第351話

スパラッシュさんの集めた情報によるとヤコビニ本人はノノヤフク湖の東岸辺りの別荘にいるらしい。

だがその別荘はドナハマナ伯爵領内にある。クタナツ並みの城壁に囲まれた王国南東部屈指の城塞都市だ。クタナツのように全方位を城壁に囲まれているわけではなく、湖に面した所は無防備となっている。


「そんな城壁も坊ちゃんにかかれば空き家も同然でさぁ。坊ちゃんは奴の別荘正門をぶち壊してくだせぇ。その隙にあっしは屋根から直接奴の居室を狙いやす。坊ちゃんが暴れ出してから十分後、合図をしやすんでそこであっしを拾ってもらうって寸法で。」


「分かったよ。潜入は一人で大丈夫なの?」


「そりゃあもう、あんなジジイの相手なんざあっし一人で楽勝でさぁ。別荘の屋根にさえ降りれたら勝ったようなもんですぜ。」


スパラッシュさんにしては慎重さが足りない気がするが、大丈夫なのだろうか?


あの賞金額を見ると代官は本気なのだろう。白金貨十枚って金貨一万枚分だからな。しかしそんな金額を払うことができるのだろうか? それともブチ切れてしまっているのか……百二十人も殺されたんだしな……

安易に全軍出動してないってことは、そうでもないのか。


決行は明日の夜。私は学校を休み、夜明け前にはスパラッシュさんとドナハマナ伯爵領へと到着しておく予定だ。そこで軽く下調べをしておき夜を待つのだ。


「坊ちゃん、あっちでは平民の冒険者らしい格好をしておいてくだせぇ。伯爵領の酒場や武器屋に出入りしやすんで。」


「オッケー。問題ないよ。他に用意しておいた方がいい物はある?」


「いえ、大丈夫でさぁ。あっしが用意しときやすんで。ところで坊ちゃんは賞金、地位、領地のどれが欲しいんで?」


「賞金だよ。スパラッシュさんと半々にしたいと思ってるんだけど、どう?」


「ようがす。あっしはさらにヤコビニ以外の奴をとっ捕まえて村も欲しいと思ってやすぜ。」


意外だな。村なんて貰ってどうするんだろう?

まあ手に入れる前にあれこれ話すのは縁起が悪いから聞かないが、果たしてこんな杜撰な計画で上手くいくのだろうか。




日没前に南の城門からクタナツを出て、いざドナハマナ伯爵領へ。だいたい南南西に六百キロルぐらい、二時間もあれば着くだろう。


「坊ちゃん……今回は無茶な仕事に付き合っていただきやして……ありがとうごぜぇやす。毒針と呼ばれいい気になって、一時いっときは暗殺稼業にもゲソつけたあっしですが、最後に勲章が欲しくなったんでさぁ。」


「そんなことを僕に言っていいの? 暗殺ギルドは嫌いだよ? まあスパラッシュさんはもう関係ないんだよね?」


「へぇ、もう十五年は関わってやせん。そんなあっしですが世話になったクタナツの敵を倒したってぇでっけえ勲章が欲しいんでさぁ。なぜか坊ちゃんに聞いて欲しかったんで。ちなみにアランの旦那はご存知ですぜ。」


スパラッシュさんの話は興味深いんだが、今日はどうも死亡フラグっぽくて困るな。それにしても暗殺稼業か……




すっかり真っ暗になり、どこを飛んでいるのかよく分からなくなった頃。


「見えてきやしたぜ。あの城壁がドナハマナ伯爵領の中心、城塞都市ラフォートでさぁ。」


なるほど。確かにクタナツ並みの堅牢な城壁に見える。そして城門付近では松明の火が辺りを煌々と照らしている。こんな時間に人の出入りがあるのか?


私達は城壁内の人気のなさそうな場所に降り立った。


「いくぜボウズ。」


「はい先輩!」


ここからは私はボウズ、スパラッシュさんは先輩だ。まずは宿を探す。


歩きながらスパラッシュさんは酒を飲んでいる。


程なくして宿は見つかった。たぶんそこら辺のありふれた安宿だ。受付もおばさんが一人。


「おう、二人だ。部屋ぁあるか?」


普段のスパラッシュさんからは考えられない言葉遣いだ。しかも酒臭い。


「二人で銀貨一枚、前払いだよ。飯がいるなら別料金だよ、どうすんだい?」


「もういらねーぞ。朝もいらんから昼まで起こすなよ。ほらよ。」


「ふん、しみったれてんね。昼過ぎたら叩き出すからね! 部屋は二階の一番奥だよ。」


やはり安宿だけあって狭い、汚い、埃っぽいと三拍子揃っている。


「ボウズは先に寝てな。俺は飲みに出る。」


これも打ち合わせ通り。夜の警備状況を確認に行くのだ。酒の匂いも仕込みのうち。警備兵に見られても迷子の酔っ払いで通すのだ。


その間、私は暇なので部屋と布団をきれいにしておいてやろう。オディ兄直伝の洗濯魔法にかかればこの程度の部屋など十分とかからず掃除終了だ。

布団の消毒も五分とかかっていない。


そこに戸を叩く音が。

「宿改めである。開けてもらおう。」


嘘だろ……

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