#19

“It's Still Alive”




 *




「……う……ん……」


 ハカナが起き抜けに感じたのは、得も言われぬ気持ち悪さだ。次に体の節々の軋み。長距離マラソンを終えた直後みたいに、倦怠感で全身が悲鳴を上げていた。ひどい悪夢を見ていた気がする。


(喉、乾いた……)


 ハカナは身に積もった倦怠感それをなんとか押しのけ、体を起こそうとする。そこで、彼は自分がベッドの上に居ることに気が付いた。


「……あれ?」


 ハカナは枕の横に置かれていた眼鏡を掛け、辺りを見回す。仄暗い部屋だ。中央に置かれたテーブルの上に蝋燭が置かれていて、その炎がゆらゆらと部屋を照らしていた。照らされた部屋の様子に彼は既視感を覚える。


「ここは、病院……?」


 元は清潔な白であっただろう、所々に染みのついた壁と天井。テレビが置かれていただろう平台。ベッドの周りを遮る、所々が破れたカーテン。随分と荒れ果ててはいるが、内装で病室だと判断できた。


「ん……? 僕は、どうして……?」


 意識が判然とせず、ハカナは直前までの記憶が思い出せない。


「何で、こんな所に……? 痛ッ……!」


 後頭部の痛みに、ハカナは顔をしかめる。触れてみると大きなこぶが出来ていた。


「たんこぶ……? いつの間に……?」

「おはよーございまーす……」

「はうわッ」


 完全に意識外からの声に全身の毛が逆立ち、ハカナの口から変な声が出た。何事かと反射的に声の方を見る。灯台もと暗し、ベッドに寄り添うようにラタネが座り込んでいた。寝ぼけているのか目を擦り、のんびりとあくびをしている。

 ラタネはあたふたしているハカナの顔を「んー?」っと近づいて覗き込み、目が合うとパァと明るい表情になった。


「やったー! 起きたー!!」


 唐突なラタネの間近で大音量の声にハカナは耳を塞ぐ。両手を広げてバンザーイ、なんてことまでしている彼女を見て、ハカナは困惑した。


「いやー! 死んだように寝てたから、心配したんすよ! 夜も眠れない具合に!」


 どうやら先程の彼女の寝ぼけた姿はハカナの見間違えだったらしい。


「これ! 指、何本に見えますか-?」

「三本……? えっと、君は……?」

「イエース! 正解ッす! 意識は大丈夫みたいッすね! オッス! アタシ、ラタネ! 気軽に呼び捨てで構わないッすよ! それでそれで、お兄さんのお名前は!?」

「えっと、睦月、ハカナ……」

「そうなんすね! よろしく! ハカナくんッ!」


 ラタネに勢いのままに捲し立てられて、ハカナは少し気後れする。そんなの関係ないとばかりにラタネは彼の手をガシッと掴み、ブンブンと振り回した。


(なんか、やたらと元気な子だなぁ)


 彼女の勢いに振り回され続けていたハカナも段々と冷静さを取り戻してくる。


「えっと、ラタネさん……? ここは一体?」

「気軽に! 呼び捨てで! 構わないッすよ!!」

「……ラタネ」

「うっす。ここはアタシたち、『アウトサイダー』の秘密の隠れ家ッす!」

「隠れ家? 『アウトサイダー』……?」


 ハカナにはあまり耳慣れない単語だ。


(直訳するなら……外側の人? 一体、外側ってなんなんだろう……?)


 ハカナが色々と考えを巡らせたところで、後頭部の痛みがぶり返す。


「痛ッ……」


(何でこんなこぶがあるんだろう……? 鉄板にでもぶつけたのかな……?)


 近からず、遠からず。起きる前の記憶が判然としないまま、ハカナは首を傾げた。


「あー、そっか。そこを治す・・の忘れてた! 今すぐやるんで、ちょいと失礼」

「え……?」


 ラタネは何の躊躇も無くハカナの頭を抱き寄せる。あまりの唐突さにハカナは全く反応が追い付かなかった。


「は……!? え、ちょっと……!?」

「ほーんと、セレンくんは手加減しないんすからー。あった、あった。ていうか、でかっ! こんなでかいたんこぶ、アタシ今まで見たことないっすよ」


 なんてハカナの知らない誰かの不平をラタネはぶつぶつ言っているけれど、彼はそれどころではなかった。


(近い近い近い! そして息苦しい! というか、その……。とても、柔らかいです……)


 ハカナの内心を余所に、少ししてラタネは満足そうに笑って、彼の頭を手放した。


「はい、終わりー! ……どしたんすか? 顔真っ赤にして。そんなに痛かった?」

「何でもないです……」


(……………………………………………………生きてて、よかった…………!)


「……って、あれ?」


 ハカナは生きている喜びを噛みしめた後、先程までとの変化に気付く。それまで彼を苛んでいた頭痛が消えていたのだ。ハカナが自分の後頭部を触ると、大きく膨らんでいたこぶは跡形もなくなっていた。


「これは一体……? 魔法?」

「魔法じゃないッすよ! ふっふー! 何を隠そう、アタシのコナトゥスは『治癒』! 普通の怪我なら大体は治せるッす! レアなコナトゥスらしいんでハカナくんも知らなくて仕方ないッすねー」


「『コナトゥス』……? 『治癒』……?」


 再び聞き慣れない言葉。『治癒』、そんなゲームや漫画の異能力みたいに言われても、とハカナは話にまるでついていけないといった表情になる。


「いやー、それでもシンゴさんに太股の骨にヒビが入ってるって言われた時はどうしようかと……。無事に治せて良かったッす。ハカナ君、そんな状態で全力疾走なんて、案外ガッツがあるんすねー!」

「骨にヒビッ!?」


 けど確かに、とハカナは自分の目の前で起きたことを鑑みる。ラタネの言う彼の太股は痛みはない。代わりに起き抜けに感じた倦怠感とわずかな熱。彼女が治した結果だとすれば全身の気だるさも納得できた。今も彼はやたらと全身に疲労を感じている。

 理屈はわからない。だが、彼女が今したようにハカナが怪我を治して貰ったことは確かなようだ。


「……えーと、ありがとう?」

「えへへー、どういたしましてー」


 ハカナが礼を言うと、嬉しそうに彼女ははにかんだ。ふふふっと口元がにやけていて、えらい上機嫌に見える。鼻歌まで歌い出している。よくわからないが、そんなラタネに釣られてハカナの口元が綻んだ。


「――――起きたの?」


 そこで、ハカナにも聞き覚えのある声が部屋の入り口から聞こえた。

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