第555話

トールの日。前日、前々日と夜に出歩いたからアレクと朝寝を堪能しようと思っていたら

メイドさんに起こされた。私もアレクも裸なのに容赦ないな。


「おはようございます。大奥様がお呼びです。お着替えをお願いいたします」


それだけ言うとさっと出ていった。


「起きようか。」

「ええ、たぶん使者の件じゃない?」


あー、許可書を持ってきてくれるって話だったな。すっかり忘れてた。それ以外のヘビーなことが多すぎるんだよな。


私の着替えは一瞬だが、アレクときたら裸体は晒しても着替えのシーンは決して見せてくれない。服を脱ぐシーンは見せても着るシーンやドレスアップするシーンは決して見せない。そんなアレクにメロメロだ。




「「おはようございます。」」


「おはよう。二人とも疲れているのにごめんなさいね。昼前に使者の方がいらっしゃるから支度と流れの確認をしておくわよ。」

「ピュイピュイ」

コーちゃんもおはよう。朝ご飯はおばあちゃんが魔力を込めてくれたって? 薄かったけど優しい味? それはよかったね。


支度と言っても私の着替えは一瞬。結局ガスパール兄さんのお古の礼服は貰ってしまったんだよな。アレクも準備は手早い方だ。スティード君達は制服だしね。


しかし流れの確認が大変だった。使者の現れる位置、そして口上に対する返事の仕方。許可書を受け取る時の腕の位置や頭の下げ方。退出する使者を見送るまでの流れを何度もリハーサルしたのだ。やはりアレクはすごい。一回で全部覚えてしまった。サンドラちゃんも動きはぎこちないもののセリフはバッチリだ。

問題は私とスティード君だった。セリフが難しいのだ。


『使者様におかれましてはお役目まことにご苦労様でございます。手前生国と発しますは辺境フランティア、フランティアと言っても広うございます。魔境に面した最前線、魔物蔓延はびこるクタナツに、生を受けたる若輩者。父のアランと母イザベル、四子三郎よんしさぶろうカース・ド・マーティンにございます。後日に御見知り置かれ行末万端御熟懇ゆくすえばんたんごじっこんにお願い奉ります。本日はこのような身に余る栄誉の数々、国王陛下のご厚情に深く感謝し謹んで拝領いたします。今後はより一層臣民として忠節を尽くす次第でございます。』


覚えられるかーい!

実際には四人とも微妙に違うのだが。

魔法の詠唱なら長くても一回で覚えられるのに……


王宮、王の間とかで大勢の前で受け取るタイプじゃないだけマシか……もうあんまり時間がない。カンペ魔法ってないのか?




ああ、外が慌ただしい。使者が来たのか……やばい、このままだと祖父母に恥をかかせてしまうっ。どうするっ!?


あれ? おばあちゃんがあたふたと取り乱しているぞ? 珍しい光景だな。使者は女性かな? やたら騎士に取り囲まれているが。


「王妃殿下。この度は当家に行幸を拝し奉りまして恐悦至極に存じます。」


「アンヌロールさん、そんなに固くならないでくださいな。私達はお友達ではありませんか。」


はぁ!? 王妃!? 使者ってのは信頼のおける忠臣が行くものじゃないのか?


「もったいないお言葉、臣下の身にありながらこの上ない栄誉でございます。」


「そしてそちらの子供達が今回の対象者ね。さあさあこちらにおいでなさい。」


私達四人はおどおどと近づいて臣下の礼をとる。


「あらあらそんなに低いと渡せないわ? 立ち上がってくれる?」


何言ってんだ? 助けを求める目でおばあちゃんをそっと見るが、言う通りにしなさいって顔をしている。恐る恐る立ち上がる私達。


「そこじゃあ遠いわ。もっと近くにおいでなさい。」


おずおずと近づく私達。


「あなたがカースちゃんね。はいこれ。陛下からよ。」


まるでうまくお使いができた子供にご褒美をあげるように私に書類の束を渡してきた。練習通りに受け取る私。中学の頃に壇上で表彰されたことを思い出すな。受け取ったら口上を述べないと……


「ししゃ、王妃様、におかれましては、お役目まことにご苦労様、です。手前は辺境フランティア、フランティアと言っても広いです。魔境に面した最前線、クタナツで生まれました。父アラン、母イザベルの三男にてカース・ド・マーティンと申します。本日はこのような身に余る栄誉の数々、国王陛下に謹んで拝領いたします。今後はより一層臣民として忠誠を尽くす次第です。」


「はい。よくできました。」


園児がうまくお遊戯ができたかのように褒められた。だいぶ間違った気がするけど頑張ったんだぞ。かなりリハーサルと違うから間違っても仕方ないだろ。アレクとサンドラちゃんは肩を震わせて笑いを堪えている。スティード君は次は自分かと緊張を抑えきれないようだ。

そうして近所の子供達にアメ玉を配るように国王からの各種許可証を手渡す王妃。ちなみに楽園の免税許可証はアレクが受け取った。

入場から退出まで、結構長くかかるはずだったがもう終わってしまった。楽ができたのは助かったな。


「ねえ、アンヌロールさん。お昼をご一緒しましょうよ。ご馳走してくださらない?」


これまた爆弾発言だ。王族が宮廷料理人以外の料理を食べようと言うのか? それがどれだけゼマティス家にとってプレッシャーか、私でも分かる。おばあちゃんだって二の句が継げないでいる。


「本日の昼にみなさんが召し上がる予定だったものと同じものをいただきたいわ。だめかしら?」


王妃にそう言われてダメって言えるわけないだろ。側近も止めろよ。


「かしこまりました。では急ぎ支度をいたします。王妃殿下におかれましてはしばしお待ちいただけますでしょうか。」


そう言っておばあちゃんは王妃を応接室にでも案内しようとするが……


「あなた達もいらっしゃい。みんなの話が聞きたいわ。」


「喜んで。王妃殿下の退屈しのぎになるのでありますれば何なりとお聞きくださいませ。」


アレクは本当に頼りになる。

応接室に入ったのは私達四人とおばあちゃん、王妃と側近らしき侍女と護衛の騎士が三人。そこにゼマティス家のメイドさんがティーセットを運んで入室してきた。カリンさんだったかな? ちなみにラグナは本日休みだ。与えられた部屋から出るなと言われている。当然か。


私から見るといつもクールなカリンさんだが、この時ばかりは緊張しているのだろうか? まずは紅茶を一杯、王妃の後ろに立つ侍女へと渡す。


「結構です」


毒見に一口飲むのかと思ったら何か魔法を使った。検査の魔法? それとも解毒?

そう言って侍女さんはティーカップを王妃の前へと置いた。


「ごめんなさいね。こんなしきたりになってるの。お先にいただくわね。実は喉が渇いていたの。」


王族ほどの魔力があれば毒なんて効かないだろうに。色々と大変なんだな。


「今日はいきなりで驚かせてしまったわね。実は陛下がカースちゃん達のことをあまりに褒めるものだから、どうしても会ってみたくなってしまったの。それにイザベルちゃんの息子さんだしね。」


そう言われると悪い気はしないな。母上とも顔見知りなのかな。


「まあ陛下がでございますか。それはそれは末代までの名誉となりますわ。」


おばあちゃんも嬉しいようだ。


「ねえカースちゃん? 近衛騎士か宮廷魔導士にならない?」


「はへっ?」


いかん、変な声が出た。


「す、すいません、もう一度お聞かせいただけないでしょうか。」


「近衛騎士、宮廷魔導士、役職は何でもいいの。陛下の側近になってくれたら嬉しいわ。」


マジかよ。嫌に決まってるだろ。どうやって断ればいいんだよ!


「浅学非才の身をそこまで評価していただき光栄です。しかし私はもう二年もすればこのアレクサンドリーネと旅に出ます。いつ戻るかも分かりません。ですから申し訳ありません。お受けできません。」


正直に答えてみた。


「まあすごい! 旅に出るの!? どこに行くの? いつ出発するの? アレックスちゃんと二人旅なんてロマンティックだわ。私も連れて行って欲しいぐらいだわ。」


「ええと、アレクサンドリーネの卒業に合わせまして、まずはローランド王国中を。それから南の大陸や東の島、北の山岳地帯などを予定しております。」


「すごいわすごいわ! お土産を楽しみにしてるわね! あぁーん行きたいわぁ。」


意外とお茶目なところもあるんだな。第一印象は優しそうな雰囲気だったが。痩せてはいないが太ってもいない。ふくよかという表現がぴったり、まさに国母にふさわしい女性だと見ていたが。


「ではいつのことになるかは分かりませんが、お土産をお持ちいたします。」


「本当に!? 嬉しいわ! じゃあ奮発して国王直属の身分証明書の発行を陛下にお願いしておくわね。これがあれば南の大陸と東の国で動きやすいわよ。」


はぁー。すごいなこの人。恩に着せるでもなく私を嫌な気分にさせることもなく見事に手綱をつけやがった。爵位と違って義務が発生する類のものじゃないから貰っても損がない。つまり私のニーズを完全に把握しているってことだ。身分証明書の話だって即興だろう。アッカーマン先生も王族は立派な人ばかりだと言っていたが本当だったのか。何より嬉しいのが、このためだけにわざわざ王妃が来たことだ。こんな私を懐柔するためだけに。少しも嫌な気分ではない。かなり光栄だと言える。


「ありがとうございます。ところで王妃様、お土産はどのような物がご希望でしょうか。ナマ物から大きいものまで融通が利くと思います。」


「それを言ったら面白くないわよ。カースちゃんの感性で選んでくれなくちゃね? お土産も楽しみだけど、ねぇアレックスちゃん? お願いがあるの。」


今度はアレクが標的か。私を射んとすればまずアレクを射よ、だな。


「はい。何なりとお申し付けください。」


「大したことじゃないわ。カースちゃんと結婚する時には呼んで欲しいだけ。簡単でしょ?」


気が早いな。まあ結婚するのは間違いないが。


「そ、それは、あの、その、カースが、両親とか、えっと……」


かなり珍しい! アレクが混乱している! 見たことがない! なんて可愛い! こんな新しいアレクを見せてくれるとは、やるな王妃。私がオファーを断ったことなど無かったかのように楽しい雰囲気になっている。おばあちゃんは心配そうな顔をしているが、王妃は私達四人に話を振り全員の話を聞いていた。特にサンドラちゃんが将来スティード君とセルジュ君を婿に迎えることを羨ましがっていた。ギリギリの発言ではなかろうか?


その後、昼食の準備が整ったとマルグリット伯母さん自らが呼びに来た。

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