第610話 アレクサンドリーネの貞操

私は朝から二時間かけてカスカジーニ山へとやって来た。いつだったか命を狙われたこの山に。


降り立った場所もまさにそこ。カースによって輪っかのように焼き尽くされて、未だに草も生えていない。それより内部ではある程度木も生えてきているのに。


ここから歩いて山を降りながら狩りをしよう。今日は大物に出会えるだろうか。




昼。やはりただ歩いているだけで大物なんてそうそう出会えない。これでは弱いものイジメの小遣い稼ぎでしかない。あれをやるしかない……か。


私にできるのだろうか?

確かにトビクラーやガルーダにも勝ってきた。でもそれはカースが見ていてくれたから。決勝戦で実力以上を発揮できたのもカースが一番近くで見ていてくれたから……

私は、弱い……


『豪炎』


カースの火球は岩や鉄でも溶かすのに、私の豪炎では立木を炎上させるのがせいぜいだ。魔力をしっかり込めてもその程度なのだ。果たしてどの程度の大物が来るのだろうか。





来た!

あれは……ヒクイドリ! 厄介な……

血と火を好むのはトビクラーだけど、こいつは火を好む。私程度の炎にすら反応して寄り付いてきたのか……少し嬉しくなる。


「ギョアァーー!」


速い! 『氷壁』

嘴まで真っ赤な頭部、それ以外は黒い。濡羽色って言うんだったかしら……

全長二メイルに満たず、トビクラーやコカトリスに比べると随分と小さい。だからその分素早く……鋭い!


「ギャオガァーー!」


くっ、氷壁を貫か……『水壁』


なんて鋭い嘴なの!

ギリギリ間に合った……危うくお腹を貫かれるところだったわ……制服は裂かれてしまったけど……

逃げられた……水壁に閉じ込めてやりたかったけど、あっさり逃げられた。なんて速さ……とても氷弾や氷球を撃ち込むことなんてできない。

こんな時カースだったら……


そうよ……カースだったら……




やってやる……カースならきっとこうする……


『氷壁』

『氷壁』

『氷壁』


「ギョアァーー!」


羽を矢のように飛ばしてきた。私の氷弾ほどの威力があるようだけど、氷壁に角度をつけておいたので上手く弾いている。途切れなく撃ち込んでくるけど……今のうちに魔力を練らないと……魔力を……




『ダーイヒー ムーケンジョ ウーショガ ホーシゲン クーミョーブル キウ 刹那せつなたる氷の脅威よ 大気をかさね 凍結せしめ源空げんくうを満たせ……吹雪ける氷嵐!』


ここら一帯を獄寒の嵐で覆い尽くす! いくら素早くても避けきれるものか! ほらやっぱり……


「ギョアァ!」


目に見えて勢いが衰えてる。それでもしつこく私を狙ってくる。『氷弾』

だめか……それでもまだ避けられてしまう……もう少しなのに! かなりの広範囲を対象にしたせいで……魔力……残りが……


「ギュアッ!」


嘴で突っ込んできたかと思えば足!? くっ!

危なかった……なんて鋭そうな爪なの……『氷散弾』当たった! バランスを崩してる! 今しかない!

『氷弾』

『氷弾』

『氷弾』


「ギュウヴァァ……」


落ちた……でも、まだよ……収納するまでは油断できない……




「おい、いたぜ!」

「おっ、こんなとこにいたかよ」

「案外上まで登ってやがったか」

「ここなら邪魔は入らんな」

「おーおー派手にやらかしてやがんぜ」


なっ!?

ゾロゾロと現れた冒険者風の男達。目の前には五人だが、おそらくもっといそうだ。

私は……目の前の魔物に夢中で……これだけの人間が近付いていることにも気付けなかったのか……今の残り魔力では……

逃げようか、この距離ならまだ逃げきれる……


「おーっと逃げんなよ?」

「逃げたらお前のお友達が酷い目にあうぜ?」

「そうそう。あのかわいい子が可哀想な子になっちまうぜ?」

「おっ、うまいねぇ」

「おらぁ! 分かったら脱げや!」


まさか、こいつら私の体目当て? こんな危ない山の中で!? 正気なの? 他にも大物が来るかも知れないってことすら分からないの?


『氷散弾』


「いって!」

「くそっ!」

「おい! やっちまうぞ!」


ちっ、二人しか仕留められなかった。

『氷弾』『氷弾』


「ぐあっ」

「くおぁっ」


残り一人!


「これを見ろ! 知らねーぞ!」


『氷弾』


終わった。何を見せたかったのか知らないが、私だってクタナツの女。人質は効かない。

それなりに魔力庫の中身をばら撒いているが、回収の必要があるのはギルドカードと現金ぐらいだろうか。魔力の残量が危ない……もう帰らなければ……


「痛っ!」


首に? まさかまた吹き矢?

嘘? 体が痺れる? 動かない!? 魔力があまり残ってないから抵抗できない!?


「やっと大人しくなったかよ」

「高い金払っただけあるよな」

「全くだぜ」

「見ろよあの顔! いつも余裕かましてるクセによ!」

「ギャハハ! ザマぁねーなー!」

「闇ギルド特性の麻痺毒だぜ! お貴族様御用達の高級品だぜ?」

「好きだろ? 高級品はよぉ!」

「そんなオメーにはさらにプレゼントだ! なんとこの首輪! 金貨五枚もしたんだぜ?」

「高級品だぜ! ありがとうございますって言えよ!」

「バーカ! 麻痺して喋れねーよ!」

「よーし! んじゃ俺からだからよ! 見張りを頼むぜ!」

「仕方ねーなー。早くしろよ!」

「どうせ早ぇーに決まってんだろ!」


なぜ、これだけもの人数が……

なぜ、私はそんなことにも気付かず……

カースがいないと周囲を警戒することすらできないなんて……くっ、首輪が……


「おーおー! あれってヒクイドリじゃねぇ?」

「マジかよ! こいつぁいいや! 貰っておいてやんぜ!」

「こりゃあツイてたぜ! いい値で売れるもんなぁ!」

「おう! 誰が解体しとけや! 俺がやってる間によぉ!」

「バカか! 十秒で解体なんざできるかよ! やった後にてめぇで解体しろよ!」

「ギャハハぁ! 早くやれやぁ! 後がつかえてんだからよ!」

「おら! さっさと脱がせろや!」


私が仕留めた獲物まで……

いや、獲物だけじゃない……私の命まで……


「おい! こいつ生意気に泣いてやがるぜ!」

「ハーッハァー! いいねいいねー! その顔が見たかったんだぜ!」

「いつもいつも男を舐めやがってよぉ! そんなに舐めたいんならいくらでも舐めさせてやるからよぉ!」

「ベイルリパースだ? ノーブルーパスだ? 知るかよそんな店!」

「カァーこいついいコート着てやがるぜ!」

「おーおーそんなコート着て呑気に狩りですかぁ? お貴族様は優雅ですなぁ?」

「オメーら喋ってねーでさっさと脱がせろや!」

「あぁ? てめーが先なんだろうが? てめーで脱がせろや!」

「なんなら俺が先でもいいぜ? お手本ってやつを見せてやるぜ?」

「どっちでもいいから早くやれや!」

「くそっ、脱がせにくいコート着やがって!」

「オメーの手際が悪ぃんだよ。どら、どいてみろ」


何の抵抗もできない……

カース以外の男に……

なのに舌も噛めない……

カースから借りてるコート、真っ白なコートが剥ぎ取られていく……


「やっぱこいついい体してんなぁ!」

「そんなセリフは全部脱がしてから言えや!」

「手を止めるんじゃねぇよ! さっさと脱がせろや!」

「うるせぇな! 俺ぁゆっくり脱がせる派なんだよ!」

「そうそう、焦んじゃねぇよ。どうせこの女は今日から俺らの奴隷なんだからよ!」

「そうそう、いつでもやり放題だぜ?」

「闇ギルド様様だな!」


一体何を言っている?

私が奴隷?

今日から?

殺す気はないの?


甘いやつら……

それならそれでいい……

今日を生き延びられるのなら……絶対皆殺しにしてやる……


「うひょー! きれいな肌してやがんなぁ?」

「さすがお貴族様だぜ!」

「高そうな下着つけやがってよぉ!」

「とっとけよ? 売れんじゃねぇ?」

「どこにだよ? 古着屋か?」

「青髪変態貴族とかによ?」

「オメー冴えてんなぁ!」

「さーて、ようやく最後の一枚だぜ」

「上下とも黒のレースかよ! いやらしい女だなぁ!」

「期待してたんだろ? 男に捨てられて寂しくてよぉ?」

「ほーら言ってみろよ? 寂しいから男が欲しいですってよ!」

「だから喋れねーって。早くやれや!」


カースにしか見せたことがないのに……


いいわ……私の純潔はすでにカースに捧げた。

やるならやれ。

こいつらの顔は絶対忘れない!


何年経とうと……必ず殺す……


「あっ……」

「ん? どうした?」

「なんだこいつ! 脱がせてもないくせにもうイッちまったの?」

「ギャハハ! 早すぎだぜ!」

「まあいいや、イッたんならどけや。まさかもう一回とか言うなよ?」

「おい、さっさとどけや! 次ぁ俺だぞ!」


臭い……

汚い男が私の上にのしかかって動かない……

やるならやれとは覚悟はしたけど……


カース……ごめんなさい……


「さっさとどけって!」

「まだやんのか?」

「あれ? こいつ……」

「おい! 死んでんぞ!」

「この女ぁ! やりやがったな!」


私ではない……

できるはずがない……



ああ……



こんな時に……何でこんな時に来てくれるのよ!



カース!



「お前ら皆殺しだ。」

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