第180話
父上と食事をし、人心地ついた私は思案する。
蟻のことではない。風呂のことをだ。
こんな魔境で呑気に風呂に入れるのも今日ぐらいだろう。そこで父上に相談。
「父上、風呂に入りたいんだけど、後で父上も入らない?」
「いいけど、どの風呂だ?」
キアラ用プールから自分用の浴槽まで色々あることを父上は知っている。
「どうせなら大きいやつを出しておこうか? それならみんなも入れるんじゃない?」
「なるほど。それはいい考えだな。ならここから少し離れた所、あの辺りにするといい。」
「うん、じゃあ先に入ってるね。」
そうして私は石垣から離れた所にプールを出す。魔境で露天風呂なんて贅沢だ。
小さい火球で少しずつ温度を上げる。もうすぐ春とは言え、夜は冷える。少し熱めにしておくか。
多少恥ずかしいが暗いから気にせず入るとしよう。私は時々ナイーブなのだ。
ほどなくして父上と何人かの騎士達がやってきた。
「やっぱり大きいな。でかしたカース! ここじゃあ風呂なんて入れないからな。お前達、風呂に入る前には体を流しておけよ。」
「外で裸ってレベル高いっすね!」
「こんな大きい風呂は初めて見ました!」
「お子さん半端ないっすね!」
ポツポツと人が増えてきた。
「お前が冬の寒い中、わざわざ外で風呂に入る気持ちが少し分かったぞ。星を見ながら入る風呂は格別だな。」
「へへー、オディ兄もそう言ってたよ。そのうち空中風呂にも挑戦するからね。上手くできるようになったら父上も入るといいよ。」
「おお、楽しみだ。王族でさえやったことのない贅沢だな。空中で冷えたエールでも飲んでみるか。」
「それいいね。ところでエール以外にはどんなお酒があるの?」
「なんだ飲みたいのか? エールの仲間にラガーってのがあるな。後はワインだな。もっと高い酒もあるが手が出んな。」
ファンタジーあるあるでは蒸留器を作って蒸留酒を作るってのが定番だが、私は酒にそこまで執着はないので作る気はない。知識が足りなくて作れないとも言う。
それよりは米と味噌汁が優先だな。もちろん自ら作ろうとは思わないが。
「高いお酒ってどんなの?」
「一部の酔狂な魔法使いが作る味の強い酒があるのさ。あれこそ本当の酒って感じるな。」
「魔法でお酒が作れるんだね。すごいね!」
なるほど、まさに酔狂だな。確かに魔法は何でもできるって話だから蒸留もできるのか? それなら興味が湧いてきた。
さて、もう出るとしよう。
今日はオディ兄がいないから自分で自分に乾燥魔法をかける。
タオル要らずで便利だが慎重にやらないと玉のお肌が傷んでしまうのが難点だ。
「じゃあ父上、仕事頑張ってね! バランタウンに戻るから。一人ぐらいならついでに連れて行けるよ。」
「もう戻るのか。夜の魔境は危ないぞ、と言いたいところだがカースなら問題ないよな。もう迷わないよな?」
「うん! バッチリ習ったからね。」
「じゃあこいつを連れて行ってくれ。伝令だ。よかったなヨルゴ。夜通し歩かないで済むぞ。」
「は、はあ。まあ楽できるんなら構いませんが……」
「明日の夜ぐらいに戻ってくればいい。少しぐらいゆっくりできるだろうよ。じゃあカース、私は二週間後には帰ると思う。みんなによろしくな。」
「うん。僕は春休みだし、また来ると思うよ。じゃあ帰るね。」
こうして伝令のヨルゴさんを乗せてバランタウンまで飛ぶ。最近は風壁を周囲に張ってるのでスピード感がない。特に夜は真っ暗なので一体時速何キロル出していることやら。
クタナツからバランタウンがおよそ五十キロル。十五分で着くとするなら時速二百キロル。空を飛ぶにしては遅いか。
もっと頑張ろう。
そしてグリードグラス草原基地からバランタウンまでは百キロルもないだろう。意識してスピードを上げれば二十分とかからないかな。
ヨルゴさんは何も喋らない。高所恐怖症だったりするのだろうか。
何か喋ってくれよ。こっちは九歳児なんだからさ。
さて、見えてきた。少し離れた所に着陸。
「じゃあ僕は兄達に用がありますのでここで。お仕事頑張ってください。」
「あ、ああ、もう着いたの……かい……? あ、ありがとうね……」
やはり高所恐怖症だったか。
悪いことしたかな、余計なことを言わなければよかったか。
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