幕間 思い出①

第9話むかしむかしあるところに

 ひぐらしが鳴く夕暮れ。


 夕陽は差し込み、影が伸びていく。


 大きくそびえる鳥居、少しボロくなった拝殿。ここは、稲荷神社だろうか。


 だが、稲荷神社のようで稲荷神社じゃないような違和感を感じる。


 多分、夢だろうか。


 疑う理由としては、鳥居の額束がまだかろうじて読めるからだ。


 稲荷神社はあくまでも通称にすぎないからな。


 年々読めなくなったせいで今では通称が本当の名前のように思われてるけど。


 キョロキョロと状況を確認するべく見渡すと、拝殿の隅の方に小さな影が二つ。


 片方が五歳くらいの俺と、もう片方が金髪の子供。


 ああ、これは間違いなく夢だわ。なら、ちょっと昔の俺と戯れてみるか。


 そう思い近付いてみたものの、昔の俺は俺に反応しない。どうやら、干渉は出来ないようだ。


 なんだ、夢のくせにつまらないなあ。


「え? もうあえないの?」


 小さい頃の俺が、泣きじゃくる金髪の女の子に涙目で聞いていた。


 記憶にはない。忘れてしまったようだが、なんだかすごく懐かしい気がする。


「うん。おかあさんにおこられたの。ひととあっちゃいけないって」


「どうして? ぼく、あえなくなるのやだよ……」


「でも、おかあさんにおねがいしたの。おとなになったときにむかえにきてくれたら、ずっといていいって。けっこんしていいんだって」


「じゃあ、おとなになったら〇〇〇をむかえにいくよ」


「うん、やくそくして」


 幼き俺と女の子の泣き噦る姿に思わずホロリとしそうになりつつ、重大な女の子の名前を聞き逃してしまった。


 ちょっと待て、難聴系主人公だって俯瞰で見てる分には聞き逃したりなんてしないぜ。


 おい、少女よ、君の名はなんていうんだ?


 もしかして……、い……。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 カーテンの隙間から直射日光が俺の目元を差す。


 あまりの眩しさに叩き起こされ、不快感とともに目をこすった。


「うーん……。朝か?」


 なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。


 とても良い夢だったような、忘れてはいけない何かを見ていたような。


 なんだったっけ?


「うーん……」


 不意に俺の隣から眠たそうな唸り声。


 いなりも日光のレーザーを受けている為ほんの少し不快そうな声を漏らしていた。


 俺はそろりと掛け布団から抜け出し、無駄に大きなベッドからゆっくりと降りると、忍者も真っ青な抜き足でカーテンをそっとしめた。


 するとどうだろう、不快そうに顔をしかめていたいなりが幸せそうな顔に変身したではないか。


 ヨダレを口元から垂らして、だらしな可愛い。


 俺はまたそろりと歩いて充電器にさしているスマートフォンを手に取ると、無駄のないスピードでカメラアプリを起動させてシャッターをきった。


「ゴホン」


 シャッター音と共に少しだけ咳払いをして起きた時の為の対策を施す。


 だが、いなりは起きる事なくお腹をぽりぽりとかいていた。


 なんて可愛い妻なんだ。待ち受けにしよーっと。


 朝一から俺の機嫌は最高潮。自然と鼻歌も溢れる。


 昨日の夕ご飯と勝手に撮った写真のお礼に朝ご飯頑張ろうかな。


 俺は冷蔵庫にある食材を思い出しながら寝室から出て、扉をそっと閉めた。

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