第792話 毒針と毒針

正門を開け中に入る。今日もダミアンは昼から酒を飲んでいるのだろうか。


「ボス……豪邸じゃないかぁ……どんだけ悪い事をしたらこんな豪邸に住めるのさぁ……」


「いや、タダだったぞ。それよりここにはお前の上司と後輩がいるから仲良くしろよ。」


「タダ……さすがボスだねぇ。分かってるさぁ。アタシは真人間だからねぇ。」


玄関から中に入ると、いつもの声が……聴こえてこない?

え!? ダミアンの奴いねーの?


「おかえりなさいませ。」


「ただいまリリス。こいつは先輩な、ここで働くわけじゃないけど。」


「リリス・キスキルでございます。坊ちゃんに奴隷として買われ、ここで働かせていただいております。」


「ラグナ・キャノンボール。ボスに組織を潰されて真人間になる契約魔法をかけられちまってねぇ。アタシの職場は魔境のど真ん中だってさぁ。」


初めて知ったぞ……リリスの家名はキスキルって言うのか。私も聞かなかったけどさ……


「それでダミアンは? あいつがいないのは珍しいな。」


「ダミアン様はここニ、三日ほどいらしておりません。行き先はお聞きしておりません。」


「ふーん、そっか。分かった。」


やれやれ。せっかく相談に乗ってやろうかと思ったのに。それにしても『行き先』って何だよ……ここが自宅か?

楽園には明日の朝ぐらいに出発しようと思っているが、それまでなら時間を割いてやるのもやぶさかではないぞ。


とりあえずラグナとコーちゃんを連れて、いつか行った賭場に行ってみよう。カムイは留守番をしてくれるそうだ。えらいぞ。


道中はラグナと軽く打ち合わせをする。


「ダミネイト一家って知ってるか?」


「あぁ、名前だけねぇ。アタシらニコニコ商会は王都の外に進出しないのがポリシーだったからねぇ、外のことはそこまで詳しくないさねぇ。」


「そうらしいな。そんならクタナツにシンバリーが行ったのはどうしたことだ?」


「あぁ、ありゃあ仕事を頼まれたからさぁ。シンバリー向きの依頼だったってこともあるけど、報酬が美味しかったのさぁ。数人のボンクラ貴族をハメるだけで金貨二千枚だったかねぇ? そのうち半金は前金だしねぇ。」


「偽勇者が依頼してきたってのか?」


今さらだけど、この話をラグナから詳しく聞いてなかったんだよな。あんまり興味なかったし。


「あん時ぁ笑いを堪えるのが大変だったさぁ。服はド紫だし自分をムラサキ・イチローなんて言うしさ。あいつ、ボスが殺っちまったんだろ? 勿体ないねぇ。」


「ん? あんなバカに何か用があったのか?」


「あいつねぇ頭はイカれてたけどアッチの方はマジに勇者だったよぉ。あれで頭がまともならアタシの旦那にしてやってもよかったんだけどねぇ?」


さすがラグナ……すでに味見まで済ませていたのか……


「そりゃまあいいや。そのダミネイト一家に関連するんだが、辺境伯家の放蕩三男って分かるか? そいつが殺し屋に狙われてるらしいんだ。それも一流どころに。」


「確かダミアンって言ったかぃ? ボスのダチなんだろぅ?」


「ああ、そいつだ。二年前の騒ぎで王都を追われた連中がいるらしい。そんな奴らが狙っているらしい。心当たりはないか?」


「あるわけないさぁ。一流の殺し屋、それもフリーの奴らに連絡をつけるには『つる』と呼ばれる仲介人を通すしかないのさぁ。当然ウチにも一流と呼ばれる殺し屋を手配できる蔓は何人もいたさぁ。でもねぇ……」


「でも?」


「ぜーんぶ死んじまったよぉ? 剣鬼に斬られちまったのさぁ。蔓から殺し屋から全部だ! こちとら王都一の闇ギルド、ニコニコ商会だよ!? いっくら天下の剣鬼様が相手だって一歩も引くもんかぃ! 総力戦さぁ! 全ての蔓、殺し屋、同業者、配下の組織! ウチ以外も総動員さぁ! でも全部だ! まるで草でも刈るように! 全部斬られちまったんだよぉ!」


さすが先生。惚れ惚れするぜ。でも雑魚が十数人ぐらい生き残ってたよな。セグノも生きてたし。全部じゃないじゃん。どうでもいいけど。


「お前が無事でよかったよ。よく先生に狙われて生きてたな。」


「そりゃ幹部達が命を懸けて逃してくれたからさぁ。あれを見ちまったらねぇ……討ち死するわけにもいかないさぁ……まあ、ボスには感謝してるよぉ。少しはねぇ……」


正直な奴だ。契約魔法がかかってんだから当たり前か。


「つまり心当たりはないってことだな?」


「ないねぇ……あるとすれば王都の外に住んでる連中かねぇ。ローランド王国は広いからさぁ……あちこちに盗賊村みたいなのがあるのさぁ。知らぬは村長ばかりなりって村もあるしねぇ。それ関係でアタシが知ってる情報は全てゼマティスの旦那に教えてあるよぉ。」


なるほど。ならば王国の捜査はそこまで及んでいるだろう。とっくに壊滅してるかな。


「分かった、ありがとよ。ところでラグナ、手本引きは好きか?」


「あぁ好きだねぇ。何だいぃ? 真っ昼間から賭場かぃ?」


「正解。ダミアンが居なかったら遊んで行こうか。ほい小遣い。」


「金貨五枚かぃ。昔なら一時間と持たない額だけど、今は嬉しいねぇ。ありがとよぉボス。」


さて、賭場に到着。


「こんにちは。ダミアンは来てる?」


「……おられません……」


「じゃあダミネイト一家の愉快な三人組は?」


「……お待ちください……」


愉快な三人組で通じるのかよ。




「オメー、魔王!」

「マジで!?」

「俺らぁを助けに来たんか!?」


「そんなところかな。ダミアンはどうなってる?」

「ピュイピュイ」


コーちゃんも心配しているぞ?


「無事だ。ご自宅で外出を控えていただいている」

「マジだぜ!」

「俺らぁが不甲斐ないからよぉ……」


「それで殺し屋の目星は?」


「皆目だ……ただ確信できない情報として『毒針』と呼ばれる奴がいるらしい……」

「マジかどうかは分からねぇ」

「俺らぁも探っちゃいるんだがよ……」


毒針だと!? それは聞き捨てならないぞ。


「毒針だって!?」


「ラグナ? 何か知ってんのか?」


「そんなの知らない方がどうかしてるさぁ。『必ず殺す毒の針』顔も本名も割れてない超一流の殺し屋じゃないかぃ。二十年ぐらい前から話を聞かなくなったのが気になるねぇ。」


ん? スパラッシュさんのことではないのか?


「スパラッシュ・ハントラって知らない? 俺はその人が毒針だと聞いたが?」


「聞いたことぐらいはあるねぇ。偽物だろぉ?」


「はぁ!? スパラッシュさんが偽物だと!?」


「ボスが言ってるのはクタナツの六等星スパラッシュだろぉ? ヤコビニを仕留めた腕前は聞いてるよぉ? 裏の噂じゃあいつは毒針を騙ってたらしいねぇ。」


なんだと……




ラグナの推測によると、スパラッシュさんは毒針と面識があるらしい。しかも二十年前まで聞こえていた毒針の噂はスパラッシュさんか毒針本人か区別がつかないとか。ただ、かなり昔から毒針の噂はあったらしくその辺りからスパラッシュさんは本物ではないと目されていたとか。


なーんかすっきりしないな。スパラッシュさんが偽物だと? 本物の毒針は超一流の殺し屋だと? じゃあスパラッシュさんは二流だとでも言うのか!?


クソっ!

ムカついてきた!

どんな事情があるのか知らないがスパラッシュさんの名誉が汚された気がする。殺し屋に名誉もクソもないとは思うが、それでも無性に腹が立つ。

そりゃあ名前を騙ったスパラッシュさんの方が悪いのかも知れないさ! でも知るか! ムカついてきたんだよ! 何が本物の毒針だよ!

毒針はスパラッシュさんただ一人でいいんだよ!


「お前ら……情報が入り次第全部俺に持ってこい。殺し屋が何人いようが……皆殺しにしてやるよ……」


「魔王……」

「マジで頼む!」

「俺らぁも全力でいくからよお!」


「ラグナ。お前はこの近辺にツテはねーのか? さっき言ってた心当たりはよ?」


「あぁ、あるにはあるよぉ? ただし摘発されてなければねぇ?」


あんまりアテにはならないか……ならば!


「ラグナ! 自由に動いて殺し屋を見つけてこい。お前が自分で殺してもいい。どっちでも一人につき大金貨一枚やる。この件が解決したらどんな高級奴隷でも買ってやる!」


「そいつぁゴキケンだねぇ。こいつらを手足に使っていいのかぃ?」


「いいぞ。おう、お前ら。こいつはラグナ・キャノンボール、王都一の闇ギルド『ニコニコ商会』で最後のボスとなった女だ。情報を共有して共同戦線だ。俺らが殺し屋を全滅させてやるからよ。」


「ニ、ニコニコ商会だと……」

「マジかよ……」

「俺らぁダミネイト一家だからよ! 負けねぇぜ!」


私はラグナに金貨を百枚ほど渡し、自由に動かせることにした。蛇の道は蛇だもんな。ダミアンのことを抜きにしても、この件は全力で取り組んでやる……

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