第450話

いつも通り犯人の頭を出して水壁に閉じ込める。


「そろそろ起きろよ。」


普通の木刀で殴ってみる。


「……」


気が付いてはいるようだが……さらに殴ってみる。


「……」


すでに水壁は熱湯と化している。それなのにこいつはだんまりを決め込んでいる。


「お前さては喋る気ないだろ。つまりこのまま死ぬ気なんだな。」


「……」


「じゃあ死ね。」


『落雷』


再び意識を失った。




「さて、困ったね。普通なら騎士団に引き渡すんだけどそれだと解決しないパターンかな。」


「そうかも知れないわ。この人がどのレベルの殺し屋かは分からないけど……」


「そこでアイデアがあるんだ。今から領都に戻るから北の城門までダミアンを連れて来てもらえないかな? もちろん居なかったら終わり。騎士団に引き渡すよ。」


詳しく作戦を説明する。上手くいけばいいのだが。途中で目覚めないように『永眠ながのねぶり』をかける。

眠り続けてもらおう。


そして急いで領都に戻り、城門付近でダミアンを待つ。この時間、自宅にいる可能性は低いよなぁ……

男は鉄製簡易ハウスに寝かせておく。


待つこと三十分。一台の馬車が私の所までやって来た。辺境伯家の紋章が付いている。ダミアンか?


「よおカース。何事だ? 一昨日はすまんかったな。出かけててよ。」


「おお、休みの日にすまんな。説明するから馬車を帰してくれるか?」







「なるほどな。アレックスちゃんが狙われたのか。それで俺の力を借りたいと。」


「ああ、オメーの腕が必要だ。やってくれるか?」


「当たり前だ。もう少し城門から離れた方がいいな。あっちに行こう。」


私がダミアンに頼んだことは男の顔の正確な型取りだ。デスマスクを取るような方法など私には分からないので、ダミアンの腕で解決してもらうって寸法だ。その後こいつを逃すつもりなので、顔型は保険だ。私の尾行が振り切られた時に利用する為のものだ。




「終わったぜ。今回は木でやってみた。どうよ? そっくりだろ。」


「オメーの腕なんだからそっくりに決まってんだろ。ありがとな。ところでこんな殺しを請け負うような暗殺ギルドに心当たりある?」


「心当たりはある。しかし奴らを追い詰めるのは至難の業だぜ?」


「だろうな。今回だって危うく逃すとこだったし。この作戦が上手くいかなかったら改めて取っ捕まえて騎士団に引き渡すわ。途中で死なれるかも知れんがな。」


「カース、あんまり危ないことしないでね? 私なら無事だったんだから。」


「大丈夫。慎重にやるから。アレクは先に帰っておいてくれる?」


「ええ。待ってるからね。」


「ダミアン、すまんがアレクをうちまで送ってやってくれよ。それからこれ、どんな毒か検出したり入手経路を探ったりできる?」


「おお、どっちも任せとけ。領都の治療院は優秀だからよ。意外とすんなり見つかるかもな。」


「恩に着る。オメーって頼りになる男だな。」


「当たり前だろ? 辺境伯家のダミアン様だぜ? 今度奢れよ?」







私は男を連れて再びカスカジーニ山へと舞い戻った。先ほどの場所に寝かし、鉄板の拘束を少し緩め永眠の魔法を解く。後は上空にて隠形を使い待つだけだ。


奴が自然に目を覚まし、自力で拘束を解いて、自力で帰り着く場所まで追跡する。かなり時間がかかりそうだ。奴からすれば殺されたと思ったところが運良く生きていた。相手は人殺しなど慣れているはずもない子供なのだからトドメも刺さずに帰ったと判断するだろう。周囲は丸焼きにされているので数時間に渡り魔物に襲われなかったことも不思議ではない。しかし騎士団へは届けられていることを想定し領都には行かないはず。さあ、こいつはどこへ行くんだ?




一時間経過。ピクリともしない。

そもそもなぜこいつはカスカジーニ山でアレクを狙ったんだ?

犯行時刻は昼前。城門を通過した私達を見て、行き先に当たりをつけた? それなら時間的にはギリギリ間に合うが……

この広いカスカジーニ山でどうやって私達を見つけたんだ? 私達の後をつけることなど不可能だ。

そして狙いはアレクだけだったのか? 不意打ちで仕留めるなら先に私を狙わないと意味がない。やはりアレクだけが狙いだったのか……分からん。謎だらけだ……




二時間経過。意識を取り戻したらしい。もぞもぞ動いていやがる。鉄板からは比較的簡単に脱出できるだろうが、ロープはどうだ?

魔力庫に刃物なんていくらでも入っているだろう。魔力庫から直接手に握れる設定にしてないとしても一度出してしまえば何とでもなるだろう。


ちなみに現在私は久々に鉄スノボに乗っている。少しでも見つかりにくくするために一番小さい乗り物を使っているのだ。あと数時間もすれば夕方だから大丈夫とは思うが慎重にいかねば。


そして三十分後、ようやくロープと目隠しを外した男が動き出した。ポーションも取り出して飲んでいるようだ。意外に速いスピードで山を降りている。周囲の状況から自分が殺され損なったことを理解したのだろうか。


さらに一時間後、奴は山の東側に降りていた。ここから向かう先はさらに東、ノード川だ。なんとここから川を下っていくではないか。ちょっとしたイカダを用意していたらしく見る見る川を下っていく。これなら万が一尾行がいても余裕で撒けるってわけか。


さらに一時間。かなり川を下った。このまま行けば海だが、カスカジーニ山からノルド海までは直線でも二百キロル以上はある。このペースだと何時間かかることか。


ようやく動きが止まった。イカダを止め、岸に上がる。川沿いの村か。領都周辺のみならずフランティアにはあちこちに村があるからな。


奴は一軒の家へと入っていく。自宅なのか、それとも……

すでに夕方。私は黒いローブで全身を覆い隠形を強めにかけてゆっくりと村へ降りる。ここで奴を捕まえる気はないが、建物内でどんな会話がされているか確かめる必要があるからだ。




閉じられた窓、その付近に身を潜め内部の様子をうかがう。


「無事に売れてよかったよ。これだけの売上になった。」


「大変だったわね。いつもありがとうございます。」


「いや、君の作った野菜は評判がいいんだ。これからもしっかり頼むよ。」


何の変哲もない農家の会話だった。夫婦で野菜を作り、夫はそれを領都に売りに行く。この後の会話も普通そのもの。夕食を食べ、水で体を拭き、夜の営みが始まる。時刻はおそらく八時すぎ、村も部屋の中も真っ暗だ。


さらに一時間経過。アレクは心配してるだろうな。

部屋から物音が……誰かが移動し、出入口の戸が開く。真っ暗で見えないがあの男か? 家から少し離れると光源の魔法を使ったらしい、男の前方がわずかに明るくなった。


私は音もなく空へ浮き上がり、尾行を再開するのだった。

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