過去視ー参 永劫の愛
ザ。
映像はそこで途切れた。
なるほど、木々の記憶らしく炎で焼けたあとの記憶はさすがに不鮮明のようだ。
「…………」
現代の山にもどってきた一行は、しばらくだれひとりとして口を開くことはできなかった。鬼一の最期があまりにも壮絶で、まるでわるい夢を見ていたかのように──脳みそがぼうっとしびれている。
ようやく沈黙を破ったのは、やはり高村だった。
「胡蝶はハルカゲを守るための式となった。夢のなかで永劫生きつづける式となったんや」
「守るとはいったいなにから?」
「そりゃあ」
ハルカゲの安眠を妨害するヤツからさ。
といって高村は手鏡をふところへしまう。ついでに放心状態の八郎と柊介の背中をたたいて、意識を戻した。
「しゃきっとせんか」
「…………」
しかし、なおも八郎と柊介は青白い顔のまま口を開こうとはしない。
フッとみじかく息を吐き、高村は首を掻く。
「しかし、そうなるとかわいそうなことになった」
「なんですか」
「ハルカゲはもう胡蝶のそばにはいないのだと、胡蝶が言っていたんだよ」
「え?」
「彼女はハルカゲが世界のすべてやったはずなのに、そのハルカゲに拒まれてしまったようだ。いっこくも早くハルカゲを探し出して和本に戻してやらにゃ。そして、胡蝶は──」
と、口をつぐむ高村の腕を八郎がつかんだ。
ひどく弱弱しい力なので、掴んだというよりはすがったというほうが近い。
「どうした」
「胡蝶は、いや六花はどうしたら救われるん」
「……それは簡単な話だ。術を解いて胡蝶を解放し、もとの御霊にもどった六花は冥土へ連れていく。それしかあるまい」
「冥土──」
「でも術は永劫かかってんねやろ。鬼一が死んで、術を解けるやつがいてへんやんか」
どうすんねん、と柊介がつぶやく。
しかしつぎの瞬間にアッと小町が大声をあげた。これまでに聞いたことのないほどの声量であった。
「八郎さま!」
「は、はいっ」
「八郎さまがいるではありませんか。そもそも和本の封印を解いたのも八郎さまの血だったのだもの。八郎さまの血が鬼一と似通う血であるならば、八郎さまにだって術を解くことはできるはずだわ」
小町は興奮している。
そしてふたたび「ああっ」とおどろいた。まったくよほどその声のほうが心臓に悪い。
「浩太郎さまだったんだわ!」
「は?!」
唐突に父の名を叫ばれて、八郎はいよいよ動揺した。
しかし小町はとまらない。
「鬼一の顔です。ひどくやつれてはいらしたけれど、どこかで見かけたお顔だと思っていたのです。ずっと引っかかってて──ようやくとれました。八郎さまのてて様とそっくりだったではありませんか」
「嘘ォ」
「おまえ自分の父親やろ、気付いた?」
「気付かへん! むりやそんなん」
「なるほど──まあ、これだけ多くの人間が生きる世やからな。時代を越えて似た顔をした者がいてもふしぎではないが、とはいえ八郎の血が和本の封を解いたという事実があった以上、見過ごすわけにもいかん一致やな。……さて、と」
高村はさきほどから周囲の木々を撫でていたが、やがてくるりと振り向いた。
それと同じくして、午後四時半を知らせる町内放送がひびきわたる。
「もうこんな時間や」
西日はすっかりかたむき、いまにも山並みに顔を沈めんばかり。
山をおりよう、といって高村は微笑した。
奈良への道中。
電車のなかで、いやに目が冴えた八郎が右隣に座る柊介をつっついた。
「なに」
「もうかんちゃん学校終わってもたな。ごめんな、遅なってもうて」
「おまえ──マジでそういう気遣いいらんからやめろ。あした学校でぺらぺら言いふらすんもなしやぞ。アイツらぜってえうるせえからよ」
「うん」
くすくすと笑う。
左隣には高村が座り、その奥には小町。
なんだかふしぎな光景だなァと八郎はほくそ笑んだ。
──永劫の術。
もしも、自分がその術を解ける血を持つのだとして。
もしも、胡蝶という式を解放して六花を自由にしたとして。
六花はそれで救われるのだろうか。
(…………ハルカゲのそばにいたい、か)
彼女が望むのがハルカゲのそばで生きることならば、また同じように和本へと戻し、今度こそ未来永劫封印が解かれぬようにすればいいのではないか。
となりの高村を見上げる。
なにを考え込んでいるのか、ひどく険しい顔で宙を見つめる彼の横顔を見ると、もうなにも声をかけることはできなかった。
「……永劫の愛、やな」
と。
八郎の口からぽろりとこぼれたことばに、両隣のふたりが一斉にこちらを向く。
「なんやねん急に、気色わるい」
「まさか八郎が愛について真剣に悩む日がくるとは。先生が聞いてやろう、どうした」
「うるさいッ」
電車はまもなく、大和西大寺駅に到着しようとしていた。
※
その日の夜。
八郎はめずらしく、ふつうの夢を見た。
近ごろはイヤな予知夢だったり篁が遊びに来たり、とふつうではない夢ばかりだったから──。
水面に顔を近づけて水を飲む。
近くの山から流れてきた湧き水だ。水面にうつる自分の顔は、真っ黒な毛におおわれた黒犬の姿。
(……主人が、死んだ)
八郎はふとそう思った。
さきほどからひどく沈んだ自分の心が、悲しい、さびしい、逢いたい──と叫んでいる。
さみしい。
さみしい。
主人はどこ?
主人──篁は、いったい。
黒犬は探しつづけている。
気がついたら、世話になった家を飛び出して山に入っていた。
ここは、そう。篁とむかしよく遊んだ山だ。
ここで一日野ウサギを追っかけまわしたっけ──。
こうして穴ぐらにじっとしていると、いつでもどこにいても篁が探しだして、「帰ろう」と迎えに来てくれた。
そうだ、だからここにいる。
そしたらきっとまた篁は来てくれる。
ほら帰ろう、って──来てくれるんだ。
そうして泣き暮れる黒犬は、やがて穴ぐらのなかで静かに息を引き取った。
だれに看取られることも、迎えにきてもらうことさえなく。
(どこにいるの、篁)
意識が遠のくなかで聞こえた声──。
朝日に刺激されて目覚めたとき。
八郎は自分の腕が天に伸びていることに気がついた。
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