第675話 デビルズホールにて

夕方。ゼマティス家に戻った私達。

久々に会ったシャルロットお姉ちゃんも元気そうだ。


「カース! アンタ魔法が使えるようになったんですって!?」


「そうなんだよ。運が良かったみたいなんだよね。お姉ちゃんこそ、その首輪。頑張ってるみたいだね。」


そう、お姉ちゃんは循環阻害の首輪をしている。アレクは循環阻止の首輪だけど。私は何の首輪もつけていない。例の特注の首輪ですら無意味だもんな。


「まあね。だいぶ魔力も増えたわよ。これでも魔法学院の二年じゃあ首席なんだから。」


「おおー、さすがお姉ちゃん! やるね! あ、ところでデビルズホールって店知ってる?」


「アンタその店どこで知ったのよ? ロクな店じゃないらしいわよ。何でもうるさいぐらい音楽が鳴ってて酒と薬で踊り狂うらしいわ。だから入場料がすごく高いって話ね。」


「昼前に絡まれた奴らに聞いたんだよ。面白そうだと思ってさ。特にコーちゃんが行きたがってるんだよね。」


「ピュイピュイ!」


まさかコーちゃんは酒だけでなく、いけないお薬まで好物なのか?


「ピュイピュイ」


興味がある? 気に入ったら買って?

もー、コーちゃんは悪い子だね。仕方ないなぁ。用法、用量は守るんだよ?


「仕方ないわね。連れてってあげるわ!」


「いや、場所を教えてくれるだけでいいんだよ?」


「いいから! 私も行くの! いいわよね母上?」


「もちろんいいわよ。何事も勉強よ。まあお酒には気をつけなさいな。」


まあいいか。案内してくれるってんなら甘えるとしよう。あれ? 前にもこんなことなかったっけ? お姉ちゃんが案内するとロクなことがなかったりする? 実は自分が行きたいだけ?


ちなみに夕食にはギュスターヴ君もいるが私達に興味なしといった雰囲気だ。




さて、夕食を終えた私達は馬車で出かけることになった。お姉ちゃんには護衛付きだ。これも上級貴族の嗜みなのだろう。




到着。意外と兄上の家から近いな。外観はよくある酒場だが、漏れ聞こえる音はハードだ。ハードクラシックだ。ドラムのような音まで聞こえるじゃないか。どうなってんだ? ノリノリだな。

私達はお姉ちゃんに連れられて入口へと向かう。


「はーいレィディ? 一人金貨一枚だよぉ? ホットなグルーブでアゲアゲになろうぜぇ?」


だから何語をしゃべってんだよ。

護衛さんの分も含めて金貨四枚。私が出しておいた。たっか。


「はーいこいつを腕に巻いておいてね? 帰りに返してくれよぉ? ワンドリンクサービス付きだからね? そいじゃあ楽しんでねぇ?」


へえ、チケット代わりってことか。それにしても変な言葉をしゃべる兄さんだな。

私もアレクも酒など飲む気はないので、コーちゃんにあげよう。「ピュイピュイ」


重そうな扉を開けると、そこはまるで古き良きディスコだった。サタデーナイトにフィーバーしそうな趣きがあるな。ミラーボールが欲しいな。


「よーし踊ろうよ!」

「ええ!」

「ピュイピュイ!」


貴族のパーティーで踊るのもいいが、こんな所で踊るのもいいものだ。アレクったら早くも見様見真似でディスコダンスをマスターしている。すごいな。とても楽しそうに踊るじゃないか。

コーちゃんはいつものように私達の周りで首を縦に振りながらクネクネ踊ってる。かわいすぎる!

お姉ちゃんは手持ち無沙汰か。余計なことを考えずに適当に動けばいいんだよ。護衛さんも大変だよな。これだけ人だらけじゃあ護衛しようがないもんな。


「お姉ちゃん、こんな風に動くと楽しいよ!」

「こうですわ。このステップ、真似されてみてください。」

「ピュイピュイ!」


「わ、分かったわ……やってみる!」


護衛さんはそんなお姉ちゃんを温かい目で見ている。微笑ましいものだ。


それにしても周りの状況はひどい。どいつもこいつも酒のせいなのか薬のせいなのかは知らないが、ラリラリハッピーセットだ。奇声を上げてカクカクと動き回っている。楽しそうだなぁ。ナイストリップ!


そんな中、決まって現れるのが……


「ヒュー、君イカしてんじゃん?」

「ホントホント。もしかして常連?」

「俺らここの黒服なんだけどさ、一緒にフィーバーしない?」


黒服って何だ……

黒い服なんか着てないじゃないか。アレクよりお姉ちゃんに声かければいいのに。それにしても言葉遣いが新しいのか古いのか分からん。変な気分だ。


「間に合ってるわ。」


「そんなサガること言わないでさぁ?」

「そうそう。刺激が欲しくて来てるんだよね?」

「市販されてない薬だってあるんだよ?」


おっと、それはアウトだ。いけないお薬も気持ち良くなる薬も市販品以外は粗悪品と相場が決まっている。安かろう悪かろうってやつだ。儲かりもしない薬なんか売って何の得があるのやら。


「そこまでよ。」

『快眠』『麻痺』『重圧』


おや、シャルロットお姉ちゃん。大活躍じゃないか。問答無用でやっちゃったね。


「じゃあ私はこいつらを騎士団詰所まで連れて行くから。あなた達はゆっくりしてなさい。」


「分かった。ありがとね。」

「ありがとうございます。」

「ピュイピュイ」


もしかしてお姉ちゃんはこのために来たのか? 色々あるんだろうな。しかし現物を見る前にやってしまってよかったのだろうか?

別にいいか。私達は楽しく踊るだけだ。


ちなみにアレクはいわゆるお立ち台に上げられるほどキレッキレのステップで踊っていた。くそう、私の方が体力も身のこなしも上のはずなのに……ダンスの実力はアレクの方が数段上だった。今日初めてのはずなのに……さすがアレク。ミニスカートが眩しいぜ!


そしてお約束とばかりに音楽が落ち着きチークタイム。アレクに殺到する野郎どもを蹴散らして私と二人だけの時間。コーちゃんまで私達の首に巻きついてきた。さぞかし変な光景だろう。しかし構わない。私達が楽しければいいのだ。




ふぅ、少し休憩。カウンターの椅子に座って何か飲もう。


「冷たい紅茶をもらえる?」

「私も。産地はどこでもいいわ。」

「ピュイピュイ」


コーちゃんも紅茶だね。


カウンターの店員は、酒を頼んでくれないと売上にならんだろと言いたそうな顔で紅茶を用意してくれた。


「それからハイになる薬ある? もちろん市販のやつね。」


「あるけどさ、子供のうちから薬の常用は感心しないぞ?」


「俺じゃないよ。この子が欲しがってんだよ。高いやつね。」


「はいよ。『音速天国』一つまみ金貨一枚ね。」


たっか! まあいいけど。コーちゃんこれでいい? 「ピュイピュイ」


コーちゃんは確かめるように舌先で白い薬をチロチロと舐めている。


「ピュイ!」


ふんふん、悪くない? 強い酒も欲しいの?


「強めのお酒も頼むよ。」


「まあ、いいけどさ……」


ショットで出された酒は琥珀色。美味しそうだなぁ……飲みたいなぁ……


「ピュイッピ!」


おお! お薬と酒の相性が最高? 魔力も欲しい? 忘れてた。魔力も込めてあげようね。ほい。


「ピュピュピュイー!」


最高? 美味しくてドラゴンになる? 意味が分からないよ。でも喜んでくれてよかった。


「よし、アレク。また踊ろうか。」

「ええ! 行きましょ!」

「ピュイピュイ」


いいんだよ。コーちゃんはゆっくり楽しんでおいて。かわいいなぁ。酒と薬が好きな精霊だなんて。字面だとダメ人間なのに。

店員さんに酒と薬の追加を頼んでおいた。




そしてアレクと楽しく踊っていると。


「テメー! 朝のダサ坊かよ!」

「そんな古くせー格好でよく来れたな!」

「許して欲しけりゃ女置いてけや!」


王都の入口辺りで絡まれた奴らだ。

こいつら常連なのかな。どうしよう?

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