#21
“Outsider And Others”
*
先程までとは一転、病室では重苦しい空気が流れている。ベッドに臥したままのハカナに向かって、シンゴは口を開いた。
「俺の名はシンゴと言う。ここにいる『アウトサイダー』のリーダー、ということになっている者だ」
「えっと……僕は、睦月ハカナと言います……」
シンゴはハカナの言葉に僅かに眉を潜める。その視線に何か変なことを言ったのかと、余計、彼は萎縮した。
「単刀直入に訊こう、ハカナ。お前はどこの『マレブランケ』の兵隊だ?」
「『マレブランケ』……?」
聞き覚えのない単語にハカナは困惑する。
「テメー、ふざけてんのかよ」
入り口の近くのまま、病室の中に入ろうとしないセレンが割って入り、不機嫌にハカナを睨み付ける。
「よせ、セレン。『マレブランケ』、『神仔』、『コナトゥス』……この中で聞き覚えがある言葉はあるか?」
ハカナは首を横に振る。先程、ラタネが言っていた『コナトゥス』を除いたとしても、ハカナには聞き覚えのない言葉ばかりだった。
「そうか」
残念そうでもなく、言葉短に話を切った後、シンゴに無言になる。思案に暮れているようだ。彼にそんなつもりはないのだが、空気が重い。
「あー! ショックで記憶がぐしゃぐしゃになってるんすね! アタシも覚えがあります!」
そんな空気に耐えかねてラタネが口を開くが、
「……話になんねぇ、時間の無駄だ。オレは外を視ているから、後は勝手にやっててくれ」
彼女の努力に構わず、セレンは乱暴に扉を閉め、何処かに去っていった。直後、部屋の外で壁を殴る音が聞こえる。
「ちょ、ちょっと、セレンくん? 何でそんな不機嫌なんすかー? って、待って! アタシも行くッすよー!」
そう言ってラタネも病室を後にするセレンを追い掛けて行った。
「……すまない。あいつはセレン。どうも、機嫌が悪いらしい」
「いえ……」
「つまり、お前は何も知らない、ということか」
ハカナは頷く。落胆するでもなく淡々とした様子でシンゴはハカナと向き合う。しかし、ハカナの視線は別のものに釘付けになっていることにシンゴは気付いた。
「レキナ」
「何?」
「すまないが、お前も席を外してくれ」
「どうして?」
「……珍しいこともあるものだな。お前がいると、彼が落ち着かないようだ」
「……そう」
納得したか、してないか判別つかない表情をしたレキナは最後にハカナの顔を覗き見て、それから部屋の外へ出ていった。
(セレンというやつは何だか僕を嫌っているような……でも、心当たりが全く思い浮かばない。初めて会ったはず……だよな?
ラタネは悪い子じゃなくいけど、色々ぶっ飛んでるし、レキナは……一番よく分からない、なんなんだ、あの子……)
そうハカナが思考を巡らせたところで残りの一人、シンゴが語り始める。
「ハカナ、お前には初めから話をしなければならないか。……俺たちはあるゲームに参加させられている」
「ゲーム……?」
全く予想だにしてなかった言葉にハカナは困惑した。
「そうだ。俺も詳しくは知らない。伝え聞いた話だ。ずっと遥か昔……神々がこの世界に降り立った」
「神……?」
「伝承や伝説に言う神ではない、人間には届きようもない、真に存在した神だそうだ。
その神々は最悪なことに、互いに争い合う関係だった。そして、誰がこの世界の所有者を決めるか、ゲームを始めたんだ。そのゲームとは……神々の子である『神仔』と、俺たちのような『コナトゥス』を持った人間を兵隊にして行う、殺し合いだ」
「神仔……コナトゥス……? 殺し合い……? そんな……なんで、人間を玩具みたいに……」
「玩具、か。……実際はそれ以下だろうがな。やつらは神だなんて名ばかりのただの怪物共だ」
シンゴはそこで初めて、感情のこもった言葉で吐き捨てた。まるで、その神々を直接見たことがあるかのように。
「そんな……何で、人間同士を巻き込む必要があるんだ。勝手に自分たちで殺し合えばいいじゃないか……」
「それには同感だがな。その理由は俺たちにもわからない。だが、それがこの世界に定められた
シンゴは断言をする。彼の態度でハカナは冗談なんかじゃないと嫌でも感じ取れた。
「……大人は? 聞いてる限り、あなたたち『アウトサイダー』以外にも人が、いるんですよね……?」
藁にもすがる思いで、ハカナは疑問を口にする。だが、その答えは彼自身も薄らと感じ取れていた。何故ならば、まだ二十歳前後のシンゴがリーダーと名乗っていたからだ。
シンゴは顔を横に振る。
「大人は、いない」
「いないって……なんで……」
「……ゲームを円滑に行う為に、神々は俺たちが戦わざるを得ない理由を用意した」
「理由……?」
「一つは寿命。神々の遊戯盤となったこの世界では人間は二十歳までしか生きることが出来ない。越えた者はその時点で命を落とす。そして、もう一つが――――」
*
「――――楽園、か」
一通り話も終わり、シンゴは病室を去ってハカナは部屋に一人きりになった。先ほどまでの話を彼は何度も反芻する。
このゲームにおいて最後まで生き残った人間に与えられるもの。
それは、
何度考えたとしても、彼の理解を超えた内容だった。言葉としては分かるが、理解は出来ない。頭がぐしゃぐしゃになる。一日にも満たしてないであろう。色々なことがありすぎた。
「神様――――」
そんな言葉が漏れた後、彼は自嘲する。祈った相手が今、彼の苦悩をもたらしている存在だからだ。
曖昧な、確証もない理由で彼らは殺し合っている。話を聞く限り、神様たちは人間のことを何とも思ってなさそうな連中だ。そんな連中が果たして人の為のモノなんて用意するんだろうか?
彼らは正気なのか?
「それとも、狂ってしまっているのは僕の方なんだろうか……?」
わからない。自分の世界の正気と狂気の境目は、既に壊れてしまっている。
「なんで、こんなことになっているんだろう……」
彼の口から呟きが漏れるも、答えてくれる者はいない。自身にすら答えられない。
……彼には今、自分が正気なのかさえ疑わしい。
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