第470話

クタナツや領都は正方形の城壁に囲まれているが、王都は角の丸い正方形のような形をしている。

王都外縁部、地理的に王都と呼ばれるエリアは東西に二十キロル、南北に十八キロルほどあり高さ三メイル程度の石垣に囲まれている。ここから中心部に近づくほど城壁は強固かつ高くなっていく。この外縁部は畑や牧場など、よくある田園風景が広がっており国王が住む都市といった風情はない。


また、一般的に王都と呼ばれるエリアは八キロル四方の城壁、第一城壁に囲まれたエリア内を指す。外縁部の石垣は通行自由、門番もいない。しかしこの第一城壁から内部に入るためには城門での手続きが必要となる。それはどこの街でも同じことだろう。城門の数は全部で十二。東西南北に三つずつ配置されており、各方位の中心に貴族用が一つ、それ以外に二つとなっている。


カース一行は徒歩で東の城門に差し掛かった。最も外郭に位置する第一城壁の門であってもやはり王都、百人近い人数が列をなしている。一行はそこから離れた貴族用門へと移動する。カース、セルジュ、スティードは下級貴族であるし、そもそもアレクサンドリーネがいる以上、何の問題もなく通過できる。


この城壁内は比較的裕福な平民宅、そして商店や宿、各ギルドなどが軒を連ねている。王城まではもう二つ門をくぐる必要があるが、一行の目的地はもう一つくぐるだけでよい。




「さあ、ここからだと誰の目的地が近いかな。第二城壁内だから少し予定を変えてセルジュ君からかな?」


「そうだと思います。剣鬼様に送っていただけるなんて光栄です!」


もしも、フェルナンドほどの男に護衛の依頼を出したのなら、一日あたり金貨二十枚でも足りないだろう。


その後一行は第二城壁も通過して、無難に子供達を送り届けた。


セルジュは長姉ザビーネの嫁ぎ先へ。

スティードは長兄セバールの借家へ。


そしてカースとアレクサンドリーネは。


「ここに泊まるのかい? お金なら私が出してもいいが。」


「ありがとうございます! 手持ちで足りますから大丈夫ですよ。部屋も空いてましたので、ここにします。」


「分かった。じゃあ私はしばらく無尽流の道場にいると思うから、いつでも来てくれ。歓迎するよ。機会があればアッカーマン先生のご長男も紹介できると思う。」


「ありがとうございます! 二週間ほど滞在しますので、ぜひお伺いしますね!」

「この度はありがとうございました。」


この日は各々ゆっくりすることに決まっているらしい。カースが選んだ宿は第二城壁内北東エリア、すなわち一区でも有数の高級宿『王の海鮮亭』一泊金貨十二枚の部屋を前払いで二週間。剛毅なお子様である。







「やっぱり王都は人が多いんだね。」


「そうね。歩くだけで疲れちゃったわよね。ここは名前の通り海鮮が美味しいそうだし、ゆっくり食べましょうか。」


私が適当に名前で選んだ宿は高級宿だった。しかしその名に恥じない料理を出してくれた。サカエニナ、ホウアワビはもちろん、知らない魚もふんだんに使われていた。旨い! これは大当たりなようだ。


「さーて、昼からは何をしよっか? 見てまわる所なんていくらでもありそうだね。」


私達は明日再び合流してみんなで王都の中等学校を訪ねる予定なのだ。


「ブラブラ歩きたいわ。そして買い物かしら。」


「それはいいね! アレクに似合う服なんていくらでもあるだろうし! 行こう行こう!」


店の数は多い。服屋も帽子屋も靴屋も。


しかしダサい……

やたら色が派手だしシルエットがおかしい。袖が極端に太かったり一部だけ細かったり。

既製品だからなのか、王都のセンスが最先端すぎるのか、とてもアレクに着て欲しいと思えない。やはり服はオーダーメイドが一番か。


「いいのがないね。ミニスカートもアレクのよりオシャレなのはないみたいだし。」


「そ、そうね。ちょっと私に合いそうな服はないみたいね。」


ちなみに本日も私はいつも通り、サウザンドミヅチの黒いウエストコートに黒いトラウザーズ。それにシルキーブラックモスの白いシャツだ。アレクはエビルパイソンロードの赤黒チェックのミニスカート、胸元と背中に深い切れ込みが入った白いドレスシャツだ。私のリクエストで露出多めなのだ。


「じゃあお茶かな。王都ではどんな飲み物が流行ってるんだろうね。」


「海が近いことだし、やっぱりコーヒーかしらね?」


適当なカフェに入ってみた。

メニューにやたらビネガーの文字があるが……


「このビネガーワインとかビネガーコーヒー、ビネガー茶ってどんな味なんだろうね?」


「店内に漂ってる香りからすると悪くはなさそうよね。思い切って飲んでみましょうか?」


「そうだね、じゃあ僕は……キニーネビネガーにしようかな。」


キニーネがあるなんて……キナの木もどこかに生えてるってことか? それを奇特な御仁が樹皮から抽出してキニーネと名付けた? すごいな……ならばトニックもあるのか? ジントニックが飲みたいぞ。


「私はソイビネガーにしようかしら。」


全く味の想像がつかない! これが王都……



結論から言うとキニーネビネガーは思ったほど、苦くも酸っぱくもなかった。無論美味しくもなかった。アレクが頼んだソイビネガーは酸っぱい豆乳だったので、腐っているのかと心配になる味だった。確かに飲めないほど不味くはないが……


店員さんに聞いたところ、王都では数年前から健康ブームらしい。誰かが『甘いもの、辛いものばかりを食べているのは体に悪い。酸っぱいもの、苦いものこそが健康に良い!』と言い出してからこんなメニューができたとか。キニーネって体にいいのか?

コーちゃんはキニーネビネガーが少し気に入ったらしい。



変な流行りと言えば、ウエストコートもだ。数年前からすっかり王都スタイルとして定着しているウエストコートだが、私はシャツ、所謂ワイシャツに合わせて標準的な着こなしをしている。しかしすれ違う人々を観察してみると、素肌にベスト、ドレスにベスト、鎧の上からベスト。とにかく何にでもベストを合わせている。もはや私のウエストコートと彼らのベストは別物と言ってしまいたい。ベストを着用している男性の半分は裸ベストだった。そりゃ夏だし暑いし分からんでもないけど……流行って何なんだ!


「王都って平和なのね。」


「そうみたいだね。」


考えてみればローランド王国に外敵はいない。魔境から遠く離れているので魔物の大襲撃も起こらない。そりゃ平和だわ。だから王都の貴族はロクでもないって言われるのか? 呑気に政争ばっかりやってられる環境だわ。


「じゃあ行こうか。もう一回りしてから帰ろうか。」


「そうね。初日だしゆっくりしましょ。」


「香辛料やソースが欲しいな。何屋さんに行けばあるんだろうね?」


「ソース類ならそこらの雑貨屋にあると思うわ。でも香辛料はどうかしら? それなりの大店でないと扱ってないと思うわ。」


なるほど……そんなもんか。やっぱり高いんだろうな、いや領都で買うよりだいぶ安いはず!


結局いくつか雑貨屋を回ってソース類を樽で買ってみた。これは楽園に帰ってからのお楽しみだな。ちなみにマヨネーズはなかったが、ケチャップのようなものはあった。





夕食は高級宿だけあって豪華だった。鯛のような魚、タイクーンを一尾丸ごと使った定食だそうだ。

スープは骨やアラから。

鱗はカラッと揚げてある。

身は軽く油を通してカルパッチョ風に。

それにサラダと白いパンがセットになっておりボリュームも満点。あまりディナーっぽくはないが、王都初日と伝えたからタイクーン尽くしにしてくれたのだろうか?

ちなみにコーちゃんの分は追加料金を払っている。


食事場所は部屋でもよかったのだが、王都の雰囲気を味わうために一階の食堂にした。子供二人だと絡まれるかも知れないが、このような高級宿なので、問題ないと見たのだ。


そして部屋は三階、最高級部屋ではないが子供二人には十分すぎる広さだった。

のんびり風呂に浸かり少しイチャイチャしてから寝た。この日は珍しくコーちゃんも一緒のベッドだ。かわいいやつめ。「ピュイピュイ」

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