第735話 イザベルと王太子
キアラやソルダーヌが楽しんでいた頃、イザベルは……王太子と踊っていた。妙に息が合っているように見えるのは気のせいだろうか?
「不思議な気分だ。そなたと再び会えた……それだけでなくこうして踊れる日が来ようとはな。」
「ええ。私も王都を懐かしんでおります。」
「あれからおよそ二十年か……そなたはますます美しくなった。アランに嫉妬してしまうな。」
「まあ殿下ったら。お世辞がお上手になられたのですね。アントワーヌ様に言いつけますわよ?」
「ははっ、それは勘弁してくれ。さあ、言葉は無粋だったな。今この瞬間を楽しむとしよう。」
「ええ、殿下。」
もしかしたら結婚していたかも知れない二人である。ごく一部では知られている組み合わせだ。アランと将来を誓い合っていたイザベルに横恋慕した王太子クレナウッド、当時は王子だったが、猛アタックを仕掛けたものの袖にされること数十回。袖にはするものの、イザベルは懲りないクレナウッドが嫌いではなかった。
しかし事態はあわや決闘にまで発展するかと思われたところで国王グレンウッド、当時の王太子の耳に入り窘められ、ひとまず鎮静となった。
そんな二人の間にはしっとりとした時間が流れている。羨ましそうに見つめる紳士に淑女。嫉しそうな視線を送る者もいる。アランは酒を片手に、にこやかに見守っている。内心冷や冷やしているのだろうか? それとも勝ち誇っているのだろうか?
そんなアランを取り囲むのは王都の貴夫人達。整った顔立ちに年相応の渋みを併せ持つアランはここでも注目の的だった。
「ねぇマーティン卿? クタナツってどのような所なんですの?」
「のどかで平和。とてもいい所ですよ。問題はあなた方のようなお美しい方がいないことでしょうか。」
「まあ! マーティン卿ったら! イザベル様がいらっしゃるのに悪いお方!」
「クタナツの騎士さんって普段は何をして遊んでらっしゃるの?」
「中々そんな時間はないんですよね。たまに部下を連れて飲みに行くぐらいでしょうか。これがフランティア領都ならば劇場に行ったりもできるのですが。」
「マーティン卿はお酒もお強いと聞いておりますわ。ぜひ当家にもお越しくださいな」
「ずるいですわ。うちにだっていらして欲しいのに」
「ここは平等に何かゲームでもして決めるべきですわ」
「お誘いありがとうございます。しかし明日には王都を発つことになりそうなのです。早めにクタナツに帰らないと騎士団をクビになってしまいますので。」
「まあ……明日なんですの?」
「ならせめて一曲だけでも……」
「そうですわ! ぜひともお相手を……」
「喜んで。ではレイディ? お手を。」
アランは様々な女性とダンスを楽しんでいる。上級貴族を相手に物怖じすることなく、堂々と踊る姿はとても元平民には見えないだろう。
「悔しいがアランの旦那は絵になる。魔女様が伴侶にお選びになっただけあるぜ。」
アステロイド達だ。王太子と踊るイザベルから目を離すことはないが、アランの動向も気になっていたりする。
「ああ、それに顔だけじゃねえ。あの足の運びを見てみろよ。踊ってんだか戦ってんだか分からねぇ隙のなさだ」
「しかもあの重心のブレなさと来たら相手の女はさぞかし踊りやすいことだろうぜ」
「お前なら一対一で勝てるかよ?」
「無茶言うな。接近戦じゃあ勝ち目はねぇ。アステロイドならいけるか?」
「難しいな。あの旦那は元平民で騎士のくせに、やたら魔力が高ぇーんだよ。ちっとでも離れたらスパスパ飛斬を撃ってきやがるぜ?」
「アステロイドでも無理か。やっぱ魔女様の旦那だけあるよな」
「しかもあの剣鬼の弟弟子だろ? 剣鬼にもみっちりシゴかれたんじゃねーのか?」
「あー、そりゃそうだわな。剣鬼か……」
「覚えってか? いつかのクタナツ道場でよ。アステロイドどころかゴレライアスまでよ?」
「忘れられっかよ。俺とゴレライアス、エロイーズにスパラッシュさんの四人がかりで手も足も出ねー。奴は酔ってる上に目隠しで木刀、レベルが違いすぎるぜ……」
「クタナツって怖ぇーとこだよな……」
「そういや剣鬼ってクタナツ生まれか?」
「いや、聞いたことねーな? お前知ってるか?」
「いや、知らん。アステロイドは知らねーのか?」
「知らねーな。モンタギューって姓からするとムリーマ山脈以南の中央部って感じがするがよ。おっ、魔女様が踊り終えられた。行くぜ。」
「おう!」
素早く、それでいて滑らかな動きでアステロイドクラッシャーの面々はイザベルの背後に控えた。アステロイドは飲み物を持ってイザベルに差し出している。
「ありがとう。ところで私は今月末まで王都に滞在することにしたわ。あなた達はどうする? 帰るなら明日ね。」
「もちろん我らも滞在します。幸い一ヶ月分どころか一年分以上は稼ぎましたので問題ありません。」
「そう。ありがとう。じゃあまたご褒美をあげましょうね。楽しみにしてなさい。」
「ま、魔女様、あ、ありがとうございます!」
メンバーには、歴戦の冒険者アステロイドがご褒美に喜ぶ子犬のように見えていた。ただし、本人も他のメンバーからそう見られているだろうことは自覚していたりする。
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