第637話 決勝戦

『大変長らくお待たせしました! 決勝戦を開始します! 一人目はァー! ウリエン・ド・マーティン選手! 言わずと知れた模範騎士! しかぁーし! 勝てば退役田舎行き! 泣かせる女は何人だぁー!

二人目はァー! エリザベス・ド・マーティン選手! 勝ってくれぇー! 私達はウリエン選手が結婚することより! 王都から居なくなる方が嫌だぁぁあーー! 今度ばかりはエリザベス選手の勝利を願わずにはいられません!

双方構え!』





『始め!』


『兄上……兄上がクタナツに帰るなら……私も付いて帰るわ。そしたら私と……』


『エリ。付いて帰るのは自由だが、僕は弱者とは結婚しない。僕が欲しいなら勝ってみせろ。』


『兄上……やっぱり兄上は本物の男。全力でいくわ!』


『来い!』


やっと始まったか。開始前にお喋りとは姉上らしくもない。兄上はその場を動かない。そこに姉上の魔法が炸裂する。


氷弾や火球など小さい魔法は避けたり逸らしたり。それが氷球や水球など大きめになると切っている。さすがに木刀ではない。あれは近衛騎士団のロングソードか?


しかし姉上の魔法は自動追尾。避けても逸らしても後ろから兄上を襲う。避ける度に数が増えていく。これにはさすがの兄上も魔法を使い防御をする他ない。きっちりと衝撃貫通も警戒しているのだろう、厚めの水壁を使用している。


『飛突』


兄上は自分の水壁を貫いて飛突を繰り出す。姉上は少し意表を突かれたようだが、魔力感誘でどうにか逸らした。

魔力感誘の良いところは防御にさほど魔力を消費しないところだな。自動防御と比べれば雲泥の差だろう。


兄上は間合いを詰めようとしているが、姉上は空中へと逃げてしまった。魔力が続く限り近寄ることはないだろう。


あっ! 兄上がロングソードを収納し、代わりに木刀を取り出した! あれは……エビルヒュージトレントの木刀! ついに本気か……

姉上の魔法が片っ端から叩き落とされていく。むしろ正面から叩いて潰すといった様子だ。あれでは木刀や兄上の手にもダメージが溜まる。兄上はそんなことなど気にもしないようで遮二無二木刀を振るい空中の姉上に接近していった。


空中戦でものを言うのは浮身と風操だ。それらを如何に早く正確に使いこなせるか、三次元的な動きは地上戦とは魔法の制御が全く異なる。見たところ二人の動きは互角。どちらも空中なのに鋭い動きをしているではないか。ならば差を分けるのは?

魔力総量だ。私の知る兄上の魔力総量はオディ兄より少ない。もちろん姉上よりもだ。しかも攻撃にも魔力を使うため消費は地上の数倍となる。いくらあの二人でも空中で戦う限り限界は近い。さあどうなる?


『さぁー! 依然として激しい戦いが続いております! なぜかロングソードから木刀へ持ち替えたウリエン選手! 空中とは言え杖で互角に打ち合うエリザベス選手!』


『魔力制御はエリザベス選手が上。体捌きはウリエン選手が上。その結果、空中では互角の動きを見せておるようじゃ。』


『極論すれば空中戦は魔力の無駄遣いだからな。片方が空中から攻撃をしてくるなら防御側は魔力切れを待っていればいい。普通ならな。』


空中で魔力が切れて落ちるのは子供に多い事故って話があったな。この二人に限ってそんなことはあるまい。


『ねえ兄上? こんな私でも兄上より上回ってることがあるの。』


『何だい? 魔力かい?』


姉上が話し始めると、兄上は律儀に攻撃をやめる。つくづく紳士だな。それよりおじいちゃんの魔法、空中の音も拾えたのかよ。決勝戦だけ特別とか?


『それはね。空を飛ぶ経験。兄上は覚えているかしら? カースにクタナツから領都まで送ってもらった時のことを。あいつは涼しい顔をしてやっていたけれど。今回山岳地帯との往復で学んだわ。空中戦に必要な速度の出し方をね。』


『見せてご覧? エリならできるんだろう?』


『吹き荒れる暴風』


無茶しやがる……二人とも空中にいるのにあんな魔法を使うなんて。自爆か?

いや、姉上はちゃっかり板に座って風壁で囲ってやがる。しかもあれ、私のミスリルボードじゃないか。姉上が持ってたんだっけ?


その上で暴風に翻弄される兄上に向かい突っ込んでいった。あれってただの板ではあるけどミスリルの塊でもあるんだよな。あんなのでぶつかられたら……いくら兄上でも……


兄上はボードの端を木刀で防御する。しかし車にはねられたようなもんだ。そのまま観客席に吹っ飛んでいった。姉上もその勢いのまま観客席へ突入していく。


『いかん!』


またまたおじいちゃんの大活躍。実況席から何やら魔法を使い姉上を止めた。さては姉上め、金操を使ったな? それで魔力切れで意識を失ったと。周りが暴風だから風操でボードを操りにくかったんだろうな。速度も出ないだろうし。そして賭けに勝ったわけだ。姉上やるなぁ。

あ、私も賭けに勝ってしまった。まさか姉上が勝つなんて思ってもなかったが。


『勝負あり! ウリエン選手が先に場外へ出ましたので、エリザベス選手の優勝です! これでウリエン様は王都で近衛騎士続行です! バンザーイ!』


『ミスリルならばあのサイズでも大した重さではない。その分ほど速度が乗る。エリザベス選手は自分で言うだけあって空の飛び方には自信があるようだ。』


『それでは表彰式の代わりにインタビューといきましょう! エリザベス選手は気を失ってますのでウリエン様に!』


『私も行こう。どうせ出番だしな。』


ご意見番さんとベルベッタさんも武舞台に降りてきた。兄上は観客席で揉みくちゃにされている。そりゃそうだ。全員兄上のファンだもんな。場外負けはしたけど無傷のようだ。手首ぐらい折れてるかと思ったらそうでもないのか。さすが兄上。


『ウリエン様! 決着が付いてしまいましたね。エリザベス選手とご結婚されるのでしょうか?』


『ええ。エリザベスを第一夫人といたします。』


え?


えっ?


『え? それってもしかして私が第二夫人になることも可能だったり……?』


『無理ですね。私としては決勝トーナメントに残った方にその権利があると考えております。応相談ですね。』


『何ということでしょう……妻の座は一つではありませんでした! それならば……最初から言ってくれればもっと平和的にハーレムを作れたのではないですか?』


『私の知ったことではありません。私だってクタナツの男です。妻にするなら母のように、強く気高く美しい女性がいい。そして人の本質は戦うことで露わになると考えております。エリザベスはよくやったと褒めてやりたいです。』


『なんと! つまりこの戦いは争奪戦ではなく! ハーレム要員選抜オーディションだったぁー! 何と底が知れない男なんだぁー! それは王族の思考じゃないかー!』


『ついでに言えば、先にこうやって順位付けをしておけば揉めることも少ないだろう。ハーレムや後宮は金さえあれば誰でも作れるが、維持するのは難しい。自分の妾に殺される男なんて珍しくないからな。』


凄すぎる……

兄上はそこまで考えて自ら参加を……

確かに優勝者と結婚するとは言ったが、敗者と結婚しないとは言ってない。弱者と結婚しないって言ったんだ。あんな豪華メンバーでハーレム……

羨ましい気もするが私には無理だ。絶対胃に穴が空いてしまう。模範騎士だなんて言われてもやっぱり父上の長男なんだな。尊敬するぜ!


『でもそれだとエリザベス選手が納得しないのでは?』


『それこそ知ったことではありません。第一夫人の座が必要ないのであれば仕方ないことです。』


場内は悲鳴とも歓声ともつかない変な声で埋め尽くされている。姉上はどうするんだろう? 他の全員を後で殺したりしないだろうな?

それにしても王族を第二か第三夫人にするなんて……いいのか? スケールがでかすぎる……

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