第355話

ラフォートから帰った翌日、私は学校に行く。アレクには話しておかないとな。もう知ってそうではあるけど。あ、来た。


「おはよ。ヤコビニのこと聞いた?」


「おはようカース。はぁ、聞いたわよ。さすがに信じられなかったわ。あの城塞都市に潜入したのもだし、ヤコビニの別荘に殴りこんだとか、しかもヤコビニ本人を生け捕りにして来たとか。」


「スパラッシュさんのお陰だよ。すごい情報網を持ってるらしいんだ。しかも一人で屋敷に潜入して三人も捕まえたんだよ。」


「分かってはいるけど、人を見た目で判断してはだめよね……ボロは着てても心はクタナツ……よね。それでカース、放課後代官府に来て欲しいそうよ。迎えも来るわ。」


「分かったよ。歩いて行きたいけどね。アレクも来てくれるよね?」


「ええ、行くわ。カースがお代官様に失礼なことをしないか見ててあげる。」




いつも通りに過ごして、いつも通りみんなで弁当を食べる。スティード君達はまだ知らないようだった。みんなにはそのうち言おう。




そして放課後。アレクと校門前に迎えに来ていた代官府の馬車に乗り込む。



馬車に揺られること十数分、代官府の正門前に到着した。出迎えは副官さんだ。


「カース・ド・マーティン殿、ようこそお出でくださいました。代官と騎士長がお待ちです。」


「どうも。よろしくお願いします。」

「本日はよろしくお願いいたします。」


ツカツカと通路を歩き、代官執務室に到着した。中には代官とアレクパパが待っていた。


「よく来てくれた。この度の働き、誠に大儀であった。今回は賞金の受け渡しや発表について相談したくて来てもらった次第だ。」


「ご配慮ありがとうございます。発表と言いますと?」


「うむ、この度の功績は絶大だ。本来なら大々的に発表し、表彰をしたいのだが……君はそれを望まないのだろう?」


「その通りです。賞金だけ欲しいです。」


金貸しをする際のネームバリューにいいかとも思ったが、やはりどう考えても面倒の方が多い気がする。その点母上なんかすごいよな。敵が多くて大変だったろうに。


「アレクサンドリーネ、お前はそれでいいのか?」


「ええ父上。カースのこんな所をもどかしくも感じますが、カースらしくて良いかと。」


「スパラッシュさんはどうなりますか? 村が欲しいと聞いてますが。」


「それは既に相談済みだ。表彰方法、与える村と地位、ともに確定している。君への賞金も同じ日に渡そうと思う。楽しみにしておいてくれたまえ。」


「ありがとうございます。ではこれにて失礼いたします。」

「失礼いたします。」


執務室を出ようとして思い出した。


「忘れてました。偽勇者の首につけておいた循環阻止の首輪ですが、私のですので、また後日回収に伺いますね。それから、あいつが凄いのか鎧が高性能なのか分かりませんが、厄介な奴だと思います。何卒お気をつけください。」




代官府を出た私とアレク、そして鞄の中からニョロニョロ出てきたコーちゃんは連れ立ってタエ・アンティに向かった。馬車で送ってくれるとは言われたが、私が断った。


「コーちゃんは今日何が飲みたい?」


「ピュイピュイ」


たまには苦いコーヒーが飲みたいそうだ。違いの分かる精霊なんだな。


「私もコーヒーが飲みたいわ。カースが無茶ばかりするから甘い物を飲む気分じゃなくなっちゃった。」


「偶然だね。僕もコーヒーの気分だよ。」


疲れた時は甘い物が飲みたくなるのに、今日は苦味を感じたい気分だ。大人だったら酒をかっ喰らっていたのだろうか。不思議なほど気分が高揚しない。おかしいな、あれだけのことを成し遂げたのに。




タエ・アンティにて。


「ふぅ、何だか現実感がないよ。これでクタナツは平和になるのかな。」


「凄いことをやり過ぎると理解が及ばなくなるのかしらね。私としては表彰されて欲しくもあるけど、そうでなくて安心もしてるの。ミーハーな女どもがカースに群がるなんて考えただけでも許せないわ。」


「あははは、アレクにしては珍しいね。意外と可愛らしいことを言うじゃない。僕も春から君が心配だけどね。」


「だったらちゃんと会いに来てよね。それからあのお屋敷だけどメイドとか用意しておこうか?」


「あー、そうだね。じゃあ掃除に来てくれるだけでいいよ。食事とかはいらないから。」


何も考えてなかった。確かにあんな豪邸の掃除なんてやってられない。掃除魔法があるから一部屋十分以内で終わらせたとしても、うんざりするほどの部屋数だ。住み込みのハウスキーパーのようなイメージでいいかな。マリーのような凄腕メイドなんてそうそういないだろうし。


「任せておいて。いい人を見つけておくわ。」


「ピュイピュイ」


え? メイドは料理がうまくないとだめ?


「コーちゃんがね、料理の上手なメイドさんがいいんだって。」


「無茶言うわね。でも分かったわ。カースはお金に不自由してないでしょうから何とかするわ。」


こうして私達は和やかなひと時を過ごした。この歳で新居の話をするとは……

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