第768話 サンドラの夏休み

カース君に王都からフランティア領都に連れてきてもらってもうすぐ十日。そろそろカース君達も帰って来るころかな。


私はスティード、セルジュと久々の逢瀬を楽しんでいた。王都での事件はきちんと伝えた。二人とも事件そのものにはとても驚いていたけど、カース君の活躍にはあまり驚いてなかった。私もよ。



私達三人は今から三年半後に結婚する予定だ。それぞれが今の学校を卒業した時点で婚約、それから次の学校……私は高等学院でスティードは近衛学院、セルジュは貴族学院……を卒業したら結婚だ。


名目上はセルジュのミシャロン家に私が嫁入りし、そんな私にスティードが婿入りする。ローランド王国で多夫一妻は別に珍しくない。ただしそれは貴族か、裕福な平民の場合だ。私は元貴族で現在はギリギリ平民。フランティアでの秋の大会、三年連続優勝が無ければ弟もろとも奴隷階級に落ちていてもおかしくなかった。


セルジュは下級貴族だけどミシャロン家の当主になるだろう。スティードも下級貴族だけどほぼ間違いなく近衛騎士になれる。そして私も……


カース君に習った学問がこんなに役に立ってくれるなんて。もう何回助けてくれたか分からない。私の体なんかではとても払いきれないぐらいだわ。まあ……体で払うとアレックスちゃんへの裏切りになるし、あり得ないでしょうけど。

スティードもセルジュも私が抱き着くと喜んでくれるのに、カース君は無反応。私だって女なのだからプライドもある。そりゃアレックスちゃんと比べたら顔も体も勝負にならないことぐらい分かるけど……

カース君なんて昔は冒険者のキレイなお姉さんを見てデレデレしてたくせに! すぐ顔に出るんだから。


「うーん、サンドラちゃん……おはよう。」


「おはよう。よく寝てたわね。」


昨夜はセルジュと同衾していた。ちなみにここはカース君の豪邸。遠慮なく使わせてもらっている。セルジュの部屋も悪くないのだけれど、あっちは寮だしね。

ここのメイドさんはとても優しい。当主が留守なのに私達の世話をきちんとしてくれる。ただ、あれは客に対する態度ではなく、我が子をかわいがる親のようでもある。


「朝ご飯は何かしらね?」


「ここのメイドさんは料理が上手だよね。何て言うか毎日食べたい味だよね。カース君はお袋の味って言ってたかな。」


「お袋って古い俗語よね。ホント、カース君って変なことばかり知ってるんだから。」


そんな会話を楽しみつつ、私達は食堂へ向かう。


「おはようございます。朝食にされますか?」


新人のメイドさんだったかしら?


「ええ、お願いします。スティードはもう起きてますか?」


「はい。庭に出ておられます。お二人が起きてこられたら一緒に朝食をとお聞きしておりますので、少々お待ちを。」


さすがにスティードは朝が早く、いつも稽古を欠かさない。王国一になっても慢心はないようね。セルジュだって三年生の夏からずっと首席をキープしているようだし私には過ぎた男達だわ。


「サンドラちゃんもセルジュ君もおはよう。」


「おはようスティード。今日も頑張ってるわね。」

「おはよう。すごい汗だね。出かける前にお風呂かな?」


「いやー朝の稽古は気持ちがいいよ。たまにはセルジュ君もやろうよ。お風呂は食べてから入ろうかな。」


お風呂と言えば、ここのお風呂はすごい。一握りの貴族しか所有していない湯船、マギトレント材を使って作られているのだ。そのため、いつもお湯はきれいだし、いつ入っても温かい。その上疲れは取れるし魔力だって回復する。とんでもなく贅沢なお風呂だ。


「今日は演劇だからね。楽しみだよ!」


「ええ、フランティアって演劇のレベルが高いのね。まあ私、王都で演劇って見たことないけど。」


私はこの十日間で四回も演劇に行ってしまった。三人で行ったこともあれば、どちらかと二人だったこともある。私は、演劇にすっかりのめり込んでしまったのだ。

喜劇、悲劇、戦記、悲恋。どれも面白かった。なぜこんなに面白いのだろうか。過去に起こった出来事が元になっているため、勉強になることは間違いないのだが。


「お待たせしました。たくさん食べるのよ!」


マーリンさんだ。朝からすごい量の料理を運んで来た。


「いただきます。」


「特にサンドラさんは坊ちゃんから、たくさん食べさせるよう言われてますからね。残してはダメですよ?」


それは聞いてる。カース君は私のことを何だと思っているのだろうか。欠食児童? これでも節制して太らないよう注意してるのに。


スティードもセルジュも難なく食べている。セルジュのお腹は丸くて好きだ。




さあ、食事も済んだしお出かけね。今日は午前で一つ、午後からもう一つ見る予定なの。楽しみだわ。


午前の演目は『英雄辺境開拓記』

現在フランティアを治めておられる辺境伯閣下のご先祖、ドリフタス・ド・フランティア様の一代記だ。まだ魔境の一部でしかなかったこの地を見事切り拓き、当時の国王陛下から辺境伯の爵位をいただくまでの立身出世を描いた物語だった。

あ、辺境伯と言えば驚いたのがカース君の豪邸に住んでいる知らないお兄さん。居候のダミアンって自己紹介されたけど、すぐにセルジュから辺境伯閣下の三男様って知らされた時はびっくりしたわ。放蕩三男と言えば誰でも知ってるお方が何でこんな所に? 色々あってソルダーヌ様とは仲良くさせてもらっているから話には聞いていたけど。カース君のような変人の近くには変人が集まるものなのね。


あっ、劇はついに最高潮。ドリフタス様が魔物達のボス、ブルーブラッドオーガロードを討伐するシーン。舞台上では激しい剣戟が交わされている。すごい……とても役者さんとは思えないレベルだ……


「これにてお終い 畜生の 命に代わる 我が身の栄達!」


何て酷いセリフ……なのに途轍もなくカッコいい……これこそが冒険者。男は自分の出世のためにこそ戦うべきだという教えがヒシヒシと伝わってくる。


「御命頂戴 ケダモノよ 我がダンビラの 露と消え失せ!」


ブルーブラッドオーガロードが断末魔の悲鳴をあげながら舞台に倒れこんだ。客席はシーンと静まり返り、誰しもが呼吸すら忘れたかのよう。


「憎っくきオーガの 素っ首を ドリフタス・フランティアが あ、討ち取ったりぃぃぃーーーー!」


そこで会場は大盛り上がり。全員総立ち、拍手喝采。もちろん私達も手は叩くわ声はあげるわ、もう最高! ダミアン様のご先祖様、カッコよすぎるわ!




劇場を出た私達は近くのカフェで食事をする。


「最高だったわね。今でも辺境の英雄って言われるのが分かるわ!」


「平民生まれが英雄とまで呼ばれるんだもんね。すごいよね!」


「僕らも卒業したらどこかに領土を狙ってみるかい? 僕の剣とセルジュ君の魔法でさ。そしてサンドラちゃんが領主になって発展させるの。」


「スティードにしては珍しい意見ね。」


「僕は嫌だよー。上級貴族になって領地経営なんてきっとロクなことがないよ。」


「ははっ、それもそうだね。やっぱり予定通り、お金を稼いでクタナツで大きな家に住む。これだね!」


先ほどの演劇がスティードの琴線に触れたのだろうか。堅実な彼にしては珍しい。そしてセルジュの言うことは正しい。アレックスちゃんから聞いたが、魔境を開拓して領地を得ようとすると他の貴族からの妨害が酷いらしい。やるならカース君のように誰も邪魔できないほど遠くでないと。


午後からの演目は『悪役令嬢サンドラの憂鬱』

偶然って怖いわ。公爵家の令嬢サンドラには幼い頃からの婚約者、ハインツ王子がいる。でもその王子は下級貴族の娘フランソワのあざとい仕草、言動に惹かれてしまう。その上サンドラはフランソワの仕掛けた謀略にまんまとハマってしまい悪役令嬢の汚名をかぶることになった。しかも王子からは公衆の面前で婚約破棄を言い渡されてしまう。泣き崩れるサンドラの元へ救世主が……


そこで終わってしまった。シリーズ物なのね。続きは一週間後か……見たかったな。王都でもやってくれないかしら。

それにしてもフランソワめ、どれだけたくさんの男を手玉にとる気かしら? 王子なら一人いれば充分でしょうに。フランソワか……昔、同級生にいたような……


偶然ね。さあ、帰ろうかしら。

私の家じゃないけれど。そろそろカース君達帰ってこないかしら?

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