魔法少女ヤマダ☆マジカ (お試し版)

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第1話 始まりの朝

 履きなれたスニーカーに足を突っ込み玄関のドアを開け表へ出る。

 通っている高校に向かうため家を後にした俺は、そのまま高校に向かわずいつものように隣の家へ寄っていく。


 都心近郊の新興住宅地に隣り合って建つ鈴木家と山田家。父親同士が中学からの同級生であり高校までは同じ野球部、高校卒業後は別の道に進んだものの、なんの因果か腐れ縁か、予期せず同じ新興住宅地に隣り合って家を買ってしまったという。

 しかも性別は違えど同じ年に子供まで生まれ、そうなってしまえばこれはどこまでもと、家族ぐるみの付き合いをはじめたそんな鈴木家と山田家。

 そんなわけで鈴木家の息子である俺は、幼馴染であり同じ高校に通う山田家の娘を迎えに来たわけだ。


 玄関の脇に備え付けてあるインターホンを無視し、そのままドアを開け


「おはようございまーす」


と家の中へと声をかける。

 するとすぐにパタパタとスリッパの音とともに幼馴染の母親、洋子さんがやってくる。


「はーい、竜也君おはよー。いま美波も来るから待っててね。美波ぃ、竜也君来たわよー」

「はーい」

 

 そのまま玄関で待つと、トントンという音と共に二階から幼馴染が降りてくる。


「たっちゃんおはよう」

「おう、行くぞ」

「うん」

「じゃあ行ってきます」

「行ってきまーす」

「はい、行ってらっしゃい」


 洋子さんに見送られ、幼馴染と2人で高校へと向かう。

 見た目は悪くないと思うんだが周りからの評価としては地味でドンくさいやつ、それが俺の幼馴染。

 まあ俺も目つきが悪いだのガラが悪いだの言われるからお互い様か。

 しかしマンガなんかだと、迎えに来るのは女の子の方だと思うんだがなあ。


 他愛も無い事を話しながら2人で住宅街を歩いている途中、ふと気になった事があって隣を歩く幼馴染に声をかける。


「なあ、山田」

「なに?」

「いつもこんなに人がいなかったか?」

「えっ、あ、ほんとだ。いつもなら人が歩いてるのにね、なんで誰もいないんだろ」

「だろ?」


 山田も辺りを見回した後に首を傾げる。

 確かにおかしい。

 普段のこの時間なら通勤や通学などで人の姿があるはずなのに誰もいない。車すら走っていない。

 朝のこの時間帯にこんな事はありえない。


「それと」

「それとなんだ?」

「いつになったら私の事名前で呼んでくれるのかなぁって」

「いやだってお前山田じゃん」

「そうだけどー、なんかずっと苗字でよばれてるのもなーって」


 山田のくせに生意気な。

 たしかに子供の頃からの付き合いで名前を呼んでないってのはおかしいかもしれない。だが正直に言おう、女の子の名前を気軽に呼ぶなんて俺が恥ずかしい。それに山田、山田と言いなれてしまったので、今更名前を呼ぶというのもいまいちタイミングがつかめない。


 まあそれは置いておいてだ、なんで俺達しか歩いていないんだろう。


 そんな事を考えながら山田と歩いていると。


「あっ、なんだこれ」

「え、なになに」


 朝だというのに急にあたりが薄暗くなってくる。空を見れば太陽も出ているのに、俺達の周りだけ暗くなっていく。

 何か嫌な予感がし、山田を背中に庇いその場でジッとしていると、ピシッというガラスの割れるような音と共に俺達より少し先の何もない空間に亀裂が走った。

 そして徐々にその亀裂が広がっていくと淵に緑色の手のようなものがかかり、その亀裂から妙な生き物が飛び降りてきた。


「……たっちゃん、アレなに?」

「なんであんなのが……」


 俺はアレを知っている。いや知っていると言ってもファンタジー系のゲームなんかで見た事があるだけだ。 

 ゴブリン、それがいきなり現れやがった。


 ゴブリンはしばらくその場で辺りの様子を窺っていたが、俺達に気付くと


「ギャッ、ギャギャッ」


声をあげながら俺たちに向かってきやがった。


「山田、後ろにいろよ」


 山田を後ろに残し前に出る。

 俺目掛けて走ってくるゴブリンを横に動いてかわすと、すれ違いざまその足をはらう。


「グギャッ」


 倒れたゴブリンの腕を取るとそのまま背中に乗り押さえ込む。

 昔やんちゃしていたのが役にたったか。しかし押さえ込んだはいいものコイツどうすりゃいいんだと悩んでいると。


「た、たっちゃんアレ」


 震える声で俺を呼ぶ山田が指差す方を見ると、空間に入った亀裂からゴブリンが3匹ほど現れていた。


「げっ」


 一匹なら押さえ込んでいられるがあの3匹まで来たらしゃれにならない。

 どうする、どうすりゃいい?

 …そうだな、とりあえず山田を逃がさないと。


「山田、逃げろっ!」

「に、逃げろってどこへ…」

「いいからとりあえずどっかへ走れっ!」

「たっちゃんは?」

「俺ならどうにかする」

「…でも」

「いいから走れっ!」


 山田が悩んでいるうちにも残りのゴブリンもこっちに来ようとしてやがる。こりゃ覚悟を決めるかなとそう思った時。


『止まりなさい』


 そんな女性の声が聞こえたかと思うと、こっちに向かって走り出そうとしていたゴブリンがその動きを止めた。

 あ、助かったのかなコレ。


『そのモノ達の動きは止めました、しばらくは大丈夫でしょう。私はそのモノ達が住まう世界を管理している女神です。貴方達には迷惑をかけてしまったようですね』


 ゴブリンの次は女神様かよ、いったい何が起こってるんだ?


「あ、えーっと。とりあえず何がなんだかわからないので説明して頂けると…」


『そうですね、わかりました。それらがこちらの世界に出て来てしまったのは、私の世界にできた時空の歪みが原因です。歪み自体は小さなものなのですが、その歪みがこちらの世界と繋がってしまい、たまたま歪みの側にいたそのモノ達をこちらに送ってしまう事になってしまいました』


 私の世界の時空の歪み? いったいなんだそりゃ。

 というかコイツ等をこちらに送ってしまったって…。


「その歪みってのはもう大丈夫なんですか?」


『ええ、歪み自体は修復しましたのでこれ以上私の世界のモノ達がこちらに流れ込んでくる事はありません。ただ…』


「ただ?」


『歪みを修復してしまいましたので、こちらに出てしまったそのものたちを私の世界にもどす術がありません』


 それってヤバくないか? 今は女神様が動きを止めてるらしいけど、コイツ等動き出したらどうすりゃいいんだ。


「えーっと。女神様の力でコイツ等をなんとかするってのは」


『それなんですが、直接自分の世界のモノに手を下してはならないとい決りがありまして…』


 決りがあるって言われても…。ゴブリン一匹なんとか押さえてるのに全部こられたら無理だぞコレ。それにこんなのが町中にまぎれこんだら大騒ぎになるんじゃないのか?

 ……詰んでね?


『しかし方法が無いわけでもありません。直接的には無理ですが間接的ならばなんとかなるかもしれません。つまりパンがなければケーキを食べればいいじゃない的な事ですね』


 女神様がそんな例え知ってるのは置いておくとしてもなんか違うと思う。

 いやそれよりもだなあ。


「それってアリなんですか?」


『先ほども言ったように、私は私の世界のモノ達に直接手を下せません。しかし貴方達は私の世界の住人ではありません。ならこれはアリです』


 うあー、言い切っちゃったよ女神様。


『正直に言いますと、こちらの世界に迷惑が掛からないためとはいえ、それらの動きを止めていること自体限りなく黒に近いグレーです。もうこうなったらパパッとやっちゃいましょう。ただ私の力では貴方達の一人にしか力を与えることができません、どちらにしますか?』


 どちらにしますかって聞かれても…。

 でもここはアレだよな、どっちか一人なら俺だよな普通。


「じゃあ俺「私でお願いしますっ!」

「へ?」

「私に力を下さい」


 それまで黙って話を聞いていた山田がそんな事を言いやがった。


「待てって山田、ここはやっぱり俺がだな」

「いいのたっちゃん、私が力を貰う」

「でもなあ」


『わかりました、そちらの女性ですね。私も女性ですのでどちらかといえば同じ女性のほうが力が与えやすいです』


 いや待てって、流れから行ってここは俺だろやっぱり。


『力は与えました、後はその力を貴方なりに使いなさい』


 早いって。多少は考えたり確認したりしようよ女神様。

 それに貴方なりに力を使えって。


「わかりました」


 ってオマエもそれでわかったのかよ山田。


「たっちゃん、見ててね。私頑張るよ」


 何を頑張るの山田?


「【魔力活性マギア・ドライブ】」


 その言葉を発した後、山田の体は眩い光に包まれた。そして光が収まった後に立っていたのは、無造作に後ろに縛っていた髪を解き、白と黄色のドレスのようなものに身を包み、凛とした表情で立つ山田だった。


「……山田、マジか!?」


 何ソレ? 何なのその格好。

 てかいつ着替えたの? どうしちゃったの山田?


『ヤマダ・マジカよ』


「「……えっ」」


『私にできるのは貴方に力を与えるだけです、その力を使いそのモノたちをちゃっちゃと倒しなさい』


 いや違うから、名前じゃないからそれ。山田はそうだけどマジカは違うから。

 ほら、なんか恨めしそうな顔でこっち見てるし山田。

 それにちゃっちゃと倒せってそんな適当な。


「あ、えーとあのですね」


『時間がありません、そのモノたちもそろそろ動き始めます。元々こちらの世界のモノではないそのモノ達は倒せば消え失せるでしょう。後はまかせましたよヤマダ・マジカ』


 いや聞けって、俺の話を聞いてって。

 なんか色々と説明不足だし、私の出番はおわりーみたいにさっさと行かないでよ女神様。

 

「あ、やべ」


 ゴブリンどもを見ればゆっくりと動きだしてるし。


「山田、アイツ等どうにかできんの?」

「……名前」

「いやいいから、俺が悪かったと思うけどソレは後」

「……美波なんだけど私」

「後にしろって、とりあえずできるならアレなんとかしろって」

「むー、わかったよ」


「【輝きの杖ベレヌス】」


 そういうと山田の手元になんだかキラキラした杖みたいのが現れる。


「【光弾シャイニー・バレット】」


 山田が呪文らしきものを唱えると、山田の周りにいくつも光があらわれ、それらがゴブリン目掛けて飛んでいった。


「グギャッ」


 光に撃ち抜かれたゴブリンどもは、その場に倒れ付していく。


「すげぇ…。けどグロっ」


 ゴブリン倒したのはいいけど体液だか血液だかにまみれて大変なことになってるし。あ、消えるんだっけかコレ、でもホントに消えるのか?

 とか考えていると、ゴブリンの死体は元々そこに何もなかったようにスッと消えていった。

 そしてゴブリンの死体が消えるのと同時に、今まで薄暗かった辺りも徐々に明るくなっていく。


「あ、元に戻りそうだね。なら私も元の姿に戻るね」

「…お、おう」

「【魔力解除マギア・カーム】」


 山田がそう言葉にするとまた謎の光に包まれ、そして光が収まった場所にはいつもの山田が立っていた。


「予備のヘアゴムあったかなあ」


 とか言いながらカバンをゴソゴソと漁っている山田。

 気付けばいつものように人が歩き、車も走っていた。


 時空の歪み、女神様にゴブリン、今日起こったことは何だったんだろう。いきなりすぎてサッパリわからない。


 だがこの日、地味でドンくさい俺の幼馴染は魔法少女っぽい何かになったらしい。


「……はぁ、マジか」

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