第143話

翌朝、激しくドアが叩かれる音で目が覚めた。

「起きなさい! もう朝なんだから!」


くそ、まだ眠いってのに。

消音の魔法とかないのか。

嫌々起きて鉄キューブを収納しドアを開ける。この世界では鍵がないもんだから基本は閂だ。

それがこの部屋にはなぜか閂に使う棒が無かったのだ。それで仕方なく鉄キューブをドア前に置いて内側に開かないようにしたのだ。

外開きのドアだったら木刀を閂代わりにしてただろう。


「おはよう。早いね。まだ眠いんだけど。」


「そんなことないわ。もう朝食の時間よ。」


どう見てもまだ日が昇ってない。

メイドさんや料理人も大変だったろうに。

朝ご飯もやはり豪華だった。

今さらだが朝は味噌汁が飲みたいものだ。

海苔を巻いたおにぎり、そしてたくあん。

これもファンタジーあるあるなんだろう、和食が恋しい。


食べ終わった頃に日が昇ってきた。


「出かけるわよ。クタナツ外周をゆっくり回るの。」


「それは面白そうだね。でもまさか馬車で?」


「当たり前じゃない。他に何があるのよ?」


「馬車は嫌いなんだよ。歩かない? お手手繋いでルンルンと歩こうよ。」


「手を繋ぐ……そ、そうね、そんなに言うなら手を繋いであげるわ! カースにしてはいいこと言うじゃない!」


確か騎士の訓練でクタナツ外周を走るってのがあるらしい。

単純計算で一周12キロル。実際にはもう少し長いのだろう。子供の足でも昼までには帰れるはずだ。護衛の人には悪いけど馬車に乗るぐらいなら歩くってもんだ。


私達二人のすぐ後ろを護衛の人が付いてくる。アレックスちゃんは嫌そうだけど子供だけで外に出してもらえるはずがない。


早速手を繋いでいるがアレックスちゃんの口数が少ない。カチコチに緊張しているように見える。可愛いところもあるもんだ。


早朝にも関わらず城門付近は混雑していた。

開門を待っていた商人や冒険者でごった返しているのだろう。

その中に知った顔を見つけた。


「あっ、スパラッシュさん! おはよう。」


「おっ、こりゃマーティンの坊ちゃん。おはようございます。こんな朝早くからデートですかい。さすがですね。」


「スパラッシュさんも早いんだね。あっ、オディ兄がいつもお世話になっているそうでありがとうございます。」


「よしてくだせぇよ。オディロン坊ちゃんの洗濯魔法に世話になってるのはこっちですぜ。」


「ふーん、今日はどんな仕事するの?」


「西の山で石切でさぁ。グリードグラス草原を開拓するってんで石が大量に必要なんでさぁ。あっしはいつも通り護衛兼御者ってわけで。」


「へー大変そうなんだね。あっ、順番が来たみたい。じゃあ頑張ってください!」


そうしてスパラッシュさん達は行ってしまった。私達は別に待つ必要もないのだがついつい話し込んでしまった。


「ごめんごめん。あの人はスパラッシュさんって言って六等星の冒険者なんだ。前にお世話になってね。」


アレックスちゃんの体が固い

表情も俯き加減でよく見えない。


「そ、その、こ、これってデートなの?」


あー、しっかり話は聞こえてたのか。

まあ隣だしね。


「もちろんデートだよ。手も繋いでるしね。」


アレックスちゃんの顔がみるみる赤くなる。

朝から少し飛ばしすぎたか。

いかんな、可愛くて仕方ないぞ。

こうなったらもーアレックスちゃんでいこう! って日が来るかも知れない。


「さあ、アレックスちゃん。最初の選択だよ。右回りと左回り、どっちで行きたい?」


「デ、デートなんでしょ! カースが決めてよ!」


「可愛いこと言うね。では左回りで行くよ。」


「え、ええ。いいわよ!」


歩く時、特に登山なんかは適度におしゃべりをしながらだとペースも上がり過ぎず息が切れにくいらしい。護衛の人もいるので、あれこれ聞いてみよう。気分は社会科見学だ。


「あの西の山ってどんな魔物がいるのか知ってる?」


「特別なのはいなかったと思うわよ。ファロスは知ってる?」


「そうですね。あそこで出やすいのはゴーレム系ですかね。基本はストーンゴーレムですが、たまにアイアンやスチール、ブロンズあたりのゴーレムも出るらしいですよ。」


護衛の従士ファロスさんだ。非番の日は冒険者をやることもあるとか。

見た感じ三十手前、軽装だが品のいい防具をつけている。


「ゴーレムってどうやって倒すんですか?」


「ああいった自然のゴーレムは魔石を破壊するしかないね。魔石は取れないけどその分素材がどっさり取れるから人気の魔物なんだよ。」


「鉄塊とかで出す鉄とゴーレムの素材って何か違いがあるんですか?」


「難しいことを聞いてくるね。あると言えばあるかな。そもそも鉄塊だと朝から晩までかかっても一キロムにも満たないよね。それがアイアンゴーレムなら一匹でだいたい百から五百キロムの鉄が取れるからね。

品質はよく分からないよ。魔法使い次第だからね。」


一日でたった一キロム?

少ないな、それが普通なのか。


「じゃあ鉄以外、例えば銀とか金のゴーレムもいるんですか?」


「いるらしいよ。私は見たことがないけど。金のゴーレムなんて一匹退治したら一生遊んで暮らせるかもね。」


「過去にどこで出たとか分かります?」


「西の山、オウエスト山でも出たって記録はあるよ。何十年と昔だけどね。」


やはり先達の話は面白い。

金貸しの元手は冒険者をやって稼ぐかな。


「カースのバカ! バカース! 何よファロスとばかり話して!」


「怒った顔も可愛いね。僕達は手を繋いでるんだから話さなくても気持ちは伝わるんじゃない?」


またまた真っ赤になってしまった。

手を繋いだだけで気持ちが伝わるとは思えないが。


現在西の城壁に沿って南下している。

驚いたことにクタナツの南側、街からは結構遠いが緑が広がっていた。畑や羊も見える。

この景色と比べると北は地獄だ。

今からの開拓で北もこのようにしていくのだろう。全く想像がつかないな。

あの荒野がどうやったら緑豊かな大地になるんだ?


そして南の城壁沿いに歩く。

こちらの城門には商人が多いようだ。

馬車をたくさん引き連れて何を運んでいるのだろう。


最後に東の城壁に沿って北上する。

楽しいデートも残りわずかだ。


「そういえば空を飛ぶ魔物って何か知ってる?」


「そうね。魔境の定番だとオオガラスとかハーピーかしら。クタナツまで飛んでくることはあまりないらしいけど。」


「ファロスさんは厄介だった空の魔物はいます?」


「やはりワイバーンだね。あれは参ったよ。魔法は効かないし剣は届かないし。」


「どうやって倒したんですか?」


「逃げたんだよ。剣が届いたとしても斬れるか分からないしね。」


「ほらほらアレックスちゃん! やっぱり騎士や冒険者に逃げ足は重要なんだよ。」


「そんなこと分かってるわよ。分かってないのはあの女だけよ。」


つい嬉しくなって言ってしまった。

あの女呼ばわりか、嫌われてるね。私も嫌いだけど。


「ちなみにどこで出会ったんですか?」


「ムリーマ山脈の西の方だね。あの辺りはドラゴン系が多いからね。それにしても逃げた話を聞いて喜んでるなんて変わってるね。」


「すごい! ドラゴン系が多いんですか! キュウビキマイラの子孫とかいないもんですかね。」


「はっはっは。いたら面白いよね。」


「もうバカース! ファロスとばっかり話すんだから!」


「いやー男の子は何歳になっても聖剣とかドラゴンが好きなんだよ。それにドラゴンの髭でバイオリンの弓を作ってみたくない?」


「それいいわね。そんなのがあったら国宝級ね。どんな音がするのか想像もできないわ。」


「ほーらドラゴンが好きになってきたよね? もしかしたら弦だってドラゴンから作れるかもよ?」


こんな子供の妄想をファロスさんは微笑ましく見守っている。

欲しいものがどんどん増えてしまうな。

マギトレントが先だけど。


こうしてクタナツ一周デートは終了した。

ちょうど昼だしどこかで食べて帰ろうという話になった。


ファロスさんに希望を聞かれたので、

「ギルドでご飯って食べられますか?」


「そりゃあ食べられるけど子供が行く所じゃないね。」


「じゃあファロスさんの行きつけのお店とかは?」


「それこそお嬢様を連れて行ける店じゃないよ。お嬢様はどこかご希望は?」


「私はギルドがいいわ。カースのお兄さんやベレンガリアさんがどんな所で頑張ってるのか見てみたいもの。」


「うーん、じゃあ連れて行きますけど大人しくご飯食べるだけにしてくださいね。」


こうして私達はギルド併設の食堂に向かった。ギルドあるあるを期待してはいるが、こんな小さい子供に絡む奴もいないだろう。護衛もいるし。

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