイギーユさんの姿を見ることはありませんでした。それに代わるかのように毒針の名が聞こえ始めたのです……」


「じゃあそのアイギーユさんが毒針なんですか?」


「分かりません。何の確証もないことです。私はただ事実を話しただけですよ。もしもアイギーユさんが生きていたとしても六十は過ぎております。」


「そうですか……他に特徴はないですか?」


「そうですね……実は全く覚えてないのです。三年も同じギルドで生き抜いてきたはずなのに……顔も、声も。マーティン君に聞かれるまで名前すら忘れていました。針のように細い体というのもよく思い出せたものだと思います。」


「なるほど……ありがとうございます。」


クソ……本当に毒針なんて奴がいたのか……だったらスパラッシュさんはなぜわざわざそんなヤバい奴の名を名乗ったんだ?


「ところで、校長先生はスパラッシュさんとはお知り合いだったりしますか?」


「数回面識がある程度です。彼がすでに冒険者となった後のことです。なぜ毒針を名乗っていたのか聞いたことがあります。」


「それは……どうしてだったのですか?」


「約束だから言えないと、言われてしまいました。恩人だからと。」


恩人だと!? 毒針がスパラッシュさんの恩人だってのか!? くそ! さっぱり分からん!


「そうですか……」


「私が知っていることは以上です。なぜ殺し屋稼業に手を染めたスパラッシュさんが捕まることもなく冒険者として生きていけたかは知りません。聖女様やマーティン卿のお力かとは思いますが。」


「なるほど、うちの両親が……」


「彼が殺し屋として生きていた期間は十数年ぐらいでしょう。ルイネス村の村人でしかなかった彼が一体どこであれほどの手腕を身につけたのか……

私が聞いた毒針の仕事はどこまでが本物でどこからがスパラッシュさんなのかも分かりません。そもそも当時は犯人不明、原因不明の死体が出る度に毒針の仕業とされておりました。騎士団も貴族の死体でもない限り、あまり熱心に調べませんでしたしね。」


犯人不明はともかく、原因不明だと? 外傷がないってことか? 毒針って名前からすれば毒の針を急所にでも刺すイメージだが……

その針の痕すらないってことか……司法解剖なんかあるわけないんだから見落としてる可能性はありそうだが。


くそっ! さっぱり分からん! 仮に……その毒針が動き出したとするなら、毒針に仕事を繋いだ『蔓』が存在するはずだが……その辺りはラグナやダミネイト一家の方が詳しいか。


「校長先生、ありがとうございました。大変参考になりました。これはお土産です。皆さんで召し上がってください。」


「迷った時はいつでも来てください。今日のお話は他の先生方にも伝えておきますので、何か分かったことがあればマーティン家に伝えるようにしましょう。それにしても、これは海の魔物でしょうか? それに貝類まで、ありがたくいただきます。」


「ヒュドラです。オースター海の北の方で遭遇したもので。あ、山岳地帯でベヒーモスは見かけませんでしたが、アースドラゴンは見ました。かなり強そうだったものでスルーしましたが。」


「なんと! ヒュドラを! それに山岳地帯ですと!? やはりマーティン君、君は素晴らしい。昔も言いましたが、私は君の行動全てを誇りに思います。これからのクタナツをよろしくお願いします。」


「頑張ります。」


これしか言えないよな。ただ校長ほどの男に誇りに思うと言われるのは本当に誇らしい。


「ああ、一応組合長のドノバンにも話を聞いてみるといいでしょう。私が覚えてないことを覚えているかも知れません。」


「分かりました。ありがとうございます!」


よし、久々にクタナツギルドに顔を出してみるとするか。

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