第17話 試験前日

本当の狼ごっこを始めて二ヶ月、兄上の実技試験まであと一ヶ月となった。

兄上は逃げるだけでなく迎え撃つことで、常に二位を取れるようになった。


つまり私とオディロン兄が三位、四位を取ってばかりということだ。


罰ゲームは七割方私だ。

始めたころよりは回避できるようになってきた。


さて修行はいよいよ仕上げに入るとか。


先生は週に二回来る予定なのだが、この一ヶ月は週末に来るらしい。


ところでこの国でも一週間は七日ある。

感覚はだいたい日本と同じである。


月曜日:ヴァルの日

火曜日:アグニの日

水曜日:サラスヴァの日

木曜日:トールの日

金曜日:ケルニャの日

土曜日:デメテの日

日曜日:パイロの日


なお、月に関してはそのまんま一月から十二月であり、一ヶ月は三十日、一年は三百六十日である。

時々思い出したかのように閏年を挟んだりもう一度同じ月が続いたりするらしい。




さて、その修行だが、この週末に父上と兄上、そして先生の三人で魔境に行くらしい。

今まで行かなかったのは、父上を含めた三人でないと危険だということ、また兄上の仕上がり具合が足りなかったといったところか。


その間私達はオディロン兄に姉上を加えて三人で狼ごっこをしている。

姉上を含めた時は、クロちゃんが逃げて私達が追いかけるパターンだ。


これが全然追いつけない。

三人がかりで隅に追い詰めようとしても飛び上がり壁を蹴り、三角飛びのように頭上を飛び越えられてしまうことが多い。


姉上も中々悔しそうだ。

最初は「狼ごっこなんて子供の遊びよ。」

なんて言ってたくせに。

そりゃまだ八歳なんだしな。


結局午前いっぱい誰もクロちゃんに追いつけず、ご褒美はなし、みんなで罰ゲームだ。


午後からは母上が出かけることが多く、マリーを含め四人だけで狼ごっこやゴブ抜きをしている。

普段同年代達と遊んでいるが、家族で遊ぶのも新鮮で楽しいものだ。





そうした週末を過ごしつつ、いよいよ試験前日。

「ウリエン、今日までよく頑張ったな。君の修行内容は十歳とは思えぬほどハードなものだ。

それをよく乗り越えたと思うよ。

明日の実技は最早心配することなど何も無い。油断だけはしないことだ。」


「押忍! ありがとうございます! 全力を出しきってきます。」


「今後どこかで無尽流の人間に会うことがあれば、フェルナンドの弟子だと名乗るといい。いいことがあるかも知れないよ。

もっともアランの子なんだからみんなもかわいがってくれることは間違いないがね。」


「押忍! ありがとうございます。

先生の弟子として今後も精進して参ります。」


「よかったな、ウリエン。

無尽流の人間はそこそこ多いが、兄貴が弟子と認めた人間は十人もいないはずだ。

私も嬉しいぞ。全ては明日だな。

楽しみにしているぞ。」


「そうよねぇあなた。

フェルナンド様の弟子だなんて、誰もが羨む立場だものね。

それを知ってウリエンにちょっかいを出してくる子もいるでしょうけど、小物は相手にしてはいけませんよ? 極力口先で丸め込んでみせなさい。」


「はい、母上。先生の弟子として恥ずかしくない振る舞いをしたいと思います。」


「ふふっ、そう言ってもらえるのは嬉しいが、所詮私は粗野な冒険者だからね。

ウリエンがこの先生き残ってくれればそれでいい。

弟子を名乗らせるのも生き残る確率を上げるためだけだ。

あまり重く考えないことだ。」


王子様のような顔、立ち振る舞いをしといて粗野だとか。

フェルナンド王子、どこかの国にいそうだなー。


「お、押忍。とにかく明日は頑張ります!」


「さすが兄上!剣鬼様に弟子と認めていただけるなんて!

やっぱり兄上は王国一ね!

合格間違いなしよ!

でも合格したら領都に行ってしまうし……

でも行かないと名実ともに王国一だと示せないし……」


すかさず姉上が割り込む。

週末会えなかったからってそれ以外は毎日会えてたんだからいいだろうに。

合格したら領都に行ってしまうのが、よほどイヤなのか……

しかも姉上の中では格好良さ以外でも王国一なのが確定なのか。


「兄上の武運長久を祈っております。」


「おっ、オディロンは難しい言葉を知ってるな。ありがとな。頑張ってくるよ。

マリーにいいところを見せようと難しい言葉を勉強してるのだとしても嬉しいよ。」


「ああ兄上ー、そそ、そんなことないよー。僕は兄上のためを思ってぇ。」


せっかくの言葉もマリーをチラ見しながら言うもんだから全員にバレバレなんだよな。


「あにうえがんばってね。」


「ああ、カースもありがとう。頑張ってくるからな。」


「さあ、今夜の食事はいつも通りだ。

しかし明日は豪勢にやるからな。

兄貴もできれば明日も来てくれよ。

さあさっさと食べてさっさと寝るぞ。」


なるほど、大事な試験の前だからこそ、普段通りの過ごし方をするのか。


他の受験生のレベルを知らないから何とも言えないが、全合格枠は百人。

そのうちここクタナツからの合格枠はおよそ三十人。

一番の辺境だけあって優遇・期待されているようだ。

逆に領都の合格枠は二十人。

そして残り二つの街から二十五人ずつ。


実はこれ、あまり意味がない。

クタナツで合格できなくても後日行われる別の街での試験を受けることが可能だからである。

当然そのような人間には採点が辛くなるし、浪人生だとしても同様だ。

学校は五年あるため、今強い人間より将来強い人間が求められる。


もちろん優秀な人間は多いほどよいため、ピッタリ百人しか合格しないわけではないらしい。

逆に最低ラインにも到達してなければ百人を下回ることもあるらしい。

まあ兄上に限って心配はいらないだろう。明日が楽しみだ。








子供達が寝た頃、大人達はテーブルを囲み酒を飲み談笑している。

珍しくマリーも同席していた。


「いやー兄貴、本当にありがとな。ウリエンだけじゃくオディロンやカース、おまけにイザベルまで面倒見てもらって。」


「なーに気にするな。人に教えることは自分のためにもなるものだ。ここらで基本に立ち返るのも悪くないさ。

それに私を兄貴と呼ぶ人間はもうアランおまえだけだしな。いくらでも助けてやるさ。」


「じゃあオディロンが騎士学校に行くと言い出したら頼むかもな。

まああいつは行かないだろうけど。」


「オディロン坊ちゃんはお優しい方ですから、荒事は向かないかも知れません。」


「そうよね。オディロンちゃんは戦うのはねぇ、でもこの半年はよくがんばってたわ。

あの調子ならどの道に行きたいと言いだしても大丈夫だと思うわ。」


「そうですな。口ではマリー助けて、などと言いつつも逃げようとしなかった。

小さくてもアランの子だけある。」


「ふふ、照れるよ兄貴。」


「じゃあもっと小さいカースちゃんはどうかしら?騎士向きかどうかはともかく、今の私の経絡魔体循環を半年も受け続けて、もう自分で錬魔循環を覚えつつあるの。

確かにあれは若いほど効果的なものだけど、私でさえ始めたのは五歳、錬魔循環に取り掛かったのは八歳よ。

本当に天才かも知れないわ。」


「うむ、カースはとんでもないな。イザベルは房中錬魔循環によって年々魔力が増している。

そんなお前の魔力を受けて苦しみながらもやり遂げた。

将来が楽しみでならないな。」


「私から見ましてもカース坊ちゃんは素晴らしいと思います。

もし本当に一年で錬魔循環ができるようになったら、宮廷魔導師ですらなれるのでは?

二歳にしては視線にイヤらしさを感じますが。」


「はっはっは、それはそれですごいな。

マリーが筆下ろしをしてやるか。」


「旦那様のご命令とあらば喜んで。」


「はっはっは、冗談だ。そんな命令などしないさ。分かっているだろう? 俺はマリーに命令しない。」


「ちょっとあなた! 気が早いわよ。筆下ろしならウリエンとオディロンちゃんが先ですわ。

そのうちエリザベスにも房中錬魔循環を教えないといけないし。」


「ふふっそうだな。エリもお前に劣らず立派な魔法使いになってくれたらいいな。」


「マーティン家は将来有望で結構なことだ。私も嬉しくなってしまうな 。

第五子もそう遠くない話だろうし万々歳だ。」




こうして大人達の夜は更けていく。

なおこの夜フェルナンドはマリーと二人で定宿に帰っていった。

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